252 ヤクモへ
「「「「「─────っ!」」」」」
へたり込んで呆然としていた面々が一斉にこちらを振り向いた。
ああ、他の面子もか。
これはうちの子たち以外は全員かな。
エリスが空気を読まない質問をするからだよ。
俺が使ったオープン・ザ・トレジャリーの魔法で余力をどれくらい残していたのかなんてさ。
その質問の意味を信じられないと言いたげな様子で見守っている面々がいる。
そういう心境になるのも無理はないな。
「余力って言われてもなぁ。
かなりとしか言い様がないぞ」
俺の返事を待っていた面々の大半がギョッと目を見開いている。
一部、諦めに似た表情になったのは色々と見てきたからだろうな。
「半分以上ですか?」
質問したはずのエリスも呆れている。
おいおい、その程度の認識だったのかよ。
随分と低い評価だったんだな。
これは常識が邪魔をしたってことか。
「半分? 冗談きついな」
俺の返事に何を勘違いしたのかホッとした様子を見せる一同。
エリスもその面子に含まれている。
もしもし、皆さん?
どう考えても逆方向に考えているよね、それ。
一方でガンフォールやうちの子たちは可哀相を視線に乗せて彼らを見ていた。
さすがに、よく分かってるね。
「悪いがこの程度は片手間にもならんな」
「「「「「───────────────っ!!」」」」」
一時は安堵していた者たちがこれ以上ないくらいに目を見開き驚愕している。
勘違いからの反動で心臓直撃したかもな。
「冗談ですよね」
エリスが頬を引きつらせて聞いてくる。
こんなに余裕のないエリスは珍しい。
「んな訳ないだろ」
つい溜め息が出てしまう。
「でなきゃ国ひとつぶっ壊すくらいどうって事ないとか言わんよ」
俺の言葉に元奴隷組の面々が呆然としていた。
うーん、改めて俺が化け物と認識されてしまったかもしれない。
オープン・ザ・トレジャリーを使った時点で手遅れという話もある。
無駄な希望を抱くのは諦めよう。
それよりも皆を常識外れの存在にする方が建設的な考え方だろう。
頑張って鍛えてレベル100以上にすれば、充分にこちら側である。
少なくとも世間的にはな。
「アレは冗談でもなんでもなかったのですね」
その言葉と共にエリスは落ち着きを取り戻したようだ。
このあたりの柔軟性というか度量の大きさには感心させられる。
もしかすると完全には動揺を払拭できていないかもしれないがね。
少なくとも表情からは、そういうネガティブなものを感じ取ることはできない。
「信じてなかったのか」
まあ、今までの常識で判断すれば普通はそう思ってしまうか。
こればっかりは諦めて早く慣れてくれとしか言えない。
常識に大幅な補正をかけるのは一苦労では済まないだろうけど。
エリスなら俺が心配するまでもないか。
現に今もさらっと受け入れたみたいだし。
そのエリスが妙なことを言い出す。
「いま確信しました」
彼女の瞳には力があった。
それだけに言ってる意味が分からない。
確信って何を?
俺が高威力の魔法を片手間で使うと何かあるのか?
