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258 泣かれた後はお待ちかね?

修正しました。

~エリスは笑顔であった。 → クリスは笑顔であった。

 ミズホ国民になる覚悟があるかと聞いたら元気な肯定の返事がなされた。

 まだ歌劇風の空気に浸っていた余韻が残っているな。

 酷なことだが彼女らの本気度を確かめないといけない。


「家族の記憶から自分たちのことが消え去ってもか」


「「っ!」」


 さすがにそこまでは考えていなかったであろう反応が返ってきた。


「場合によってはそれくらいするということだ。

 二度と元には戻れないからな。

 祖国を訪れることはあっても里帰りではない。

 そういう覚悟を持てないのなら国に留まるのだな」


 偽りの記憶に書き換えられた相手に対応しなければならないのだ。

 生半可な気持ちではきっと後悔する。

 家族と絶縁する覚悟なくして、うちに来ることなど認められはしない。

 かなり残酷なことを言っているとは思うがな。

 俺がこっちの世界に来た時よりも酷いんじゃないかな。

 まともな縁のある人間が2人しかいなかった俺と彼女らでは大きく違う。

 大勢の家族や友人がいるであろう彼女らの気持ちは俺では理解しきれない。

 想像することはできるが、喪失する辛さを共感できると思ってはいけないだろう。

 選択ぼっちだった俺は失う機会などほとんどなかったからな。

 それ以前に父母が事故死した時以来そのあたりの感情が欠落するような感じで壊れっぱなしだったし。

 祖父母が亡くなった時にも大きな喪失感は感じなかった。

 遺産に目の眩んだ連中の相手をすることに忙殺されたことで悲しみに浸る間もなかったのだ。

 それの方がついた後だと天涯孤独になったんだなと寂しい気持ちになったくらいか。

 冷たい人間だなと自分で思ったが壊れた俺にはどうしようもなかった。

 こちらに来る時に唯一無二の縁があると思っていた昔馴染みの2人のことだけは気がかりだったけど。

 二度と会えなくなるから逆に諦めもついた。

 あの2人でそんなだから他の友人知人関係はさして気にならなかったのは言うまでもない。

 そんな俺とクリス姫やマリア女史を比べることが間違っている。

 これから家族を失うという俺と似たような体験をすることになるが心理的な負担は根本的に違う。

 まず、その気になれば会うことはできる。

 生殺しになるけどな。

 それなら二度と会えない方がマシだと俺なら思ってしまうわけだ。

 人によっては「それでも」と思うのだろうけど。

 そのあたりの価値観は人それぞれ。

 しかしながら苦しむことになるのは変わらない。

 身内に会うことができても身内として接することはできないのだから。

 そういう意味でも今回のはやり過ぎだよ、ラソル様。

 何を考えて今回のようなことをしでかしたのかは知らないがね。

 怒りは禁じ得ない。


「先生、具体的にはどのような記憶になるのですか」


 当事者の2人ではないエリスが聞いてきた。

 帰る家を失った先輩として、王女の姉として、やはり気になるのだろう。


「今も言ったように記憶から消えるのも候補だ」


 記憶が残る王女たちにとっては酷なことだがね。

 吹っ切れるなら他人として一から関係を構築できる可能性があるけれど。

 ただ、そう簡単に吹っ切れるものではないだろう。


「あるいはエリスのようなパターンか」


「それは……」


 エリスが戸惑いを見せるのも無理はないな。

 憎まれているわけでなく無視される状態を身をもって知ってしまったのだから。

 それと同じことを誰かに味わわせようなどとは思わないだろう。

 まして、それが血を分けた妹や親しくしていた顔見知りの人間ともなれば尚更だ。


「私は姉様と同じであることを望みます」


「クリス、あなた……」


 凍り付いたエリスの表情とは対照的にクリスは笑顔であった。


「私にとって一番の家族は姉様とマリアです」


 そう言われると俺としては断る理由などない。

 並び立つマリア女史を見ると力のこもった瞳で俺を見返してきた。

 頷かれたも同然だな。

 じゃあ、そういうことで。

 クリス・フェアとして生きてもらうことにしよう。

