317 エリーゼ様のサプライズは……
「さて、そろそろ時間だと思うんだが」
朝日が昇る。
「何があるのじゃ?」
興味深げにシヅカが聞いてくる。
そういや誰にも教えてなかったな。
何があるのか俺も知らされていないんだけど。
正しくは俺にとって「何かいいこと」らしいとしか聞いていない。
エリーゼ様が言ったことだから嘘ではないだろう。
ただ、裏は感じるんだよな。
嫌な予感はしないんだけどさ。
でも、それと同等の覚悟はしておいた方が良さそうだ。
「エリーゼ様のサプライズ」
間違いなくそうだという予感がある。
ベリルママが帰ってくるとかじゃないよね。
それじゃサプライズと言うには弱い。
俺としちゃ嬉しいけど。
「なんとっ!?」
仰け反るようにしてシヅカが驚いている。
かと思ったら「ありがたやありがたや」と祈り始めた。
「……………」
いまシヅカがここにいるのはエリーゼ様のお陰だし無理はないと思うんだけど。
「一応、この世界の管轄はエリーゼ様じゃなくてベリルママなんだけど」
俺の言葉に「はっ」と我に返ったシヅカがションボリしていた。
「落ち込むなよ」
「いいや、妾は主の守護者失格じゃ。
元の世界の神を第一に考えてしもうた」
「いいんじゃね?
お前にとっちゃ恩人なんだし」
「いや、それはしかし……」
「ああ見えてエリーゼ様はベリルママの上司だ」
失礼な物言いだが、俺は気にしていない。
「おおっ」
「その上、従姉だ」
身内だし。
「なんとっ!?」
親しき仲にも礼儀あり?
目上の人間に対する態度じゃない?
知らん。
向こうだって、俺の扱いはぞんざいなんだ。
仕事を丸投げしようとしてくるし。
そもそも俺が魂を半分喰われたのだって、ちゃんと管理神としての仕事をしていれば防げたはず。
それを恨みに思うとかはないけど、敬う気持ちは薄いな。
ラソル様よりはあるけど。
なんというか気安い身内感覚だがな。
「主よ、そのベリルママなる御仁は一体いかなる御方なのじゃ」
「言ってなかったっけ?」
コクコクと頷きで返すシヅカ。
「この世界ルベルスの管理神にして唯一無二の女神様だ」
「え!?」
そう言ったのはレオーネであった。
本人は「え」と発音したつもりだろうが「げ」に近い声で聞こえてくる。
シヅカの「ほうほう」と言う声がかき消されるほどだ。
その動揺は並みではないのだろうね。
目も口も開ききったままで固まってるし。
「あー、この世界で皆が神様だと思っているのは亜神だな。
月の女神と言われているルディア様もベリルママの眷属だぞ」
レオーネの耳には届いているだろうか。
動きがないのでなんとも言い難い。
馬耳東風状態なら後でまた説明が必要になるな。
シヅカは感心したのか頷いているけど。
「ちなみに本名はベリルベルだからな。
俺がベリルママと呼ぶのは息子だからだぞ」
「なんじゃとっ!?」
さすがにシヅカも驚くか。
「──────────っ!?」
美人が台無しな絶叫顔で卒倒しそうになっているレオーネの方が、より驚いているようだけど。
この様子だとガンフォール辺りでも似たような反応をされそうだな。
エリスやクリスなら驚きはしても大騒ぎはしそうにないか。
ABコンビは失神するかもな。
事前に色々と教えておいた方が良さそうだ。
とりあえずはレオーネにバフをかけてショックから回復させる。
でないと、エリーゼ様の何かのせいでパニックを起こしかねない。
今でも充分にパニック状態だとは思うけどな。
「少しは落ち着いたか」
「な、なんとか……」
疲れ切った表情でレオーネが返事をした。
あんまり大丈夫じゃなさそうだ。
この状態で今からベリルママを迎えることになるのは厳しいな。
どうやらエリーゼ様のサプライズはベリルママの帰還だったようだ。
空間の向こう側から急速に気配が近づいてくるのが分かる。
まだ随分と距離があるが、間違いなくベリルママだ。
「ねー、なにかくるよー」
マリカも気配に勘付いたようだ。
不安そうな表情を見せながら俺のズボンにしがみついてくる。
知らない者からすれば圧倒的存在感に気押されるのも無理はない。
慣れると、その存在感に安心を抱くようになるんだけどね。
現状では難しいか。
本能的に察知したのでは無理もないかな。
感じ取った気配に恐れを抱くのは自然なことだろう。
この世界の誰よりも圧倒的なんだから。
マリカでこうなんだ。
レオーネじゃ厳しいかな。
念のためにバフの重ね掛けをしておく。
「え!? え?」
それでもレオーネは周囲をキョロキョロと見渡している。
マリカの指摘があっても気配を明確には感じ取れないようだ。
空間の向こう側までは探れないか。
それでも接近を察知はしていると思う。
落ち着きがないからね。
まるで巨大地震の前の野生動物のようだ。
「ふむ……
この気配、覚えがあるような無いような」
シヅカに動揺する様子は見られない。
首を捻って考え込んでいる。
エリーゼ様の気配に似ていると言いたいのかもな。
ベリルママとはいとこ同士なんだから似ていて当たり前である。
「これはベリルママの気配だ」
それにしてもエリーゼ様の言っていた「何かいいこと」って、このことだったのか。
