231 酔ってないけどね
改訂版です。
ブックマークと評価よろしくお願いします。
晩餐会場の扉を少しだけ開きスルリと滑り込むように中へと入り、すかさず後ろ手で閉じると同時に結界で大広間を囲った。
これで室内の連中は逃走できなくなったし外から邪魔が入ることもない。
シノビマスターで活動している間に取得した上級スキルの【隠密】を使ったので廊下にいる皆が虚を突かれた格好になっている。
いつの間にかカンストしていたので試しに使ってみたら、あら凄い。
目の前にいたのに一瞬で見失われましたよ?
幻の異名を持つバスケ少年ごっこができそうなスキルだね。
現に同じ空間内にいるはずのこの国の奴隷たちにも認識されていない。
そんな訳で【隠密】スキルをオフにする。
「おっと」
気配を生じさせた直後に左右から弓を射掛けられた。
正確な攻撃だ。
それゆえ予測しやすいと何処かのオッサンのようなことを考える。
第2射を撃つべく既に矢を手にしているのは仕留め損なうことを考慮してのことだろう。
殺しに慣れた連中だ。
この部屋には射手以外にもヒャッハーしたがっている奴らがいる。
コイツらは俺のお手並み拝見とばかりに高みの見物を決め込んでいるからな。
かわしてもこの連中が喜んで遊びたがるだろう。
が、そうはさせない。
わざわざ畳みかけず楽に応じる間を用意してくれたのだから有効に使わせてもらうさ。
初手で待ちを選んだのは取り返しのつかないミスだったということを教えてやろう。
飛んで来た矢の矢柄を両手の人差し指でそれぞれ薙ぎ払うようにクルリと回転させた。
それだけの動きで矢は俺の指を中心としてクルクルと回り始める。
【身体制御】スキルを使えば朝飯前なんだが連中はポカンと口を開いて致命的な隙をさらしている。
「さよならだ」
人差し指をそのまま射手に向けて突きつければガンスピンのように回っていた矢がレーザービームのように飛んで行く。
次の瞬間には射手の眉間に突き刺さり即死コース確定。
矢に勢いをつけすぎたせいか少し吹っ飛ばされる感じで倒れていった。
「プレゼントは返したぞ」
そのまま前に進み出る。
ジリジリと武器を構えたまま後退する奴らが多い中でヒャッハー組のバカがひとり飛び出してきた。
「へへっ。そうじゃなきゃ面白くねえ」
ネズミを想起させる極端に猫背で痩せぎすの出っ歯野郎だ。
他にも様々な武器を手にした殺人鬼どもが俺の周りを囲むように集まってきた。
「8人ね……」
クズは全員出てきたか。
俺が射手の2人をあっさり仕留めたことで本気になったらしい。
どいつもこいつもヘラヘラ笑って目が逝っちゃってる。
鑑定した結果を見れば殺した数も手口も酷いのが多い。
拷問や惨殺に喜びを見出すような連中の罪状をすべて確認するのは反吐が出そうになるどころか拷問に等しい。
そのせいか殺気立たぬように注意していたんだが表情だけは険しくなってしまったようだ。
「うひゃひゃひゃ!」
出っ歯ネズミが腹を抱えて笑う。
「お前ぇバカか? やる気になったところで遅えんだつぅの」
出っ歯ネズミはレベル51でグループのリーダーらしく、お山の大将気取りだ。
他の連中がレベル40前後なのでくずども全体で見ても世間的には強い方だと言える。
どいつもこいつも殺気だけは研ぎ立ての刃物のように鋭い。
ボリュームゾーンの冒険者パーティが相手なら血祭りにされてしまうだろう。
「それがお前の遺言か」
「あん?」
未だにヘラヘラ笑っていた出っ歯だが俺の言ったことは耳に入ってきたようだ。
「今なんつった、テメエ」
「お前の遺言はそれでいいのかと言ったんだ」
「野郎ぉ……」
出っ歯の表情が一気に剣呑なものになり腰に差した短剣を抜いて逆手に構えた。
