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272 トラブルは続く

 ヤクモの浜辺にジャイアントシャークの死骸が転がっている。


「で、これを仕留めたのがレオーネだって?」


「はい」


 答えたのはハリーである。

 レオーネは答えられる状態にない。

 怪我をしたとかではなく、自分のしでかしたことに呆然としているからだ。


「どれどれ」


 何があったか一通り話を聞いた俺は、未だに復帰できていないレオーネを鑑定する。


[レオーネ・ソレイユ/人間種・シャドウエルフ/-/女/25才/レベル108]


 だよなぁ。

 でなきゃ亜竜クラスのジャイアントシャークを1人で倒せる訳がない。

 倒したことでレベルアップもしたとは思うがね。

 それでも倍近くレベルが上がって3桁の大台になったりはしないはずだ。

 ハリーの説明によると魔法の修行を始めたら一気に覚醒したらしいし。

 さすが海エルフの最上位種族。

 で、それを見たローズが張り切ったってさ。

 わざわざジャイアントシャークを標的として引っ張ってきたって……

 いくら単独で倒せるレベルになったからって無茶をさせやがる。

 本人に劇的なレベルアップの自覚がないだろうに。

 その辺りの自覚はあったのか、ローズもまずは手本を見せたようではある。

 仕留めた獲物は自分の倉庫に片付けたみたいだけど。

 で、レオーネに真似してみろと言ってやらせた結果がこれである。

 本人もまさかできるとは思っていなかったんだろうな。

 半信半疑で真似してみたら成功したので驚いて混乱していますというのが現状である。

 どんな修行をやらせたんだか。

 いや、魔法の修行であるのは分かっているんだよ。

 しっかり睡眠時間を確保してからと聞いたから困惑してるんだよ。

 半日と経過していないんだから。

 なんか無茶させたんじゃないだろうな。

 急に心配になってくる。


「で、ローズはフォローもせずに何してんの?」


 向こうの方で張り切って新国民組を叱咤しているんですけど。

 どこぞの鬼軍曹かよ。


「他の国民の底上げをせねばと奮闘しています」


「……やり過ぎだ」


 新国民組も必死で頑張っているようだけど人間の集中力なんて持続するものじゃない。

 少なくとも低レベルの間はな。

 今のローズはシビアすぎだ。

 どう考えてもオーバーペース寸前のギリギリを狙いすぎである。

 一歩間違えばという危うい状態で見ていられない。

 原因は何となく想像がつくがね。

 1人だけ突出してしまったレオーネであるのは言うまでもない。

 遅れている皆をその領域に近づけようと奮闘しているのは明らか。

 ローズには珍しく空回りしていると思う。

 あの調子じゃレオーネをここに置いておくのは得策とは言えない。


「ペースダウンさせろ。

 あと、レオーネは俺が連れて行くと伝えろ」


 そうしなければペースを落とすことはできないだろうよ。

 案外、俺から離れるとダメダメになるのかも。

 困ったものだ。


「はい」


 ハリーがローズの所に向かっている間に獲物を倉庫に仕舞ってレオーネに声を掛ける。


「いつまでボケてるつもりだ、レオーネ」


「へ、陛下!?」


 ようやく我に返ったかのように俺の方を見るレオーネ。

 いま気付いたのかよ……


「それくらいで驚いてちゃ話にならんぞ」


「いえ、ですが……」


 どうやらレベルアップした自覚が薄いらしい。

 そりゃそうか。

 まさか数時間で一足飛びに成長するとは思わんよな。


「お前は連れて行くことにしたから、そのつもりでな」


 現在のレベルを教えた上で周囲への影響を伝えて納得させる。


「だ、大丈夫でしょうか」


 残る者たちを心配する気持ちは分かるが、残るとローズを興奮させかねない。

 天才がいなくなれば普通のペースに戻るとは思う。