サプライズと言うには些か拍子抜けである。
しばらく連絡のつかない状態だったし、サプライズと言われれば否定はできないけど。
嬉しいことではある。
その点に関してはサプライズだ。
が、エリーゼ様の意図するようなものじゃ無い気がするんだ。
心底驚くようなことではないからなぁ。
あー、でも俺が驚かないとベリルママに泣かれそうな気がする。
それで俺が慌てる様を見てエリーゼ様がニヤニヤするとか。
……ありそうだ。
確かにベリルママが帰ってくるのは「いいこと」だ。
けれども、それで俺が泡を食うという裏があると考えれば……
エリーゼ様が内緒にしたのも納得である。
「くくー!」
急接近! と万歳するローズ。
「ううっ」
マリカが縮こまって更にギュッとしがみついてくる。
「怖くない怖くない」
「本当?」
つぶらな瞳で恐る恐る俺を見上げてくるマリカ。
幼女にそんな仕草されたら保護欲をかき立てられてしまうではないか。
「ベリルママは優しいからな」
ちょっと天然入ってるけどね。
マリカは俺の言葉に少し安心したのか、体の強張りが少しだけ弛んだ。
不安そうにしながらも、フワッとした笑みを浮かべる。
これは文句なしに可愛いではないか。
美人顔とか関係ない。
思わずナデナデしてしまいましたよ。
それだけで気持ちよさそうに目を閉じるのが、また可愛いのなんの。
んー、ぷりちー。
これはノエルに次ぐ妹枠に収まりそうだ。
天使2号である。
まあ、そんな暖気なことを考えている場合ではない。
目の前にベリルママ降臨である。
いきなりすっと現れるようなことはしなかったけどね。
前の時は妖精組がそれで大混乱だったし。
今回は一手間かけてますよ。
まずは空間をジワッと揺るがせて予告を入れてきた。
次に演出を入れるかのように降臨地点を淡く光らせている。
最後に光を収束させてベリルママの登場。
こうした方が女神様の降臨って感じなんだけど、どれも必要のない手順だ。
でも省略すると面倒なことになるんだよな。
故に、ちゃんと待ち受け側のことを考えてくれた結果がこの演出である。
「ハルトくん、久しぶりー」
「うわっ」
いきなりガバッと抱きつかれて頬ずりされてしまった。
「きゃー、ハルトくんの匂いー」
頬ずりされながらスンスン鼻を鳴らされる。
なんというか変態的だ。
シヅカが呆気にとられている。
ローズなんて残念な人を見てしまった目をしているし。
頼むから、そこに俺を含めてくれるなよ。
そんな感じで俺が表情には出さないながらも苦悶している間もクンカクンカされ続けた。
ここまでくると好きにしてくれという心境にもなるんだが、一つだけ懸念事項がある。
この後はペロペロじゃあるまいなと思った訳だ。
そういうのは白狼モードのマリカだけにしてくれ。
でないと残念感どころか変態感まで出てしまう。
そこまで来ると俺も耐えられそうにないぞ。
頼むからそういうのは無しでと念じていると圧迫感が消えた。
ただし、ベリルママが離れる間際にホッペにチューはされたけどな。
まあ、それくらいはセーフだろう。
元日本人としては馴染みがない習慣だが、海外では映画とかでそういうのも見かけるし。
「ローズちゃんも久しぶりねー」
「くっくくぅ」
ごぶさたー、だってさ。
そのまましっかりとハグしてますよ。
俺より手慣れてるのはなんでだ。
「そ・し・て……」
ハグを終えたベリルママが今度はシヅカの方を見た。
「む」
「あなたがシヅカちゃんねー」
そう言いながらスルッと一瞬でシヅカの懐に入る。
接近されてもシヅカが反応できない自然な動作だった。
幻の6人目かよとツッコミ入れたくなるくらい見事に意識の空白を狙われたな。
無駄に高度な技を使ってくるね。
「っ!?」
そのままベリルママがシヅカのまわりを一周する。
「美人さんね。
それに可愛いわ」
「───っ!?」
流れるような所作で抱きついてますな。
抱きつかれたシヅカが顔を真っ赤にしてビックリしてるよ。
あれは怒っているんじゃなくて「可愛い」と言われたことに照れているな。
ベリルママが離れた後も「ななな……」とかまともな単語が口から出てこないし。
「あらっ、めずらしいわねぇ。
フェンリルかと思ったら上位種じゃない」
素早くしゃがみ込んで俺にしがみついたままのマリカをジッと見つめるベリルママ。
「っ!!」
ビクッと反応したマリカが俺の後ろに隠れてしまった。
密着してるのでカタカタ震えてるのがよく分かる。
「あー、怖かった?
ごめんねぇ、怖くないよ」
怖がっている子供がそんなことを言われて、すぐに懐くなら苦労はしない。
そう思っていたのだが。
「こ、こんにちは」
顔だけ覗かせてマリカが恐る恐る挨拶していた。
我が母ながらスゲーわ。
「はい、こんにちは。
いい子ね、おいでー」
マリカが俺を見上げてきたので頷くと、おずおずといった感じで前に出る。
「んふふー、可愛いわね」
しゃがんだまま頭を何度か撫でて軽くハグをしてから解放。
あまりマリカのストレスにならないように配慮してくれたようだ。
「最後は……
あららっ?」
土下座をしているレオーネ。
バフの重ね掛けをしてもこれか。
やれやれ……
読んでくれてありがとう。




