327 余計なことをするとスプラッタな光景を見ることになる?
魔法を苦手としているドワーフが戸惑うのは仕方がないことなのかもしれない。
いくら練習で使えるようになっても実戦とは違う。
勝手の違う分野での初めてとなると誰しも素人になるようだ。
人生経験の豊富なハマーでさえド素人のような狼狽え方をした。
けれども、それを笑うことはできない。
誰にだって初めてはあるのだ。
何の経験もない人間であれば過去の経験を元にすることもできない。
誰もが何かしらの経験を元に未知の出来事を予測する。
経験が豊富であればあるほど予測の精度は上がっていく。
ハマーの場合は魔法に関する経験が大いに不足していたということだな。
ただ、例外も存在する。
それがガンフォールである。
練習の時よりも過剰な魔法になってしまっても慌てず騒がずで対応していた。
ハマーほど魔法の効果が過剰にならなかったというのもあるだろうがな。
ただ、そこも想定していたようではある。
人生経験の差と言えば良いのだろうか。
数少ない魔法の練習で得たデータをそのまま引き出そうとしたのがハマーだ。
対してガンフォールはそこに魔法とは関係のない経験からもデータとして引っ張ってきた。
魔法での実戦が初めてでも突発的な事象に対応した経験はある。
それだけでも想定外のことがあるという前提で動くことができる。
他にも色々と引き出しから引っ張り出していたようだ。
細かなところまでは説明を求めなかったけどね。
そういうのは失敗した人間にデータとしてフィードバックすればいい。
ハマーもそうだし、ボルトも似たようなものだからな。
ボルトが腰を抜かすところまで行かなかったのは魔法に対する順応性がハマーより上だったからだろうか。
こういうのは若い方が柔軟に対応できるみたいだな。
月影の面々の時もそう感じた覚えがある。
そうなるとハマーは苦労しそうだ。
ガンフォールは身体強化で無意識に魔力操作していただけあって苦手意識は少ないんだが。
とりあえずハマーのフォローが必要だ。
ただし、ガンフォールからこそっと注意を受けた。
「一言だけにとどめておけ」
あまりとやかくフォローすると羞恥心を煽られるからのようだ。
「了解」
という訳で、赤面しているハマーには雑念が多いとだけ注意しておいた。
後は素っ気なくしておく。
子供じゃないんだからフォローの少なさに不安を感じることもないだろう。
手取り足取りは逆に鬱陶しく感じることも考えられる。
ガンフォールの忠告を参考にしてみたけど、概ね正解だったようだ。
ハマーから見えないようにサムズアップしている。
参謀が優秀で有り難い話だ。
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訓練を続けている間にノエルが俺の側に来た。
何かあったのか?
「ハル兄、そろそろ頃合いだと思う」
新国民組の格闘対応力を充分と判断したようだ。
魔法はまだ安定していないんだがな。
懐に入られても対応できると言いたいのか。
俺よりも安全マージンに対する考え方がアグレッシブだ。
だが、それでいいのかもしれない。
今日はバックアップ体制がこれ以上ないくらい整っているからな。
早めにフォローを入れてダンジョンに馴染ませるくらいの方が良さそうだ。
「わかった」
新国民組に疲れの気配は見られない。
うちの基準では不充分だがレベルアップの効果は出ているようだ。
休憩を挟む必要もなさそうである。
「それじゃあ下の階に行くよー」
緩い感じで宣言すると、まばらに了解の返事があった。
「じゃあ、その先を右だ」
俺の指示通りに先頭の新国民組が進む。
「ねえ、ハルゥ」
マイカが俺に声を掛けてくる。
声音が退屈している時のそれだ。
完全に下がらせて戦わせていないからしょうがない。
最初はローテーションに組み込んでいたんだけどねぇ。
どうしても、やり過ぎるんだよ。
魔法を使えば魔物を魔石も残さぬほどの業火で灰にしてしまう。
格闘戦では魔物を爆散させる。
酷いもんだぞ。
周辺を血やら肉やらで前衛絵画のキャンバスに変えてしまうんだから。
それで加減しているって言うんだから、どうしようもない。
何回か適正な攻撃ができるように挑戦させたけど結果は変わらず。
あれでよく普段の生活が普通にできるものだと思った。
戦闘になるとスイッチが入るとかなのかね。
よく分からんけど。
なんにせよ同じ修行をして同じレベルになったミズキもマイカと同様の状態であった。
それだけ必死でレベルアップしてきたんだろうけど。
ベリルママも単に強くするだけじゃなくて加減というものを教えてほしかった。
今更だけどな。
2人には見学を言い渡して下がらせたのが現在の状況。
加減の方はダンジョン以外の特訓でどうにかしてもらおう。
「どうした?」
「なんで簡単に道が分かるのよっ」
口を尖らせて抗議するように聞いてくる。
どうやら御不満のようで……
「それに敵の位置も数も完璧に把握してるし。
【気配感知】のスキルってそんなことまでできるの?」
「道が分かるのはフロアすべてを把握済みだからだ」
「「「「「なっ!?」」」」」
あれ? マイカだけじゃなくて新規国民組の皆が驚いている。
そんなに驚くことだろうか。
むしろ「そういうことだったのか」と納得してくれるものだとばかり思っていた。
「マッピングする前から把握してるってどういうことよ」
詰め寄るようにマイカが聞いてくる。
驚いていた他の面々も同調するように頷いていた。
あー、そういうことか。
今まで普通にやってきたから、そこまで異常なことだとは思わなかった。
「地下レーダーってオリジナルの魔法を使って【地図】スキルでマッピングしてる」
「……………」
返事というか反応がないと思ったら、目と口を開ききっているマイカがそこにいた。
新規国民組も同様だ。
いつの間にか歩くことも忘れている。
そこから全員が復帰するのにそこそこ時間がかかってしまった。
事前に説明しておいた方が良かったのかもしれない。
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復帰後は一気に地下10階まで下りた。
駆け下る感じではなく最短距離を突き進んだだけだが。
新規国民組も戦えることは分かっているので魔物と遭遇しようがお構いなしだった。
魔法はみんな火属性に慣れたので風属性で対応させている。
最初はエアスラッシュだった。
ただ、これは血が派手に吹き出すのが難点だ。
新規国民組の魔法だと太い血管を狙わないと一撃で倒すのは難しい。
今のところ人型の魔物ばかりなので正面から首を狙えば簡単に倒せるのだが。
ブシャッと噴き出す血は風属性魔法の風壁で防がせていた。
そうするとMPの減りが速いんだ、これが。
風壁の運用の仕方に問題がある。
みんな広く厚みを持たせて発動させているんだよ。
湯水のように魔力を消費してしまうのは必然である。
じゃあ風壁の範囲を狭めるか?
