332 パワーレベリングは思うように進まない
トロールが不格好で奇妙な動きをしながら接近してくる。
当人たちは走っているつもりなんだろう。
だが、俺には変な盆踊りをしているようにしか見えない。
そのせいか人間が小走りする程度の速さでしか近づいて来られないようだ。
あの巨体であれが全力疾走だとすると失笑ものである。
こちらは余裕を持って対処できるというものだ。
「マイカ、ミズキ」
妻たちに呼びかける。
「なんじゃらほい」
「なに?」
両名共にトロールを驚異と感じていないらしく肩の力が抜けている。
「理力魔法は使えるよな」
「もちろん」
「使えるよ、アレを止めればいいの?」
「ああ、両端の奴の腕と脚を封じてくれるか」
「任せなさーい」
「うん、分かった」
退屈していたのが解消できると言わんばかりにグルグル腕を回すマイカ。
ミズキは頷いて答えるだけだが、表情を見れば楽しそうだ。
大したことは頼んでないんだがな。
見学しているだけだったのが、よほど退屈だったということか。
別行動で自由にダンジョンを回ってもらうことも考えたんだけどね。
本人たちが俺と別行動は嫌だと拒否したので仕方がない。
古参組の全員がそんな感じなので大所帯になっているんだけど。
新規国民組は効率よくレベルアップして欲しいので付き添いが必要だし。
「ところで真ん中はどうすんのさ?」
了解した上でマイカが聞いてくる。
「レオーネにやらせる」
俺がそう答えると納得したようだ。
「ああ、そゆこと」
逆に驚いているのがレオーネである。
「えっ!?」
意表を突かれたと言わんばかりに目を見開いていた。
理力魔法は講義しただけで練習していないからな。
ぶっつけ本番じゃあ驚きもするか。
だけど、俺は心配していない。
充分に使いこなせる下地がある。
トロールの動きを封じるくらいはできるはずだ。
「血飛沫の方は対応しなくていいから理力魔法で止めることに集中しろ」
「えっ、あのっ……」
アタフタしているレオーネを尻目に指示を出していく。
「リーシャ、真ん中を任せる」
「了解しました」
「メリーは左、リリーは右だ」
「「はーい」」
別に1人にすべて任せても良かったんだけど。
付き添いの皆も退屈しているだろうからね。
「みんなも後で頼むわ」
フォローは必要です。
戸惑ったままのレオーネにもね。
「レオーネ、忘れるな。
お前はヤクモではなくここにいる」
いい加減腹をくくってもらわないとな。
昨日のザリガニを相手した時の気合いはどうしたよ。
ドタドタという足音はもう間近である。
見なくても距離感は楽に掴める。
足音だけでなく「ガアーッ」だか「グオァーッ」だかいう咆哮を引っ切りなしに聞かせてくれるお陰だ。
タイムリミットは近い。
まあ、レオーネの方も俺が言ったことの意味を瞬時に理解してくれたようだけど。
戸惑いを見せていた表情が瞬時に引き締まっていた。
「フォローするからやってみろ」
「はい」
真剣な表情で頷きを返してくる。
ちょっと肩に力が入りすぎな気もするかな。
生真面目さんなんだから。
が、不安に押し潰されそうになっているよりは遥かにいい。
「来たわよ」
「止めちゃう?」
マイカの呼びかけにミズキが問うてくる。
「ああ、前後にならんように止めてくれ」
もっと引きつけた方がいいような気もしたけどね。
新規国民組の様子から指示を変更することにした。
杞憂だと思うけど近いことで入れ込みすぎになるかと懸念したからだ。
あと、レオーネがすぐに止められなかった場合のことも考慮した。
「お前はこっちで止まってな!」
マイカの命令口調の言葉と同時に両サイドのトロールが止まった。
再生中の動画を一時停止させたように変なポーズのまま固まっている。
ただし、真ん中のは普通に動いていた。
「レオーネ」
俺の呼びかけにハッと我に返ったレオーネが両手を前に突き出した。
直後から走り続けていたトロールの動きも制限されていく。
スロー再生しているかのようだ。
そこからが進まない。
トロールが憤怒の形相でジリジリと動くのだ。
レオーネが止めきれていない。
理力魔法を使いこなせていない証拠である。
「くっ」
レオーネが眉間に皺を寄せながら呻いた。
理力魔法に慣れていないこともあって制御に難儀しているようだな。
「力んでも意味がないぞ」
歯まで食いしばり始めたレオーネに声を掛ける。
が、そう言ったところで急に変えられるものでもない。
「理力魔法は意思の力が重要だ。
そこに体の力は必要ない。
己の魔力をもっと繊細に感じろ。
漠然と感じるだけでは理力に変換されずにロスするぞ」
返事はない。
その余裕がないからだ。
だが、聞こえている。
レオーネの表情から力みが消え始めた。
頬の強張りがとけ眉間の皺も解消されていく。
一心不乱にトロールを睨みつける真剣な瞳はそのままに。