「は?」
なんか嫌な予感がするんですがね。
「あの時の業火の竜巻は──」
予感的中。
即座にキャンセルに入る。
「その辺の話は後にしようか」
エリスの言葉に被せて強引に止めた。
自分で言うのも何だが電光石火の早技だったと思う。
なんとかヤバそうな会話に突入される前に止めることができた。
嫌な予感がしてなければ、もっと遅れていただろう。
だけどホッと胸をなで下ろせる状況でもない。
クリス姫もマリア女史も馬鹿ではないのだから。
話を遮ったことで逆に何か意味があると気付いたことだろう。
まったく、時と場所はわきまえて欲しいものだ。
彼女らはまだ国民じゃないんだよ。
エリスも一応はやらかした自覚があるらしい。
微かな声で「すみません」と謝ってきた。
どうやら彼女も自分で思っていた以上に興奮していたらしい。
周囲の状況を失念していたのがその証拠だ。
もう少し辛抱して欲しかった。
まだ全員に聞かせていい話ではないのだよ。
確かに、ここにいる全員を国民にするつもりにはなっているさ。
だが、誘う相手が拒否する可能性もある。
ハマーとかボルトなんかはグレーゾーンだろう。
何となく嫌がるんじゃないかなという予感があるのでね。
更に微妙なのがクリス姫とマリア女史だ。
断られる可能性の方が高いと思う。
本人たちよりも関係者がストップをかけてくるのが目に見えているからさ。
ダメとなった時に備えて情報はなるたけ制限しておいた方がいい。
まあ、ヤクモに連れて行く時点で制限もクソもないとは思うけどね。
後は待ち合わせしているルディア様を信じるだけだ。
「それじゃあ移動するから集合だ」
とりあえず今は考える時間を与えないようにする。
エリスとの会話で与えてしまった情報は少ないから正解には辿り着かないとは思うけどね。
それでも想像力を働かせる余裕は持たせない方が良いだろう。
ブリーズの街の出来事を知っているなら結びつけられる恐れもないとは言えない。
ほとんどの魔法は解除しながら皆が集まるのを待った。
幻影魔法は俺らが移動するまで維持するようにしている。
転送魔法で消えるところを目撃されちゃ面倒だし。
こんな濃霧の中では城を消し去った兵士の亡霊なんて噂が流れかねない。
その上で誰かの顔を覚えられていたりしたら……
考えすぎかもしれないが、ないと断言できないなら保険を掛けておいて損はない。
後は濃霧を維持させる魔力をどうやって用意するかが問題になる。
これはすぐに解決。
広範囲で地脈と薄く接続したのだ。
一カ所から吸い過ぎないようにすれば地脈の負担が大幅に軽減する。
そうなれば維持コストの心配はしなくてすむ。
おまけに、この霧が魔法によるものだと気付かれにくくなる。
それ故、俺がキャンセルするまで持続させるようにセッティングしておいた。
それにしても、元奴隷組の練度はなかなかだね。
さっきまでは銘々が勝手に動いていたのに。
俺がひとこと指示しただけで綺麗に整列していく。
細かい指示もしていないのにここまでできるとは感動ものだ。
ある程度の幅に収まったところで──
「行くぞ」
短くそう言って転送魔法を使った。
転送するだけなら別に集合させなくても問題はなかったんだけどね。
彼らがどれだけ集団行動を取れるのか見ておきたかったのだ。
後々のことを考えてのことなので急ぐ必要があったのかと問われてしまうと困ってしまう。
なんにせよ個人プレーが得意なだけのバラバラ集団ではないのが確認できたのは収穫だ。
連係した行動とかもそつなくできそうだし妖精組ともうまくやれるかな。
まあ、でも各人の希望を聞いてからだな。
冒険者やりたいって言うかもしれんし。
あるいは職人を志望する可能性もあるだろう。
農業で静かにとか枯れたことを言い出す者もいるかもね。
生憎と、うちの農作業は内包型の魔法が使えないと話にならないからなぁ。
それに強制的に休みを作らないと、フル回転の工場を操業しているようなもんだし。
少なくとも静かではないぞ。
初めて見たらたぶん腰抜かすか顎を外すかぐらいのインパクトはあるからな。
そういう部分だけを考えると楽しくなってくるんだけど……
解決しないといけない種々の問題も山積しているし、悩ましいところだ。
逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……
ネタに走る時点で逃げてるな。
反省。
