279 後始末をしても帰れない
修正しました。
違約金 → 罰金
もっとも → 関与が
解呪 → 解除
~なったからな、 → ~なったからな。(改行)
「ちょっ、おい……」
俺が魔法を使おうとするとオッサンが割り込みを掛けてきた。
泡を食ったような慌て方だな。
何か問題があっただろうか。
「なんだよ?」
「アンタ、神官だったのか?」
何を今更なことを聞いてくるのだろう。
「その耳は飾りか?」
疑問形だが返事を聞くつもりはないので畳み掛ける。
「賢者だと言っただろう。
別にこれくらいは──」
言いながらフィンガースナップ。
パチンという音と同時にチンピラ冒険者どもの真上に光の魔方陣が描かれる。
「神官でなくたってできる」
俺がそう言うのとほぼ同時に外野からどよめきが起きた。
騒がしくなっていくが無視だ。
オッサンが言葉を失っているのを見れば、だいたいどのような反応かは想像がつく。
魔方陣から光が降り注ぐと更に騒々しくなった。
既に目立ってしまった今となっては、それがどうしたと思ってしまう。
破れかぶれに近いが投げ遣りになった訳ではない。
表向きは時間を掛けて徐々に治癒させているように見せているけどね。
光の魔方陣でそんな風に演出しつつ裏では別の作業中だ。
それは周囲への影響を考えてだけのことではない。
治癒魔法に目を向けさせている間に術式を刻み込んでいるのだ。
呪いの一種と言うべきものを奴らの奥深くに。
スキルを使おうとすると圧倒的な恐怖を感じるようになるだろう。
甘いと思うなかれ。
俺の関与が疑われずに与えられる最大の罰になるからな。
死ぬまで有効であり俺以外の人間に解除はできない。
刻み込むというのは、そういうことだ。
上辺だけに魔法をかけて「はい、終わり」ではないのである。
その場合でも西方の魔法使いや神官に解除できる者がいるかは怪しいところだが。
あと、恐怖に慣れることもないだろう。
何に対して恐れを抱くのか本人にも分からないようにしたからな。
スキルの使用を諦めない限り、ひたすら正体不明の恐怖心が湧き上がってくる。
更に精神的な重圧が大波となって連続で押し寄せてくる素敵な仕様にしておいた。
意地で耐えようとしても先に人格を破壊しかねないんじゃないかな。
そんな状態では仮に耐えられたとしても他のことができなくなるはずだ。
もちろん無意識だろうが意図的だろうがスキルなど使えるものではない。
ひたすら耐え続けるだけの状態でスキルなど発動させられる訳がないのだ。
許すつもりはないので念入りに刻み込む。
余計なことはしない。
例えば俺らが近くにいる時も恐怖を感じるようにするとか。
最初はそれも考えたんだけどね。
おそらくエリスはそういうのを予想していると思う。
ただ、そのせいでチンピラどもが冒険者を続けられなくなったりしたら問題なんだよ。
コイツら他にできそうなことなさそうだし転職条件は厳しいからね。
そうなれば今度こそお定まりの盗賊コースである。
コイツらだと、そこまで追い込まれれば殺すのも厭わなくなるだろう。
無抵抗だろうが罪のない人間だろうが関係なく次々と殺害していくはず。
被害者が出たら罪悪感が半端なく湧いてきそうだ。
それ故にスキルを使えなくする。
これを封じられては盗賊になる踏ん切りがつかなくなるだろう。
バカにされ蔑まれながらでも冒険者を続けるしかないのだ。
だが、自棄を起こす確率がゼロになるとは言わない。
コイツら短絡的だからなぁ。
……悪夢も追加しておくか。
悪事を働くなら命を刈り取ると死に神に脅されるのはどうだろう。
実行しなくても考えただけで悪夢を見るようにしておこう。
スキルの恐怖とも連動させておくか。
こっちは死に神という具体的な恐怖の象徴はあるけど問題はあるまい。
どうだろうな。
見た目を可能な限りおどろおどろしくして頭の中だけで響く効果音を付けておくか。
「……………」
なんで、こんな奴らのために色々と考えなきゃならんのだろうか。
考えれば考えるほど馬鹿馬鹿しくなってくる。
そんな訳でイライラしながら治癒魔法を終わらせた。
こんな奴らのために頭を悩ませるとかしたくないっての。
これ以上、関わるのはゴメンだね。
「はい、終わりー」
それなりに演出したからか周囲が静まりかえっている。
治癒魔法を使ったと印象づけるのは成功したようだ。
「それじゃあ行くか」
「はい」
俺とエリスは互いに頷き合ってその場を後にしようとした。
「ちょっと待て」
オッサンに呼び止められる。
「なんだよ?」
その理由に思い当たる節がないのだが。
「まだ、終わってない」
「は?」
なに言ってんだコイツ。
勝負ありって言ったじゃないかよ。
まさか、自分の言ったことを忘れたんじゃあるまいな。
「罰金が発生する事案だ」
本当になに言ってんだコイツ。
俺が治癒魔法を使うところを見ていただろう。
おかしな方向に曲がっていた腕や脚だって元に戻っているんだ。
顔面に蹴りを入れた奴なんて陥没して顔の形が変わってたけど元通りだぞ。
顔の造形に手を入れる訳にはいかないから人相は悪いままだが。
オッサンは耳だけでなくて目にも不調を抱えているのだろうか。
「それはお前も認識していただろう」
認識していたから魔法で治したんだっての。
まったく、現実を見ろよな。
「意味不明なんだが?」
オッサンは無視してエリスに聞く。
このオッサンには世話になったからな。
できれば八つ当たりみたいなことはしたくない。
「たぶん治癒魔法の効果を疑っているのでしょう」
「……マジか」
それなりに時間を掛けたつもりなんだがな。
