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336 狂戦士を殴れるようになりました

「せりゃあああぁぁぁぁっ!」


「■■■■■■■■!」


 威勢のよろしいことで。

 それとも必死なのかね、マリアくん。

 姉妹の上と下が才能の塊みたいな人達だからね。

 君は努力の人として追いつこうって訳だ。

 世間的に見れば君も天才と呼ばれる類いの人なんだけど。

 まあ、上には上がいるということで。

 どんな形であれ、本気になるってことは相応の結果をもたらす元となる。

 相手も黙ってやられてくれる訳じゃないけどね。

 マリアの気合いの入った掛け声に聞き取り不能な咆哮で応じるバーサーカー。

 退くことを知らぬ鋼のごとき肉体を持つ狂気の戦士。

 有り体に言ってしまえば脳筋だが、そんじょそこらの脳筋とは一線を画している。

 命知らずだからな。

 そんなのが憤怒の表情で突進してくるのに恐れず前に出るとは成長したものだ。

 渾身の右ストレートを放つバーサーカー。

 それに応じて左拳で応じるマリア。

 漫画なんかでよくあるクロスカウンターの体勢にしては──


「間合いが浅いね」


 そんな感想を漏らした瞬間「ゴッ」という鈍い音がした。

 鈍いがハッキリと聞き取れる程の音量。

 拳同士が打ち合わさった音だ。

 ああ、いつか見た光景だなぁ。

 禿げ脳筋を思い出してしまった。

 アレが突っ掛かってきた時の最後の方だったよな、確か。

 右の打ち下ろしを迎撃して奴の拳を破壊したのは。

 あの時は耳障りで嫌な音がしたのを覚えている。

 見る影もないほどにグシャグシャになった拳なんて何度も見たいものじゃない。

 それを再現しようとしているマリアには、些か引いてしまうのだけど。

 相手が頑丈なバーサーカーだからそう簡単にはいかない。

 禿げ脳筋の時と違って拳同士が打ち合わさった音は鈍かったもんね。

 そして、両者共にストレートを振り抜く前の状態で均衡を保っている。

 腕がグルンと背中側に弾かれたり、巨体を何メートルも吹っ飛ばしたりなんてことはないのだ。

 かわりにバーサーカーの腕から血飛沫が飛ぶ。

 血管が切れたのか。

 それはそれで、あんまり見たいものじゃないなぁ。

 マリアが無事そうなので、とりあえず良しとするけど。


「あ、バーサーカーの皮膚が裂けちゃったか。

 それなりに頑丈だったはずなんだけど」


 そのせいで訓練組は、このフロアに来た直後に慌てふためくことになったんだけど。

 思い返すと、そんなこともあったなぁと懐かしんでしまいそうになる。

 ほんの数時間前の話だが……

 現状は近接戦闘禁止を解除したら、先程からこんなことになっているし。

 狩って狩って狩りまくったおかげでバーサーカーも単独でしか遭遇しなくなってきた。

 世間的には乱獲と言われそうだが気にする必要もないだろう。

 こんな所に来ることができる西方人がいるとは思えないし。

 訓練組がレベルアップするための糧となれってね。


「なんかさ、いちいちツッコミ入れるのもどうかと思ったんだけど」


 ツッコミ大好きマイカさんである。

 マリアとバーサーカーの均衡が崩れてきた。


「なんだよ?」


 じりじりとバーサーガーが押し戻されていく。

 とうとう自力でバーサーカーを上回るようになったか。

 まあここで狩り始めた頃と比べて随分とレベルアップしたしな。


「数時間でこんだけレベルアップさせるってどうなのよ」


 憮然とした表情で言われてしまう。

 レベル350の人が言う台詞じゃないよね。

 とはいえ、ここまで効率いいのは納得いかないか。


「そんなこと言われてもなぁ。

 ノウハウは一応あるし。

 ヤクモ組も頑張ってるから負けられないってのもある」


「ぐぬぬっ」


「人それぞれだよ、マイカちゃん」


 さすがはミズキ。

 いいこと言ってくれるじゃないか。


「■■■■■!」


 あ、ここでバーサーカーですか。

 マリアによって体勢を崩されたようだ。

 普通なら間合いを取って立て直すところだけど、そんなことする訳がない。

 頭が悪い以前に相手を滅ぼすことしか考えていないからな。

 これで状態異常がついていないんだから恐れ入る。


「お」


 マリアの魔力がより濃密に練り上げられた。


「なに?」


 ミズキは分からなかったようだ。

 マイカも声には出さないが不思議そうな顔をしている。

 そういう繊細な部分の修行を怠るから効率が悪いのだよ。

 だけど、ただひたすらに思い続けただけでここまで辿り着いたのは凄いよな。

 メンタルの強さは並みではない。

 誰だ? ヤンデレじゃないのかなんて言った奴は?