 マリア女史もフェア姓を名乗ってもらって3姉妹ってことにするか。

 彼女らの絆を考えれば当然のように受け入れると思う。

 それはいいんだ。

 ゲールウエザー組が泣いていることも仕方のないことだと思う。

 最初は3人で抱き合って絆を確認し合うって感じだったんだけど。

 徐々にすすり泣きが聞こえ始めたんだよね。

 そしたら、へたり込むような感じで地面に膝をついてしまった。

 そこから先は号泣ではないけど大いに泣き通しである。

 抱き合ったまま声には出さずに。

 横顔を見ていると慟哭しているのかとすら思えてくるんだけど。

 しばらく様子を見るとするかね。

 そんなに長くは待たずに済むと思う。

 ただねえ……


「レオーネにまで泣かれると、収拾がつかなくなりかねないんだが?」


 先程から後ろで声を掛けるタイミングを見計らっていたのは知っている。

 あの3人が泣き始めたから応対しようかなと思ったら釣られて泣くんだもんなぁ。


「ももも、申し訳……ありません」


 腕で涙を拭いながらグスッと鼻を啜って謝ってくるレオーネ。

 振り返ると唇を引き結んだ彼女が直立の姿勢で立っていた。

 そこから少し離れた後方で一塊になって話し込んでいる集団がある。


「で? ブルースはまだ話を続けているようだけど」


 集団の注目を集めて身振り手振りを交えながら話をしている最中だ。

 レオーネは何か先に報告しておきたいことがあるのか。

 だからこそ抜け出してきたんだろうし。

 どんな報告をするつもりなのかは見当がつかないけどな。

 盗み聞きするのもどうかと思ったので聞き耳は立ててなかったからさ。


「全員、新天地へ向かう意思を確認しました」


「わかった。

 今は職業選択の自由を説明しているところか?」


 時間経過を考えれば、むしろ終わっていて当然なんだが。


「それも終わっています」


「とすると、あれは職業選択の意思確認を行っている最中か」


 レオーネが一度振り返った。


「いえ、班分けです」


 どういうことだろうと思ったら、全員が冒険者としてレベルを上げるという結論になったらしい。


「今の我々では何をやっても足手まといのような気がするのです」


 あー、リーシャたちの暴れっぷりも幻影魔法を使って見せたからなぁ。

 無駄な抵抗をさせないために。

 どうしようもない連中以外は抵抗しなかったから成功したと言えるかな。


「要するにレベルを上げつつ適性を見極めて進むべき道を探すってことか」


「はい」


 最初の教育と訓練でレベル100を目指すとかぶっちゃけたら、どんな顔するだろうな。

 進化した戦闘組だと2桁レベルが上限ってことはないと思う。

 千人組はそういうこともあるだろうけど。

 でもローズを教育係にすれば、かなり伸びるはずだ。

 【指導】スキルを持っているのは伊達じゃないってな。

 ただ、バイオレンスな性格が伝染しないかという懸念はある。

 夜が明ける前にゲールウエザー王国に戻らないといけないから俺が監視するわけにもいかないし。

 ここに残れるなら監視じゃなくて俺も教える側として動くけどな。

 さて、ローズだけを置いていくのは些か不安がある。

 ならば誰を残すかだが、悩ましい問題だ。

 向こうで面子が減ると宰相が目敏く見つけて煩く言ってくる恐れがあるからな。

 スパイ活動をしているとか思われかねない訳だ。

 つまり帰る面子は減らせない。

 となると候補はハリーに絞られてしまうな。

 ハリーの着ぐるみは脱いでも自動人形モードで動かせるから。

 着ぐるみの方を連れて行き、本人はここに残していく。

 試験的に追加したモードなんだが、思わぬ形で役立ちそうだ。

 後は国元から誰かを呼び寄せる方法がある。

 だが、ここにいる面子で誰も残らないのはどうだろう。

 明日から……というか時刻で見れば今日だけど、俺らも飢饉対策で動かなきゃならんし。

 全員のフォローをしている時間がなかなか取れそうにない。

 教育を任せるローズは戦闘組も見たことがない相手だし。

 ルーリアのように霊体を見ることのできる人間なら話は別だが。

 あるいは霊感体質の人間かな。

 ただ、専門の修行も積んだ者がいるとは思えない。

 霊感体質な者もいないだろう。

