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320 結婚していた

 俺は鈍感なんだそうです。

 自覚がないから鈍感の王と言われてもピンと来ない。

 でも──


「そうね、鈍いわね」


 あっさりベリルママに言われてしまった。

 直球ストレートで心臓に直撃する。

 結構グッサリくるんですが。

 そこにローズの追撃が来る。


「くーくくぅ」


 ニブキングって何だよ。

 いや、称号が[鈍感王]だから意訳と言われれば反論の余地はないけどね。


「ノーコメントじゃな」


 おいおい、シヅカさんよ。

 無表情でそんなこと言われたら肯定と同じじゃねえか。

 まったく、俺の守護者たちは守護対象である俺の扱いが酷くないか?

 これでマリカも似たような反応をするなら泣いちゃうよ。

 追撃に次ぐ追撃になるからね。


「よくわかんなーい」


 分かりませんか、そうですか。

 幼女だから無理もないのか。

 付き合いが短いからというのもあるとは思うけどね。

 この反応は予想して然るべきだったな。

 でもね、マリカさん……

 そういう時は空気を読んでくれるとお兄さんとしては嬉しいかな。

 具体的に言うとスルー推奨です。


「でもでも、ハルくんが鈍感だから私たちが一番乗りなんですよ」


 オーバーな身振り手振りでミズキチが俺の擁護に回ってくる。

 擁護になっていないけどな。

 本人はいたって真面目に俺を援護射撃しているつもりなんだぜ、これで。

 実際には背中から撃たれたようなものだ。

 しかも無自覚だから質が悪い。

 毎度のことなので予測はしていたがね。

 おかげで深手にはならんのだけど。

 この感覚が久しぶりすぎて感慨にふけりそうになったわ。

 そういうこともあって、ツッコミ入れるタイミングを逸してしまった。

 一番乗りってどういうことよ。

 そういや両名の苗字の件も明確にはなっていない。


「ハルが鈍いのは相変わらずね」


 皮肉な感じの笑みを浮かべながらマイマイが止めを刺してくる。

 此奴は遠慮がないからなぁ。

 その分、俺も楽な部分はあるんだけど。

 それにしても「相変わらず」ですか。

 ということは大学時代から俺が鈍感だったと言っている訳だ。

 こういうのは急にそうなる訳じゃないから生来のものと認識しておくべきだろう。

 まあ、人と関わることを避けてきた俺だからな。

 日本にいた頃は鈍くても問題なかった。

 生まれ変わる前の俺は女子からモテるような外見的要素はなかったし。

 現に金目当ての碌でもない女と付き合ったことしかない。

 キスすらしたことがないので付き合ったと言えるかどうかは微妙ではあるが。

 おそらく向こうは付き合ったとは思っていないだろう。

 ATMをゲットするための作業でしかなかったんじゃないかな。

 デートという名の作業というのが不毛である。

 奴にしてみれば俺と出歩く時に手をつなぐだけだからな。

 簡単なお仕事ってやつだ。

 上手くすれば金蔓を得られるんだし。

 愛想良く笑うのはサービスだ。

 スマイル0円とか何処のファーストフード店だよ。


「……………」


 思い出すほどに虚しくなっていくな。

 しかも奴以外にデートをした覚えがないというのが更に悲しくさせてくれるぜ。

 ミズキチとマイマイとは何度も遊びには行ったが、あれはデートとは言わんだろう。

 手をつないだこともないし。

 女友達と遊びに行きましたマルって感じかな。

 それだけでも充分にリア充だって?

 ……かもな。

 けど、それも大学時代だけだ。

 あとは選択ぼっちのお一人様だったからな。


「こんないい女を2人も袖にし続けたんだから」


 袖にしただろうか。

 したんだろうな。

 2人は己の存在を喪失しかけて魂を傷つけてまで俺を忘れなかった。

 正直、俺の方はそこまで思われているとは気付いてなかったし。

 異世界にまで追いかけて来たのは極限の執念だよな。

 もし気持ちが一方通行だったならヤバい事案に発展してますがな。

 刺されても文句は言えないけど。

 これだけ思われるなんてそうそうあるもんじゃない。

 ここまで気付かなかった俺は究極のアホである。

 こういうことも含めて[鈍感王]なんだろう。

 だから反論はしない。


「それについてはすまないと思っている。

 まあ、その何というか……

 今更ではあるが責任は取るさ」


「「ええっ!?」」


 ミズキもマイカも仰け反って驚く。

 おい、それはないだろう?

 今更だから絶縁しに来たって言うならともかくさ。

 俺だって腹はくくってるんだからな。


「あらあら、良かったわねえ。

 これなら私たちがお膳立てしなくても良かったかしら」


 あー、やっぱり何かしたんだな。

 私たちなんて言ってるくらいだからベリルママだけじゃなくエリーゼ様も加担しているのだろう。

 おそらくミズキとマイカの苗字が俺と同じヒガになっていることに関連があるはず。


「何したんですか」


「婚姻届を出したのよ」


「はあっ!?」


 何処にそんなものを受け付けてくれる所があるというのか。

 うちでは、そういう届けは出されていない。

 だって2人の住民登録がまだなのだ。

 いま密かにデータベースへアクセスして確認したので間違いない。

 じゃあ、日本で婚姻届が出された?