答えはノーだ。
派手に血が飛んで来たら誰だって浴びたくないと思うよな。
それが魔物の血で、しかも大量にとくれば尚更だ。
確実に浴びないようにするためには余裕を持って防ぐしかない。
必然的に風壁は広げられてしまう。
後は厚みを減らすしかないが、これもできない。
現状における新規国民組の風壁はエアカーテンを強力にした感じ。
薄いと勢いよく飛んできた血が風壁を通り抜けかねない。
勢いを削ぐことはできるだろうから派手に血を被ることはないだろうけど。
それでも生臭い血を浴びることに変わりはない。
故に風壁は鉄壁でなければならない。
鉄じゃなくて風だけど。
冗談はさておき、風壁を薄くしつつ突破されないようにはできない。
現状の新国民組にはね。
イメージが弱いからなんだが。
もっと強くイメージできるようになれば薄くても血を防ぐことができる。
まだまだ制御も甘いから難しいところだ。
結果として大量の魔力を消費して風壁を使用することになる訳だ。
これなら理力魔法の方が消費魔力は少ないと思う。
でも、理力魔法はまだ安定して使えない。
ジレンマである。
とにかく燃費が悪いのが問題だった。
ポーションで回復できるけど多用はできない。
副作用とかはないけど、液体でも固体でも口にする以上は限度があるからね。
無限に飲み食いできるなら話は別だけど。
回復のために一度与えてから問題ありそうだと考えて魔法を切り替えさせることにした。
今はエアスマッシュで攻撃している。
エアスラッシュとまぎらわしい名称だが、しょうがない。
どちらも元からあった魔法だ。
スラッシュの方は有り体に言えば鎌鼬なんだよな。
スマッシュは圧縮空気の塊をぶち当てる。
これ、エアハンマーと言った方が良くないかと思ったが変更は無理だ。
エアハンマーもあるからね。
試しに使ってみたらホブゴブリンがグシャッと縦方向の圧力で潰された。
うわっ、グロ注意だった。
特に顔面は酷い。
正視できないくらいキモいものを見せられた。
血が流れるくらいは可愛い部類である。
夢に見そうで嫌だ。
威力が抑えられるよう、かなり控えめにやったんだがな。
プレス機と言った方がいいんじゃないかって威力だ。
実際そうなんだろう。
圧縮空気の掛け矢を上から叩き付けた感じかな。
それに比べれば同じ魔力量を使ってもエアスマッシュの方がマシだ。
掛け矢を横に振り回す感じなので、地面とのサンドイッチにはならない。
俺がやると顔面陥没で壁面目掛けて飛んで行ったけどな。
第2のホラーシーンは見たくなかったので理力魔法で止めて倉庫に回収したよ。
もちろん顔面だけじゃなく首の骨も折れていた。
新規国民組だと一撃で首の骨を折るくらいの威力はまだ出せない。
それでも突進は確実に止められる。
ノックバックしている間に他の魔物を格闘で始末すると。
格闘能力ばかり上がっていく気がするが、そこはしょうがない。
今回で魔法をマスターできるとは思っていないしな。
「ねえ、ハルくん」
不意にミズキが話し掛けてきた。
「どうしたミズキ?」
「他の冒険者がいないようだけど」
ミズキが指摘するように他の冒険者とはダンジョンに入ってから一度も遭遇していない。
回避した覚えはない。
最短距離で地下5階から10階に来たからな。
途中の階層では何組もの冒険者たちがいる。
地下レーダーで確認済みだ。
単なる偶然なんだがなぁ。
何者かがコントロールしているのかというくらい誰とも会わなかった。
「いない訳はないぞ。
たまたま鉢合わせするようなことがなかっただけだ」
「えー、何か嘘くさーい」
マイカがツッコミ入れてくる。
「嘘くさいと言われても俺は知らん。
それより、次の曲がり角から出てくるぞ」
俺の言葉に訓練組が身構える。
「うわっと!?」「えっ?」「きゃっ!?」「おっと!」
俺たちの目の前に出てきた冒険者たちが仰け反るように驚いていた。
既にこちらは警戒態勢を解いている。
向こうの出方次第では再び戦闘準備に入ることもあるだろうが。
「驚かせたようだな、すまない」
先に声を掛けて様子を見る。
重装の剣士が1人。
コイツがタンクか。
残りは剣士が1人と槍持ちが2人。
魔法使いのいない4人パーティなら上手く分担できていると思う。
槍のうち1人が女。
もう1人の槍持ちがリーダーかな?
読んでくれてありがとう。