とまあ、こんな感じで移動する間の一瞬で色々と考えた。
正直に言えば、今後のことを保留して逃げ出したい気持ちもある。
が、ルディア様との待ち合わせをすっぽかすわけにもいかん。
俺はお仕置きされたくはないぞ。
さて、俺の心中での葛藤はさておき南の島ヤクモに到着である。
夜中だから光源が少なくて移動した実感が持ちにくいかもと思っていたんだけど。
「うおっ、景色が変わった!?」
というのが誰かの第一声であった。
誰かって誰よ? とかいうツッコミはなしで頼む。
少なくとも現状で名前が出ている誰かではないからな。
「マジか!? どうなってる?」
こんな具合に慌てた様子でキョロキョロと周囲を見渡すのもいる。
「ここ、どこだ?」
どう見ても違う場所だと認識しているね。
満月ならともかく細い月でよくぞと思ったけど、元奴隷組はラミーナが多いんだよな。
今はラミーナ+か……
それ以前に全員が進化してるからヒューマン+なエリスたちにも見えているっぽい。
昼間のように細部を明確に把握できるほどではないだろうけど。
彼女らが騒がないのは、すでに何度か転送魔法で移動しているからだ。
「わからん。どう見ても別の場所だよな」
そりゃ初めての場所のことを分かるわけがなかろう。
それでもバーグラー王国の王城近辺でないのは理解したようだ。
「王都がなくなってるから多分な」
こんな具合にね。
そういう冷静な判断ができるということは、思ったより動揺していないのだろうか。
「どこかまでは分からんが見覚えのない場所なのは確かだ」
それだけ分かれば充分だよ。
「もしかしてクソ貴族どもを移動させてた魔法じゃないのか」
正解。それが分かるくらいには冷静さを保てているみたいだね。
動揺は大きくなさそうか。
「一瞬で!?」
いや、そこを驚くのは今更じゃないか?
流れ作業でバーグラーの貴族連中をぶっ飛ばした時にさんざん見たでしょうが。
あのローテーションの速さを見て一瞬でないと思う方がおかしいだろう。
ああ、やっぱり動揺は浅くなさそうだ。
「それより俺たちを一遍に移動させた方が驚きだ」
もう既に何度か体験している者と違って色々と驚くポイントが多いようだね。
しょうがないとは思うけどさ。
なんにせよルディア様が来るまでは放置するか。
下手にあれやこれやを話すと混乱を招きかねない。
そういや、いつまで待てばいいんだ?
時間の指定はなかったし。
しまったな。聞いておけば良かった。
なんて考えていたら声を掛けられた。
「あの、ヒガ陛下」
マリア女史だ。
「どうした?」
主であるクリス姫を差し置いてとは珍しいな。
それだけ未知の場所に脅威を感じているか。
進化した分だけ感知能力や勘が良くなっているせいかもしれん。
「ここはどこなのでしょうか?」
「あ、それは私も知りたいです」
クリス姫もマリア女史の質問に乗っかってきた。
「自分も聞きたいものです」
レオーネもか。
俺の魔法で一番ショックを受けていたみたいなんだがね。
なんとか復帰してきたみたいだ。
「なにやら磯の匂いがするのですが。
それに波の音も微かにですが聞こえます」
あ、復帰できたのはそこに反応したからなの?
「ここは海の近くということでよろしいでしょうか」
さすが海辺で住むことを好む海エルフから進化しただけのことはあるな。
「あー、その質問に答える前にやらなきゃならんことがあるんだ」
これには、うちの子たちも首を傾げていた。
「行き場のない元奴隷を連れて来てるんだよね」
「「「「「は?」」」」」
なに言ってんだコイツの視線で集中砲火を浴びる。
参加していないのはうちの子たちとガンフォールくらいか。
エリスもこっち側かな。
クリス姫やマリア女史も?
適応能力が高くて助かるわー。
ハマーやボルトでさえ「訳が分からん」と顔に書いているのに。
分からないなりに俺のことを信頼している感じなのは素直に凄いと思う。
もし逆の立場だったら俺は集中砲火に参加してただろうから。
「論より証拠だ、ドン」
効果音とかないから口で「ドン」とか言ってしまった。
しかもガッツポーズつきで。
言ってから恥ずかしくなるのはお約束である。
俺が赤面していることを気にする者は、ほとんどいないがね。
意図的に視線を逸らして気を遣っているつもりの人達もいるけど。
あらかたの面子は千人からの人間が急に出現したことに言葉を失ったまま見入っていた。
読んでくれてありがとう。