しかも治るところを見せておいて疑うとか俺にどうしろと言うのだ。
「5人まとめてですからね」
面倒だからと横着したのがいけなかったか。
いやいや、俺たちには時間がないんだ。
横着なんかじゃないぞ。
「全員が重傷者でしたし」
ああ、もっと時間がかかると思われても不思議ではないんだ。
俺の見積もりが甘かったということだな。
そこは反省点だが、時間のかけ方によっては出発の時間にも影響しかねない。
悩ましいところだ。
「しかも無詠唱でごく短時間でしたし」
無詠唱って西方じゃ魔力消費が多いと思われているからしょうがないか。
となると導き出される結論はひとつだ。
「もしかして魔力切れを疑われてるのか?」
時間よりもそっちが問題だったんだな。
面倒な話である。
無駄に時間を費やすだけでも俺にとっては大きく譲歩しているんだ。
いちいち詠唱なんてする気はないぞ。
今後もな。
「のようですよ」
オッサンがチンピラどもの状態を確認している。
首を捻っては何度も確認。
「オッサン、いい加減にしろよ」
確認を繰り返したって怪我が無くなってるんだ。
見つかるはずがないっての。
「どれだけ調べたって結果は変わらんぞ」
呆然とした様子で俺の方を見る。
「ちょ、おま、どうやって……」
ダメだ、こりゃ。
キョドるだけじゃなくて喋りの方もおかしい。
まともに頭が働いてない状態だろ。
「落ち着けよ」
言っても無駄だと思うが、そう言わずにいられない。
「俺が治癒魔法を使った」
確認するようにオッサンを見ながら「オーケー?」と聞いてみる。
なんとか頷いているが、半分は上の空のような気がしてならない状態だ。
「コイツらは怪我をしていない」
ぎこちないが頷いている。
「オッサンはそれを確認した」
あ、固まった。
勘弁してくれよ……
「これを見ろ」
左手を目線の高さに持ってきて掌の上で炎を出した。
「─────っ!?」
声もなく驚愕するオッサン。
騒がしかった外野も静まりかえっている。
そのうちヒソヒソとした声が聞こえてきたけどな。
「マジか……」
「あり得ねえだろ」
「無茶苦茶強いのに治癒魔法に攻撃魔法だって?
魔法まで無詠唱で自由自在とか悪夢じゃねえか」
「正真正銘の化け物だ」
随分な言われようだが、オッサンの状態からすると大袈裟ではないようだ。
俺の方が「マジか」と言いたい気分だよ。
「生憎だが魔力切れなんて、これっぽっちも起こしてないんだよ」
そう言ってから燃やし続けていた炎を消した。
ドサリと尻餅をつくオッサン。
本当にダメだ。
失神はしてないけど、しばらく使い物になんねえぞ。
なんで腰を抜かすのかと問い詰めたい気分だ。
気分になっただけで面倒だから実際にはしないがね。
「エリス」
「はい」
「ここの職員を呼んできてくれ。
こんなの待ってられねえぞ」
「わかりました」
苦笑しながらエリスが小走りで駆けていく。
取り残された俺だけが注目を集めることになるんだよな。
色々とやり過ぎたせいだからしょうがないとはいえ居心地の悪さは何とかしてほしい。
大きな声で話す奴がいなくなったのも余計に嫌な感じだ。
その気になれば内容まで聞き取れるんだけど、とても聞きたいとは思えない。
あえてブロックである。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
結局、事情を説明して納得してもらうのに時間がかかってしまった。
言うまでもなく皆の試験はとっくに終わっている。
少しくらい見たかったが仕方ない。
これでも早く終われた方なのだ。
エリスが色々と手を回してくれたみたいである。
結果としてギルド長まで引っ張ってくることになったけどね。
その上で俺に余裕があることを見せるために魔法を使うことになったのは想定外だった。
限界まで魔力を使えとか無茶振りされたけどな。
どうなっても知らねえぞ。
まさか本気を出す訳にもいかないのでABコンビが使ったであろう爆炎球を5連発で撃ち込んだ。
もちろん誰にも被害が出ないよう人を壁際に寄せてからやったさ。
訓練場のど真ん中の地面にぶち込むと1発目から豪音だ。
あえて消音とかはさせない。
着弾点の真近くだと思ったより揺れるものだな。
直接、地面に叩き込んでいるからという話もあるが。
1発ごとにえぐれるように穴ができて拡がり深くなっていったのは御愛嬌……だと思いたい。
「どうする?」
言葉を失っているギルド長に声をかける。
「どうするって何がじゃ?」
ギルド長はとんがり帽子にローブ姿の誰が見ても魔法使いな白髭の爺さんだった。
勝手に髭爺と呼称することにする。
髭爺はビビっている風ではないのに涙目だ。
訳わからん。
「追加でもう5連発やってもいいのかってことだ」
凄い勢いでブルブルと首を振っていた。
「元に戻すのにどれだけ金がかかると思っとるんじゃーっ!」
凄い勢いで迫ってくる髭爺。
いい年した爺さんが泣くなよ。
しかもドアップで唾を飛ばしながらとか嫌がらせにも程がある。
魔法で分解して直撃は避けてるけど、嫌なものは嫌だ。
「汚いからドアップで唾を飛ばすな」
無造作に顔を押し退ける。
年寄りは敬えって?
そんなことは知らん。
祖父母は尊敬しているが、身内でない他人など知らん。
「そもそも俺に限界まで魔法を使えとか言ったのは髭爺だろ。
この話、誰が聞いても自業自得だと思うんじゃないのか」
自業自得な部分に関しては自覚があるんだろう。
あっさりと「しゃーないわい」とか言って引き下がった。
ノリの軽い爺さんだ。
読んでくれてありがとう。




