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238 罪人ではない

 お通夜のような空気が場を支配していた。

 レオーネだけでなく周囲の者たちにも俺の言葉は応えたようだ。

 それだけ罪の意識に苛まれていたってことだよな。

 傷口に塩を塗り込んだようなものか。

 容赦がなさ過ぎて鬼と言われても仕方がないとは思う。

 しかしながら、これだけ言っておけば安易に死のうとは思わんだろう。

 それでも死ぬって言うなら知らん。

 冷たいと言われるかもだが、身内じゃないし。


「で、お前は逃げるか?」


 ショックを受けているであろうレオーネにあえて聞いてみる。

 確認しないと何も始まらないからな。


「逃げられる訳などなかろう。

 責任は取らねばならん」


 それを聞いて一安心。

 決意に燃える目をし始めた。

 これなら簡単には逃げないだろう。


「ちなみにお前たちに言っておくことがある」


 まだ何かあるのかという視線が集まった。

 これを言ってしまうと複雑な心境になるとは思うんだが、大事なことだ。


「お前たちは罪人ではない」


「「「「「は?」」」」」


 全員じゃないけど、綺麗にそろっていた。

 半分くらいが訳が分からんと言わんばかりに首を傾げている。

 残りのほとんどが遅れて「え?」とか言い出していた。

 言葉自体の意味は理解できても己の境遇とはなかなか結びつかないんだろう。

 そしてレオーネなんだが……

 何言ってんだコイツの目をしてくれている。

 氷のように冷たい視線だわ。

 そんな目で俺を見るなよと言いたい。


「お前らは命令されて無理やり盗みや殺しをさせられてただろう」


 なんとか踏ん張って話を続ける。


「何故そんなことが分かる!?」


 レオーネが冷ややかな視線から一転して動揺を見せた。

 周囲の元奴隷仲間たちも口々に驚きの言葉を発しているが、そこはスルーだ。


「だって俺、賢者だから」


 ドヤ顔まではしないが堂々と言い放つと、ざわめきは収まりを見せた。

 そこで納得すんのかい。

 直前まで俺の話を信じてなかっただろうに。

 半分は冗談だとか言えなくなったじゃないか。

 まあ、信じるというなら好都合ってもんだ。

 そのまま話を進めるとしよう。


「お前たちは無理強いさせられていたから罪にはならん」


 日本の法律じゃ無罪にはならんだろうけどな。

 レオーネたちが罪を犯したと言っている相手国の法律だとどうなるか。

 実行犯という概念がないんだよね。

 すべての罪は命令を出した奴が問われることになる。

 実にシンプルだ。

 あとね、神様のシステム的にも同じような判定が下される。

 無理やり言うことを聞かせたってのがキーワードになるみたいだな。

 それと実行者が罪の意識を持っているのも重要みたい。


「例え強要されたとしても罪は罪だ」


 苦しげな表情でレオーネが吐き出すように反論してきた。

 恐怖に負けて罪もない人を殺してしまったからこその苦悩があるとみた。

 それを安易に気持ちは分かるなどとは言えない。

 けれども神様たちはそれを罪だと責めたりはしないようだよ。


「いや、お前らには情状酌量の余地がある」


 レオーネが怪訝な表情を見せた。

 周囲の連中も互いに顔を見合わせて首を捻っているな。

 俺、変なこと言ったっけ?