 ハリーにはメールでこまめに報告させよう。


「お前は自分の心配をしておけ。

 とりあえず一仕事してもらうからな」


 合流させるには輸送機に乗せて王国入りさせるのがいいだろう。

 精鋭部隊の1人ってことにしておけば問題ないはず。

 おあつらえ向きに3桁レベルだからな。

 そこにハリーが戻ってきた。

 ブルースも一緒だ。

 事情を聞いて挨拶に来たみたいだな。


「姐さん、行ってください。

 俺らも頑張って追いついてみせます」


 レベルアップの話も聞いているのか。

 不敵に笑うブルースは様になっている。

 重苦しい雰囲気を漂わせていたレオーネが、それを見て決意の表情に変わった。


「……わかった」


 レオーネが頷く。

 そして吹っ切れたように笑った。

 美人が笑うと絵になるよな。

 さて、じゃあ挨拶が済んだなら輸送機を引っ張り出して帰るとしますか。

 おっと、忘れてた。

 コンパウンドボウとアサルトライフル風スリングショットを渡しておかないと。

 使い方とかはハリーにメールすればいいか。

 動画を添付すれば分かるだろ。

 画面が小さいのが難点だが。

 あー、国民用にスマホとかタブレットを作るかね。

 パソコンとかも欲しいな。

 そうなるとプリンタとかスキャナも……

 いっそのこと複合機だな。

 コピーもできるし。

 輪転機とか製本機もあると便利そうだ。

 何か色々と作りたいものがあるなぁ。

 どこから手をつけようか迷うわ。

 このときの俺は実に暖気だったと思う。

 後で面倒事に巻き込まれるとは知らなかったからな。

 せっかくトラブルを片付けられたと思ったのに。

 翌日には別口のトラブルに巻き込まれることになるとは……

 つくづくトラブル体質なんだと思う。

 まさか、ラソル様がやらかしてるんじゃないだろうな。

 本当に勘弁してくれ。

 とっとと逮捕されろ、ダメ亜神。


 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □


 どうしてこうなった。

 今、俺は王都にある冒険者ギルドの野外訓練場にいる。

 しかも大勢の耳目を集める形で、ほぼ中央に立っているのだ。

 目の前にはチンピラ風冒険者の皆さん。

 パンクファッションに身を包み、それっぽい雰囲気を漂わせている。

 服装がお揃いというのはユニフォームか何かのつもりだろうか。

 同じパーティのメンバーであるのは何となく分かるけど。

 ダサいとまでは言わないが俺の趣味じゃない。

 なんというか世紀末な世界で荒ぶる雑魚キャラって感じなんだよな。

 ちなみにロングモヒカンとかツンツンした感じのヘアスタイルの奴はいない。

 ドレッドヘアやスキンヘッドの奴はいるけど。

 冒険者全体で見ても、モヒカンの奴はいないな。

 これはヘルメットを被るからだと思われる。

 ヘアスタイルより自分の命って訳だな。

 革鎧の連中でもヘッドギア風のを被るみたいだし。

 最初に街中で見た時は違和感があったのを覚えている。

 日本じゃ格闘技かラグビーでもやってなければ見る機会なんてないからな。

 少なくとも街中では見ない。

 あ、大学時代は構内で見た覚えがあるぞ。

 ラグビー部があったからさ。

 まあ、その程度だ。

 魔物や盗賊相手に命を張ることはないからな。

 いずれにせよ、こっちの世界ではヘアスタイルより自分の命が優先される。

 チンピラ冒険者どもは被っていないが、これは俺が無手だからである。

 俺が武器なしと知った連中が被りかけていたヘルメットを地面に叩き付けて喚いていたからな。

 なかなかの実力者であるらしいオッサンの警告ですぐに黙ったけど。

 俺としてはドレッドヘアでかぶれるヘルメットがあったことに驚かされたんだが。

 まあ、髪の毛の話はいい。

 チンピラ風の奴らは全部で5人。

 レベルは平均すると30弱。