魔力の減り具合にも変化が出てきた。
わずかな時間でMPが半分にまで減る勢いだったが、ジワジワした減り方になっている。
トロールの動きも完全に止めている。
少しの指示でコツを掴むかよ。
「それでいい」
やはり返事はない。
が、微かにだが表情に安堵が見えた気がした。
その瞬間に制御が弛んでトロールが動くということもない。
完全に止めたとなれば、あとは首を落とすだけだ。
「次の順番の者は前へ出て仕留めろ」
これで一巡だ。
奥の方で埋まっているトロールも始末すれば2巡する。
パワーレベリングと言うには弱いな。
次が召喚されているといいんだけど向かってきたのが3体とすると難しいか。
普通のトラップと考えると、むしろ多い方かもしれないし。
世の中ままならないものである。
ここが片付いたら更に深層に行くか。
このフロアも罠から召喚されたトロールが最強みたいだし。
歯ごたえがなさ過ぎる。
今の新規国民組にとっても数がそろわないんじゃ経験値的においしくない。
せめて各自が10体ばかりトロールを仕留められればと思ったんだが。
前の召喚トラップとは違うなぁ。
それを思うと実にもどかしい。
まあ、贅沢というものか。
俺が考え込んでいる間に3体はサクッと始末完了。
レオーネに魔力回復のポーションを渡す。
「ありがとうございます」
「常に余力を、だ。
それで完全回復できないほどには消耗している自覚は持っておけ」
「はい」
ビシッと直立の姿勢になって返事をするレオーネさん。
堅いなぁ。
そのうち緩くなってくれるといいんだけど。
時間がかかりそうだな。
今日中は無理だ。
少しの休憩を挟んで先に進む。
8体のトロールも仕留めた。
もはや作業である。
本当に簡単なお仕事状態だ。
首を刈る。
凍らせて止血。
引っ張り出して格納。
埋め戻す。
止血はまだ何もしていない付き添いの面々に頼んだ。
埋め戻しもね。
格納は俺だ。
2巡目ともなると手早く終わってしまう。
呆気ないものだ。
そのまま後始末も終えて部屋に向かう。
まあ、目と鼻の先なのでじきに到達なんだが。
「ハルくん」
部屋の様子を皆に確認させている間にミズキが話し掛けてきた。
「どした?」
「このライトの魔法、普通のと違うよね。
再現してみようと思ったんだけど上手くいかなくて」
「あっ、それ私も教えてよ」
宝箱周辺を観察していたマイカがささっと寄ってくる。
古参組がマルチライトを使って調査しているのを羨ましく思ったのだろう。
生活魔法のライトじゃ融通が利かないからな。
「これは生活魔法じゃないからな」
そのぶん消費魔力も増えるが、この2人なら大丈夫か。
「そうなんだ」
「知らんかった」
「……………」
おい、もうちょっと観察力を持ってくれ。
君たちレベル3百オーバーだろうに。
しかもベリルママの特訓を受けてきたんだろう。
魔法に関しちゃ新規国民組よりエキスパートなはずだ。
見聞きしたことがない魔法なら観察くらいはしておこうぜ。
できれば、ひと目で術式解析できるようになってほしいね。
そういうクセをつけておいた方がいい。
でないと、いざという時に足をすくわれかねないぞ。
それについては帰ってから注意すればいいか。
まずはマルチライトを習得していない皆にチャレンジさせてみるのもありだろう。
この場では習得できなくても構わない。
とりあえず教えて身につくなら活用させる。
この部屋のように細かな部分を隅々まで調べるのにも使えるしな。
身につかなかった者は帰ってからの宿題にすればいい。
ここの宝箱に関しては収穫なしと結論が出そうなので、練習用として活用するのもありだろう。
俺は部屋に入ってからは皆に任せきっているから鑑定すらしていない。
色々と勘のいい面子がそろっているから、迂闊に鑑定できないんだよね。
任せているはずなのに俺が端からそんなことしてたら信用していないってことになるからさ。
皆が結論を出してから確認するのとは訳が違う。
「シヅカ、どう判断する」
まずは報告を聞いておかないとね。
「ダメじゃな。
完全に起動術式が崩壊しておる。
もはや底に穴の空いた使い道のない箱でしかないわ」
その破損した箱をドワーフ+組は興味深げに調べているけどね。
金具まわりが気になるらしい。
職人として許せない雑な仕事をしているようだ。
とりあえず放置しておく。
「あっけなくてつまんない。
もっといっぱいでればマリカもこおらせたのに」
召喚されるトロールの数次第では頼んでいたかもな。
「あっけないというのは同意だ。
なんというか、拍子抜けしてしまった」
ルーリアが呟くように感想を述べている。
それに同意してコクコク頷いている月影の一同。
まあ、過去の経験からするとそういうものか。
あの時は結構ドタバタしたからな。
今回ドタバタしたのは召喚されたトロールだけだ。
読んでくれてありがとう。