「ジョージョーシャクリョーとはなんだ?」


 訝しげな表情のままレオーネが聞いてきた。

 ああ、言葉の意味が分からなかったのか。

 そういう概念がないんだな、こっちの世界は。


「情状酌量だ。

 相手の事情を考慮して罰の内容を減らすことを言う」


 おおー、みんな驚いてるよ。

 斬新すぎると言わんばかりだね。

 レオーネだけは渋い表情を残しているけど。


「お前らとここで死んだ連中には決定的な違いがある。

 奴隷という立場は同じだったとしてもな。

 奴らは自ら進んで罪を重ねていた」


 そんな連中を神様が許したりはしないよ。


「それどころか報酬も受け取っていたよな。

 お前たちは腕や足を奪われた上で強要されていたというのに」


 レオーネの目が驚愕に見開かれた。

 いや、他の元奴隷たちもか。


「どうしてそんなことまで知っている!?」


 普通ならこの国の貴族しか知り得ない情報だが、俺は【天眼】で鑑定してるからね。

 罪人共の悪事はすべて露見するのだ。

 ここにいる者で犯罪者と認定されている者は誰一人としていない。


「何度も言ってるだろ。

 俺は賢者なんだぜ」


 いい加減に慣れてくれという思いを込めて言ってみた。


「ハッキリ言うと俺は罪人か否かを見分けることができる」


「なにっ!?」


「お前らは断じて罪人ではない」


 実行を強要させられたという事実は経歴として残るけどな。

 それでも罪だけは強要した連中にしか付いていない。


「バカな!?」


 罪のない人を殺めて罪にならずと言われて拒否感が出たらしい。

 吐き捨てるように言い放ち、俺を睨みつけてきた。


「そんな目で見られてもな。

 俺は見た事実を言っただけだ。

 お前たちの罪を罪でないと判断したのは神様だぞ」


 事実を告げるとレオーネは呆然としてしまった。

 他の者も似たようなものだ。


「ウソだと思うなら神殿にでも行って見てもらうんだな」


 神官も魔法で判定できるっていうし。

 判定というか神託を受けるような形になるようだが。

 案外、この世界の魔法は融通が利くよな。


「お前たちが必死で抵抗したことを神様は見ていたってことだ。

 それと罪の意識を持っていたから許されたということらしいぞ。

 その気持ちを忘れずに善行にはげめというのが神様の教えなんだよ」


「そ、そんなはずは……」


 レオーネが何か言おうとしていたが続かない。

 その原因は急に光り出した室内にあった。


「なんだ!?」


「召喚魔法だよ」


「なにを!?」


 困惑の表情を浮かべて左右を床を見る。

 そこには光魔法の演出で描いた魔方陣があった。


「なんだよ、これ……」


 元奴隷の一人が床を見つめて狼狽える。


「少し大きめの魔方陣。

 つっても小さい方だな。

 これくらいだと降臨していただくのはちょっと無理なんだよね」


 嘘っぱちもいいところだ。

 魔力をつぎ込めば幾らでも大物を召喚できるからな。

 まあ、呼ぶ相手が相手だけにそれっぽい演出で誤魔化さないとねぇ。

 室内全体がひときわ強く発光した。

 これくらいやっとかないと信じてもらえないかもと思ったんだけど……

 俺以外の全員が眩しさに目を閉じながら顔を腕で覆っていた。

 些かやり過ぎたようだ。

 すまぬと心の中で詫びつつ反省はした。

 1秒ほどだがな。

 後悔はしていない。

 これなら後を任せても大丈夫……だと思いたい。

 爆発的な光が収束していき召喚陣の中心に淡い光を放つ球体が浮かんでいた。

 大きさはバスケットボールほどで、色は淡くオレンジがかった白色だ。

 たぶん太陽をイメージしていると思う。

 フワフワとした浮遊感で演出するとか芸が細かいな。

 うん、これは俺がやっているじゃないんだ。

 召喚魔法で呼び出した相手がやっている。

 呼び出したと言っても声しか届かない状態にしてあるのでね。

 監視してる人の許可が下りなかったから完全な召喚にはならなかったんだよ。

 だから、光の球体を作ってそれっぽく演出するくらいは予想していた。


『悩める者たちよ、悔やむでない』


 凝ってるね。

 念話の口調に合わせて光球の明るさを変えてるし。

 もちろん浮遊感も残したままである。

 ホントにこういうお遊びが好きだよな。

 一方で元奴隷たちはというと、オロオロと互いや周囲を見回している。

 頭の中に直接響き渡る声に戸惑っているというのもあるけど、それだけじゃない。