 それは間違ってもあり得ない話だ。

 俺という存在は、子供の頃に死んだことになっているからな。

 死亡した事実が記載された除籍謄本くらいは残っているだろうけど。

 戸籍と除籍は違う。

 証明書の値段からして違う。

 戸籍は450円で除籍は750円。

 値段に関しては法律で定められている。

 故に全国どの市区町村に戸籍や除籍があっても値段は同じだ。

 戸籍の一部に除籍の情報が記載されている時は戸籍として扱われる。

 ただし、その場合でも除籍者の情報は動かすことができない。

 ちなみに謄本と抄本でも値段は変わらない。

 謄本というのは、その戸籍や除籍に記載されているすべての事項である。

 抄本は請求者が必要とする任意の一部事項だ。

 ……脱線したな。

 とにかく、除籍は戸籍と違って情報の更新ができない。

 死んだ人間の婚姻届は出せないということだ。

 となると、ベリルママはいったい何処に婚姻届を出したというのか。

 疑問が湧き上がるも答えは導き出せない。


「何処に!?」


「システムよ」


 神様のシステムか。


「婚姻情報をアップしたの」


 それで強制的に2人の苗字を設定するとか強力すぎる。

 神様のシステムだから当たり前なんだろうけどさ。

 それ、どうなの?

 日本人だったら問題になるよ。

 重婚はできないのでストップがかかるし。

 こっちじゃ複数の相手と普通に婚姻できるのでそこはスルーしよう。

 けれども勝手に婚姻届を提出するのはマズいでしょう。

 しかも記入済みの婚姻届を代理人が提出するのとは訳が違う。

 結婚する当事者の与り知らぬ所で届出書に記入した上で提出しているのだから。

 日本なら書類審査の段階で弾かれる案件だ。

 当事者の本人確認ができないからね。

 これが婚姻する当事者が婚姻届を窓口に提出したのだとしても本人確認が要求される。

 昔と違って本人確認は免許かそれに類する証明書が必須なのだ。

 届出書を提出して終わりじゃない。

 本人確認ができない場合は、郵送で確認のための書類が送られてくる。

 更に本籍地が届けを出した市区町村にない場合は戸籍謄本を添付しないといけないし。

 結構、面倒なんだよ。

 婚姻する当人と証人の合計4個の署名捺印が必要だし。

 証人も成人で2人求められるし。

 捺印は同じ苗字であってもすべて異なる印影でないといけない。

 シャチハタは朱肉を使っていないので認められないし。

 あ、婚姻届を出そうと思っている人がいるなら記入時の注意点をひとつ。

 日本人は年月日の記入に西暦は使わないこと。

 元号で記入しないとダメなんだな、これが。

 外国人が生年月日を記入する場合は西暦になるけどね。

 まあ、当然と言えば当然だ。

 外国人配偶者と結婚する場合は提出書類が増えるから頑張ってくれとしか言えない。

 何が必要になるかは婚姻届を提出する窓口で聞いた方がいいと思う。

 む、脱線してしまったな。

 それにしても俺って結婚してたことになってるのか。

 自分を鑑定して確認してみる。


「……………」


 つい、さっきじゃねえか!?

 たぶんベリルママが顕現する直前くらい。

 それに合わせてミズキとマイカの履歴情報を鑑定してみた。


「…………………………」


 間違いない。

 さっきまでは苗字のない[ミズキ]と[マイカ]だった。

 それが今はヒガ姓になっている。


「エリーゼ様が情報をアップしたんですね」


 ベリルママが移動中にアクセスすることもできなくはないだろうけど。

 移動していないエリーゼ様の方がより確実に情報をアップロード可能だ。

 それでも確認するのはエリーゼ様が丸投げ主義者だからである。

 まあ、でも面白いと思ったことは自分から動くみたいなので、ほぼエリーゼ様だと思う。


「そうよ」


 正解しても嬉しくは感じないけどな。

 してやられたという思いが強いからだと思う。


「私と姉さんが証人」


 証人が届出を出すとか普通はしないよ。

 当事者の元に本人確認書類が送られるから。

 面倒だろ。

 まあ、これは日本で婚姻届を出す時の話だ。

 神様のシステムは仕様が違うわな。

 本人確認とかあるはずがない。

 そんなことをしなくても俺らはシステムに把握されてるからな。

 しかも俺たちよりも上位者たる管理神によって届けが出されている。

 神様のシステムからすれば特別なことをする訳じゃない。

 普通に受理されて情報が書き換えられるって訳だな。

 何度も言うようだが、まんまとしてやられた。


「そういうことは事前に告知してもらえると助かるんですが」


 無理だと思いながらも抗議しておく。


「えー、それじゃあサプライズにならないじゃなーい」


 言うと思いましたよ。


「その調子だと、この2人も知らないんじゃないですか」


 ベリルママは俺の問いには答えずニコニコと笑みを浮かべるばかりである。

 故にミズキとマイカの方を見た。

 ミズキは「えっ? えっ?」とマイカと俺を交互に見ている。

 マイカは怪訝な表情を浮かべてベリルママの方を見た。

 あー、こりゃ知らされてないな。

 2人は【鑑定】スキル持ってるよな。

 とはいえ、そうそう自分を鑑定したりはしないだろうけど。

 だから気付いていない。


「2人とも自己鑑定してみな」


「え? あ、うん」


「……わかった」


 ミズキは戸惑いながら、マイカは真剣な表情で頷いた。


「……………」


「え─────っ!?」


「私らも、はめられたのか」


「あら、サプライズと言ってほしいわ。

 悪いことじゃなくて、おめでたいことなんですもの」


 そう言われてしまうと反論できない。

 ミズキやマイカと婚姻したことについては確かにおめでたいことだ。

 些細なことは気にせず切り替えよう。

 俺自身が望んでいたことだしな。

 あ、でも出張組になんて説明しよう。

 メールだけでも送っておくか?


読んでくれてありがとう。

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