見た目は雑魚っぽいチンピラ風のくせに様になっていると思ったら一般スキル【短剣術】を持ってるじゃないか。
熟練度が89とくれば世間ではプロ中のプロだと認識されるだろう。
とりあえず勉強させてもらおうかね。
俺の動きを見た上で実力差を見極められないんじゃ期待はできないけど。
そういう意味では苦悶の表情で首輪の呪いに耐えている他の連中の方が見所はある。
レベルは俺を囲んでいるクズ共より低い者が大半なんだけど、それも理由あってのことだ。
本来の彼等の実力ならば決して劣るようなことはあるまい。
不意に気流の乱れを感じた
出っ歯ネズミがアイコンタクトした直後に背後にいた奴が無音で斧を振り下ろしてきたのだ。
斧を振るってきた以外の奴らも動き始めているところを見ると一気に畳みかけるつもりだろう。
ふむ、少しからかってやるとするか。
「おっとっと、危ない危ない」
俺は酔っ払いが膝から砕けるようなトリッキーな動きで半身になって斧を回避した。
すかさず剣の突きが前後から来る。
ゆらりと動いて寸前ですり抜け。
「残念、こっちだ」
千鳥足で上体を大きく揺らすその様はさながら泥酔者のそれである。
「何だコイツ、酔っているのか!?」
剣で突いてきた男の片割れが唖然とするのも無理はない。
「くっ、このぉっ!」
フハハ、向きになればなるほど思う壺だ。
「あらよっと」
くねるように斬撃をすり抜け懐に入ってもたれかかる。
脱力しているから結構な荷重がかかるんだよね。
「ええいっ、鬱陶しいっ!」
押し退けようとするが、脱力した体ってのは力が分散して簡単には引き剥がせない。
「どっこいっ」
フラフラした動作でヒョイと離れると、もたれかかられていた奴が体勢を崩した。
離れ際に腹部に指で突きを入れておく。
「がっ!」
更によろめいて反撃どころではないが敵はコイツ以外にもいる。
「「「死ねっ!」」」
待ち構えていた他の連中が3人同時に襲いかかってきた。
「甘い甘い」
緩やかな動きから一転して素早い動きで後ろに倒れ込む。
と見せかけて足をもつれさせたようにクルリクルリと反転していく。
刃がかすりそうに見えてかすらない。かすらせない。
「くそっ!」
「なんで当たらん!?」
「この酔っ払いが!」
苛立っている奴らを尻目に次の連中の相手をする。
時間差で普通にかわすとバランスを崩すような連携をしてくる。
「あらよっ」
生憎と酔っ払いってのはバランスを崩しそうで崩さないのだ。
ヨタヨタした動きで右に左によろめきながらかわす。
クルクル回って後ろに仰け反って回避完了。
膝から上は床と水平という無茶な姿勢で止まると、思った通り追撃が来た。
胸を狙っての突きか。
俺が動けないと思って決め急いだんだろうが、それは下策だ。
こちらの姿勢は著しく低いため剣を使っているとはいえリーチはギリギリ。
必然的に体は泳ぐことになる訳で……
「ほいさ」
剣先部分を片手の指先で摘まんでやった。
真剣白刃摘まみってね。
「なっ!?」
突きを入れてきた男は驚きに目を見張っている。
「くそっ」
泳いだ体で剣を引き戻そうとするが浅はかだ。
摘まんだ剣を引っ張りながら体を起こし、すれ違い様に脇腹へ肘を入れた。
「ぐっ」
立ち上がると同時にローキック。
「がっ」
ちょうど背後から足払いする形となり仰向けに倒れ込んできたので膝蹴りを入れる。
ゴキッ!
背骨が折れて残りは7人。
「はい1人目終わり」
死んだクズは邪魔なので胸ぐらを掴んで壁際に放り投げると──
ビターン!
蛙のような格好で壁に打ち付けられた。
ズルッと脱力状態で床に落下。
翻弄された挙げ句に呆気なく仲間が殺されたことで連中は衝撃を受けていた。
今までは悪夢を見せる側だったろうが今宵は逆だ。
悪夢を見たまま地獄へ叩き落としてやるよ。
読んでくれてありがとう。