 誰の目にも畏れ多いと感じているようにしか見えない状態だったからね。

 普通は疑問に感じるところだろうけど、そこまで畏縮していても俺は疑問を感じない。

 そりゃそうだ。

 本人が姿を見せなくても、その気配が漏れ出していたからね。

 直接この場に来ていたら土下座は確定だったな。


『我は汝らが太陽神と呼ぶ者なり』


 役者だわ、ラソル様。

 そして俺としてはタイミング良く登場してくれて助かったーの心境である。

 いきなり登場のように思えるかもだけど、そうではない。

 皆と話をしている最中に連絡を入れてたんだよね。

 【多重思考】で脳内スマホの電話機能を使えば、同時進行で会話するくらいは楽勝だ。

 で、一仕事依頼してみたわけ。

 まあなんというか、ノリノリだね。

 普段のおちゃらけスタイルは完全に鳴りを潜めているけど、声の上だけのことだと思う。

 向こうでは威厳も何もないような御機嫌顔で、この状況を楽しんでるに違いない。

 監視がついてなければ踊るくらいのことはしてそうだ。

 こういうの好きそうだから頼んでみたら『やるよ、やるやる!』の二つ返事だもんな。

 たぶん退屈してたってのもあると思う。

 仕事は山積してるみたいなんだけど。

 だからこそ遊びたくなるだろうと踏んで声を掛けたら大当たり。

 ただ、ルディア様に監視をお願いしてのことだけどね。

 ラソル様に悪のりされると事態を収拾することになる俺が困るからさ。

 そういう事態を先読みしたルディア様にも溜め息つかれたよ。

 しかも『お前は何をバカなことを──』とかお説教が始まりそうになったし。

 慌てて『ラソル様の気分転換になれば当面は仕事に励んでくれると思います』とか言い訳したさ。

 あと『悩み苦しむ者たちに救いの手を!』とかも付け加えた。

 そしたら監視付きはもちろんのこと、数分だけという条件で許可を得られた訳だ。

 その瞬間は思いっ切り安堵したよ。

 【ポーカーフェイス】を駆使して何でもないように振る舞ったけど。

 ラソル様が恐れる折檻ほどではないにしても説教フルコースなんて御免こうむるからね。

 ああ、俺が安堵していたことはルディア様に気付かれてないみたいだよ。

 電話の向こうでラソル様が殴られてたみたいなのでね。

 許可が出たと思ったら凄い喜びようだったから。

 仕事中にちょっと休憩となったところで派手に歓喜するからだよ。

 こっちはボイスオンリーだから向こうの様子を正確には把握できんかったがね。

 そんなこんなで声と魔法演出だけの登場となったラソル様。


「……………」


 どうしてこうなった、とは言わない。

 皆で土下座タイムなのは、むしろしょうがないと思う。

 漏れ出る気配だけで畏れ多いと感じる存在に神様ですと言われちゃあね。

 喋り方も普段のおちゃらけじゃなくて威厳たっぷりだし。

 初対面でこれをされたら絶対に騙されるよな。

 まあ、これくらいの真似ができないようじゃベリルママの筆頭亜神は務まらないか。


『賢者の呼びかけに応じ、汝らの道を示さん』


「「「「「ははぁ──っ」」」」」


 元奴隷たちが畏まっちゃってるよ。

 後で正体とか知ったら、どんな気持ちになるだろうな。

 まあ、これっきりだから気にしても意味ないけどさ。


『汝らの心がけ、誠に殊勝なり。

 これを蔑ろにして罪人とすることを我は望まぬ』


 この言葉に全員が身じろぎしていた。

 何をどう思ってのことなのか。

 素直に喜ぶという雰囲気でないことだけは、なんとなく分かった。

 複雑な心境なんだろうね。

 神様にまで罪人ではないと言われちゃ否定する訳にもいかないもんな。


『過去は変えられぬ。

 ならば未来を変えよ。

 過去を悔いるのではなく未来への糧とせよ』


 うわー、神様っぽいこと言っちゃうねぇ。

 これで本性はイタズラ好きなんですと言われても誰も信じないわ。

 同じことを考えていたのか、ルディア様の溜め息が俺にだけ聞こえてきた。


『兄者の不真面目さと真面目さの割合が入れ替わってくれればな』


『同感です』


 そうは思うけど、もしもそうなったら逆に怖いかな。

 だって九分九厘まで不真面目なんだから。

 考えるだけでも寒気がするわ。

 最初から真面目さんだったら普通に受け入れたんだけど。


読んでくれてありがとう。

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