 そんなことはないぞ。

 自分たち以外の嫁を認めるヤンデレ娘がいるとは思えない。

 病んでいる奴はもっと思考が危ないのが定石だ。

 そう、彼女らは一途なだけなのだ。

 ……背筋に冷たいものが走ったように思ったが、気のせいだよな。

 俺がそんなことを考えている間にも状況は刻々と変化する。

 バーサーカーは崩れた体勢などものともしていなかった。

 再び右の拳を振りかぶっている。


「■■■■■■■■!」


 吠えているけど、それ手打ちだぞ。

 体勢崩して腰が入っていないからね。


「あ、結構速いんじゃない?」


「でも、あれじゃあ打ち負けるよ」


「それもそっか」


 妻たちの感想である。

 付け足すものは何もない。

 言ってることは間違っていないし不足もしていない。


「■■■■■■!」


 現にバーサーカーは吹っ飛ばされていた。

 また拳同士の正面衝突だよ。

 マリアくんも、こだわるねぇ。

 しかも今度は魔力を練り上げていたからな。

 最初の拳の激突時より理力魔法の強度が増している。

 そして身体強化も同時にパワーアップしていた。

 故に先程とは違う。

 ゴキンッという嫌な音がした。

 手首が先に折れたようだ。

 それで衝突時の衝撃が逃げるがマリアの拳の勢いは殺しきれない。

 ガンゴンガンと鈍い音を響かせてバーサーカーが地下116層の通路を転がっていく。

 拳を振り切った状態の姿勢のままで。

 あー、自分で止まろうという発想はないのか。

 これじゃあ動きの素早いゴーレムみたいなものだな。

 なんか最初に抱いていたイメージと違うような気がする。

 だが、経験値稼ぎの獲物であることに違いはない。

 対象が如何様であろうとも狩るだけだ。

 バーサーカーが数十メートル先で止まった。

 即座に起き上がる。


「■■■■■■■■■■■!」


「行きますっ!」


 バーサーカーの咆哮に合わせてマリアが突貫。

 あっと言う間に距離を詰め──


「はああぁぁぁ───っ!」


 肩から入る体当たり。

 同時に肘も入っている。

 肩をかち上げて向こうの体勢を浮かせる。

 その流れのまま軸足を支点にして一回転からの掌底突き。


「はいぃっ!」


 ああ、浸透打撃だ。

 マリアもマスターしたか。

 バーサーカーの目、耳、鼻から鮮血がほとばしる。

 傷ついた右腕も破裂するかのように血と肉を吹き出していた。


「うわっ、何よアレ」


「発勁かな?」


 グロ耐性が弱めなマイカが気持ち悪そうに呻いている。


 ミズキは冷静に分析していた。


「発勁というか浸透打撃だな」

 俺たちの会話の間もマリアが止まらない。

 ローキックでバーサーカーの膝を潰す。

 それでバランスを崩させて無事な左腕を捻り上げつつ投げにかかる。

 頭から地面へ落としにかかっていますか。

 地魔法で落下点を尖らせる徹底ぶり。

 容赦ねえな。

 落として頭蓋を砕いた上に首をへし折る。

 これで動くならアンデッド並みである。

 さすがの狂人もそこまでの化け物ではない。

 ふと、コイツがゾンビ化したらどうなるんだろうとか思ってしまった。

 実にしつこそうだ。

 通常の3倍くらい?


「……………」


 嫌な3倍だな。

 何にせよ回収だ。


「これで訓練組全員が格闘でバーサーカーを仕留めたな」


「近接戦闘を解禁すると言うた時は耳を疑ったぞ」


 ハマーがさっそく愚痴ってくる。

 まあ、危険だから禁止にしてたんだしな。


「それだけ皆が成長したってことだ」


「あまり実感が湧かんのだが」


 ハマーは未だに自覚に乏しいようだ。


「理力魔法を制御できるようになったろ」


 風魔法でバーサーカーの相手をしている初期段階では困難だったことも今はできる。

 狩りまくったおかげでレベルアップしたからなんだけど。

 もちろんハマーもな。


「む? うむ」


 そう言えばといった感じの目をしている。


「同時に身体魔法も制御できるようになったし」


 魔法の同時制御は実戦レベルじゃなかったけど、これもできるようになった。

 言うまでもなくレベルアップの恩恵である。


「そうだな」


 ようやく納得がいったように頷いていた。


「「あのー……」」


 ABコンビのプラム姉妹が小さく手を挙げてきた。


「どうした?」


「やたらと体が軽い気がするのですが……」


「それに魔力も漲っている気がして……」


 困惑気味にアンネとベリーが違和感を口にした。


「「これって一体どういうことなんでしょうか?」」


 息もピッタリに聞いてくる。

 聞いてくるのだが、それが俺にとっては困惑の元だ。

 体が軽く感じるのはステータスが上がったから。

 魔力が漲っているのもステータスが上がったから。

 ともにレベルが上がったからなんですが?

 意味が分からない。

 これほど明確な答えがあるというのに疑問に思う何かがあるというのか?


「はて?」


 思わず首を傾げてしまう。

 シヅカを見たが頭を振られた。

 ツバキもノエルも同じ。

 そんな感じで古参組を見ていったが、同様の反応である。

 念のために妻たち2人にも目を向けてみたもののお手上げポーズで返された。

 これは緊急事態かもしれん。

 【ポーカーフェイス】で焦った表情を見せないようにしつつ冷や汗もので考え始めたのだが……


「ハルトよ、冒険者チェッカーはあるか?」


 ガンフォールが妙なことを言い始めた。

 ずいぶんと懐かしいブツのことを聞いてくるものだ。

 あんなの俺には必要ないからガンフォールに渡したひとつだけなんだが。

 ガンフォールだって【鑑定】スキルを持っているから確認できるはずだし。

 どゆこと?

 あんなのを引っ張り出してステータスをわざわざ確認する手間をかけるなんて……

 そこまで考えてようやく気が付いた。

 【鑑定】スキルがないからプラム姉妹が戸惑っているのだと。

 強くなったことを感覚的にしか自覚できないんだ。

 そりゃあプラム姉妹の表現も漠然としたものになる。


「そういうことか。

 ギャップに戸惑っていると?」


「断言はできんが、そうじゃろうな」


 俺はやっぱり間抜けでバカだった。

 急激なレベルアップをした皆が戸惑うことをすっかり失念していたのだから。


読んでくれてありがとう。

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