 いたならローズを見て騒ぐか何かしら変な態度になるはずだが、そういうのはいなかったし。

 そういう意味ではハリーも着ぐるみでしか知らないのだけれど。

 脱ぐとこ見せれば、いないよりはマシだろう。

 脱ぐ時の反応が怖い気もするけど。

 国元に連れて行くよりは刺激が弱い気がするんだよ。

 ミズホシティへ連れて行くのは、ここでもう少し慣れさせてからの方がいいと思うんだ。

 俺が落ち着いてフォローできるようになるまではね。

 でないと些細な問題から泥沼にはまりそうな気がしてならないのだよ。

 二兎を追う者は一兎をも得ずって言うしな。

 もっと簡単なことなら、掛け持ちも苦ではないんだけど。

 千人組のフォローはデリケートな問題だと思うし。

 いきなり50名以上のケットシーやパピシーを見せて混乱されてもな。

 ここでハリーに馴れさせるのはありだと思う。

 そうなると寝る場所とか食料が──


『聞こえるか、皆の者』


 色々と考えている最中に突如として念話が聞こえてきた。

 たった一言だけで周囲が静まりかえる。

 そしてほとんどの者が条件反射のように土下座していた。

 念話の声だけでも威厳という名の精神的圧力は並大抵ではない。

 平伏してしまうのも頷けるというもの。

 慣れているツバキとハリーは平気だけど。

 あと、シヅカとノエルは立ったままだ。

 シヅカは俺と同じでプレッシャーを感じていないようだ。

 龍も神に近い存在だからなぁ。

 今回は更にその領域へと近づいたし。

 ノエルはレベル180のステータスで耐えきったようだ。

 他の月影のメンバーは膝を折る形で畏まっている。

 土下座している面々ほどには重圧を感じていないか。

 でも、顔色は良くない。

 後は全滅だねぇ。

 不意を突かれる形になったのが大きく影響しているな。

 心構えができていれば、もう少しくらいはマシな状況になったんだろうけど。

 泣いていた3人もジェダイト組も抗うことができずに土下座状態。

 バーグラーから連れてきた面子は震え上がっている者もいる始末だ。


『我が名はルディアネーナ。

 月の女神と呼ばれる者でもある』


 ようやく来てくれましたよー。

 ただ、声を掛けるにしても工夫が足りなかったと思う。

 いきなりの降臨で刺激しないよう念話を使ったんだろうけどさ。

 それが効果的だったかは疑問が残るところである。

 念話なんて使ったことない面々ばっかだからな。

 前兆現象のようなものを発生させていれば、違った結果になったんじゃなかろうか。

 いきなりで仰天したようだよ。

 俺が観察していた限りでは、そういう風に見えた。

 しかも直に降臨するよりは緩和されるとはいえ圧倒的な存在感だもんな。

 初体験だと御覧の有様である。


『ルディア様、お待ちしてました。

 ただ、みんな混乱しております。

 直接ここに来られた場合と変わらぬ結果になっているかと』


『のようだな』


 そういった次の瞬間には御降臨ですよ。

 何の前触れも予告もなく、ね。

 いきなり来るから慣れているはずのツバキでさえビクッとしてたよ。

 不器用な人だよな。

 念話で驚かせたことで何かしら工夫するという発想はなかったようだ。

 こういう部分に気が回るようになってくれればと思わなくはない。

 おそらくラソル様のイタズラも半減するんじゃなかろうか。

 人のことを言えた義理ではないので言葉にはしないけど。

 それと向こうはイタズラのプロである。

 ルディア様が色々と気付くようになっても、巧妙化したりして被害頻度は変わらないだろう。


「驚かせぬようにと考えたが上手く行かぬものだ」


 いきなり登場しておいてそれを言いますか。

 気配は抑えてはいるから何の工夫もない訳ではないんだけど。

 もう一工夫が欲しかった。

 皆を驚かせるにしても徐々に盛り上げる感じの演出とかあればショックも少なかったと思う。

 今更だけど……

 そういう訳で千人組は失神者続出である。

 しょうがないので魔法で強制的に起こしておいた。

 遅ればせながらバフも掛けておく。


「ままならぬものだな」


 ルディア様がため息を漏らした。


読んでくれてありがとう。

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