 ボリュームゾーンを抜け出せない程度の連中だ。

 外見からすると中堅と言うには若い感じがするかな。

 まあ、若手の成長株として頑張っている方なんだろう。

 それ故に調子に乗って乱暴な言動で問題行動を起こしているようではあったが。

 そんな訳で周囲からは敬遠されていた。

 俺らが絡まれた時も遠巻きにして見られる感じだったもんな。

 初心者や中堅どころには確実に嫌われているようだ。

 若くしてボリュームゾーンの後半に到達した実績を鼻に掛けているのだろう。

 俺の見立てでは、これ以上の伸び代がないように感じられるのだが。

 鑑定するまでもなく雑魚でしかない。

 ベテラン連中にもそれが分かるのだろう。

 完全に無視されていた。

 コイツらもベテラン相手に絡むほどアホじゃないらしい。

 アレだな。

 自分より弱い立場の奴にだけ威張り散らす嫌な中間管理職。

 いや、こんな連中に役職はつかないか。

 何人か後輩がいる程度の勤務態度の悪い先輩って感じが似合いそう。

 こんな中身がガキ丸出しの連中がいる会社というのが想像つかないけれど。

 間違いなくブラックだと思われる。

 まあ、そんなの気にしても始まらない。

 コイツらに絡まれた結果この場にいることに変わりはないのだから。


「本当にいいのか?」


 斜め前に立つオッサンが聞いてくる。

 このオッサンは練習試合という名の喧嘩をするにあたって審判役を買って出てくれた。

 チンピラ共と揉めた時に仲裁に入ってくれた親切なオッサンである。

 結果的にチンピラ共と一戦やらかすことにはなったがね。

 それは俺が挑発して無理やりこの状況を作り出したからではある。

 この手の輩は最初にガツンとやっとかないとしつこいからな。

 だけど、絡んでこなけりゃこうはならなかったんだぞ。

 俺のせいって訳じゃない。

 少なくとも半分はな。


「練習試合なんだろ。

 何か問題でもあるのか?」


「どうなっても知らんからな。

 あいつら、それなりに腕は立つんだぞ」


 呆れたと言わんばかりにオッサンが溜め息をついた。

 ちなみにチンピラ共は木剣を手に今にも飛び掛からんばかりである。

 オッサンが睨みをきかせて黙らせているので試合前に喋るのだけは我慢している状態だ。

 反対に、こちらは武器防具なしだからな。

 奴らが舐められていると感じるのは無理もない。

 向こうは5人でこちらは1人。

 全員が革鎧を着込み木剣を手にしているし。

 見学目的の連中も俺がボコボコにされる時間を計って賭をしようとしている。

 砂時計まで引っ張り出してきたぞ。

 訓練とか試合で用いる代物のようだ。

 この練習試合は時間無制限なんだがな。


「殺すのは禁止で後は何でもありだったよな」


 俺はオッサンの言葉を無視してルールの確認をした。

 念押ししないと勝手にルールを緩いのに変えられそうだと感じたのでね。

 まあ、冒険者の練習試合としても一番危険だと言われているルールだからなぁ。

 万が一を心配しているのだとは思う。

 余計なお世話だけど。


「おい、人の話を聞けよ」


 オッサンが俺に抗議してくるが、付き合っていられない。


「老婆心ってやつなんだろうが俺も暇じゃないんだ」


 瞬間的に殺気を視線に乗せてそちらを見た。


「っ!?」


 一瞬、オッサンがビクリと体を硬直させた。

 5人組は気付いていない。

 入れ込みすぎだ。

 まあ、外野連中に混ざっているベテランたちにも気付かれないくらいだからな。

 コイツらじゃ間近でも無理か。


「わかった」


 神妙な表情で頷くオッサン。

 アレに気付くなら俺の心配はしないだろう。


「それじゃあ始めるぞ」


 後はどう料理するかだが面倒くさい。

 どこでどう間違えたんだろうなぁ。


読んでくれてありがとう。

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