212 当たり前と不思議は紙一重
改訂版です。
ブックマークと評価よろしくお願いします。
「ボルト、ストップだ」
ちょうどバケツが一杯になったところで止めた。
「はい」
ボルトは空のバケツがまだある状態で止められたことに不思議そうな顔をしている。
「ご苦労さん」
終わりであることを告げられて意外そうな顔をするボルト。
「いえ、よろしいのですか?」
疲れるような作業でもないのになぜ止めたのだろうと言いたげに見える。
「ここから先は、実際に使う者たちに操作させる」
「そういうことですか」
「適当に何人か集めてくれるか」
マリア女史に声を掛けた。
「畏まりました」
その返事を聞いて、ふと国王たちの方を見るとウズウズしていた。
好奇心旺盛というか新しもの好きというか興味津々なのがよくわかる。
これならば飢饉だけでなく今後の話も進めやすくなりそうでありがたい。
「やってみるかい?」
コクコクと頷く王族オッサンコンビ。
という訳で、まずはクラウド王から。
「うおー、思ったより軽いぞ」
ガチャコンガチャコンとハンドルを漕ぎながらいい笑顔になっている。
「バケツ一杯で交代な」
「あ……」
一時停止してしまうクラウド王。
よほど楽しかったのかメイドたちに使わせるつもりだったのを失念していたようだ。
「わかった」
やや残念な表情を見せたが、終わるまで楽しげにハンドルを漕いでいた。
続いて宰相である。
仏頂面でハンドルを漕ぎ始めたんだが……
ひと漕ぎごとに頬が緩んでいく。
すぐに気が付いて仏頂面に戻るんだけど、弛んで戻っての繰り返し。
「「「「「宰相閣下……」」」」」
ゲールウエザー組が残念な視線を送っていたのは本人には内緒にしておくべきだろう。
クリス王女は微笑ましげに見ていたけれど。
続いてマリア女史が選抜したメイドさんの番なんだが、1人目はやけに緊張した様子でギクシャクとポンプに近づいていった。
未体験のことだからしょうがないのか。
「行きます!」
カクカクとロボットみたいな動きでハンドルを上下させ始める。
「っ!?」
一漕ぎすると驚いたような反応を見せ──
ジャコジャコジャコジャコジャコジャコジャコジャコ
突如、何かスイッチが入ったように勢いよくハンドルをこぎ始めた。
「速過ぎだ」
ジャコジャコジャコジャコジャコジャコジャコジャコジャコジャコジャコジャコジャコ
聞こえちゃいない。
術式とか記述してないからポンプの耐久性は常識の範囲内だというのに。
こんな扱い方を続けると早々に壊れてしまうのは目に見えている。
「ていっ」
額にチョップ一発。
「あうっ」
とか呻いたが加減しているのでダメージはゼロ。
キョロキョロと周囲を見渡して視野狭窄の状態からは復帰したけどね。
「やる気があって迅速に行動できるのは素晴らしいが、こういう急激な動きは物を壊す元なので真似しないように」
止めた時点でバケツは満杯になっていたので次のメイドに交代である。
トップバッターは俺に注意を受けたことでションボリとした様子で交代した。
ガチャ…コン…ガチャ…コン…
次の子は恐る恐るといった感じで動かし始める。
「そこまでゆっくりでなくていい」
「あっ、はい」
ガチャコンガチャコン
指摘を受けると素直にテンポアップする。
「どうだ?」
「信じられないくらい軽いです」
そんなに深い井戸じゃないからな。
「井戸の深さによっても重さは変わるが手に豆を作るほどにはならんだろう」
「はいっ」
後はもうニコニコでハンドルを漕いでバケツを満たし終えた。
「ありがとうございました」
「はいはい。御苦労様」
次もその次も空きのバケツがなくなるまで交代で堪能してもらった。
実際に使った者達はかなり気に入った様子である。
当面は使う順番で揉めるかもしれんが、そこは俺のあずかり知るところではない。
「あの、質問があるのですが」
小さく手を上げてクリス王女が聞いてきた。
「何かな?」
「最初に水を流し込んでいたのは何故ですか?」
「あれは呼び水といって導水管の中を水で満たして井戸の水を簡単に出すためのものだ」
時間と根気があれば空っぽの状態からでも汲み上げることは不可能ではない。
「どうしてポンプを使うと、こんな簡単に水を汲むことができるのですか」
「それを説明するとなると時間がかかるぞ」
「そうなんですか?」
「大気の圧力とか言われてもサッパリだろ?」
「はい」
俺の言葉を受けて王女は残念そうにしながらも引き下がってくれた。
「明日以降に時間があれば説明しよう」
俺も甘いものだ。
「よろしくお願いします!」
ニッコニコでいい返事が返ってきた。
「他に質問はないなら終わりにする」
「ポンプのコストについてだが」
国王が聞いてきた。
「そういうのは明日にした方が良くないか」
値段交渉とかになってくると時間がかかる恐れもあるし落ち着いた席で話した方がいいだろう。
無償とかアホなことを言い出さない限りは向こうの言い値で応じるつもりだけど。
「む、そうか。そうだな」
他に質問はないようで解散となった。
ギャラリーたちはバラバラに去って行き俺たちは離れの方へと戻っていく。
離れの中に入ってからガンフォールが声を掛けてきた。
「アレはこちらの人間でも作れる物にしたようじゃな」
「せめてこれくらいは普及してくれないとな」
「ふむ、ハルトでなければ吹きに吹いたと思うところじゃな」
そういうものだろうか。
「あのような単純なカラクリで重い水を汲み上げられるとはの」
「あれは空気が水を押しつけて汲み上げるのをアシストしてくれているんだ」
「サッパリわからん。空気が水を押しつけるじゃと?」
「そんなに強い力じゃないから普段は意識もしてないだけだ」
「ふむ」
分かったような分からないような顔をするガンフォール。
「自然現象だから、こういうものだと思うしかないんだよ」
そう言われても話を聞くだけでは簡単に納得できるものではないだろう。
しょうがないので部屋に戻ったら実験して説明することにした。
透明なガラスコップを用意して水を注ぎ、そこにストローを差して吸わせてみた。
「それと同じことをポンプでやっているだけだ」
「不思議なものじゃな」
「そう思うのは良いことだが現象としては当たり前のことだぞ」
「む?」
具体性に欠ける言葉のせいでガンフォールが少し混乱している。
「こぼれそうになった酒を啜ったことくらいはあるだろ?」
「うむ」
短い返事とともに、それがどうしたのかと目で問われる。
「やってることは同じだぞ。違いはストローの分の距離だけだ」
「おおっ、それは気付かなんだ」
ようやく合点のいった表情を見せるガンフォール。
「そういうものさ。当たり前の自然現象でも初めて目の当たりにすれば驚くことがある」
「どうじゃろうな」
ガンフォールは少し首を傾げていた。
こういうことになりかねないから王女相手に講義をしなかったんだよ。
延々と「なぜ」とか「どうして」になりかねんからな。
「じゃあ、どうして雨が降るんだ?」
いきなりの質問にガンフォールが面食らう。
「火が水で消えるのは何故なんだ?」
「何を当たり前のことを聞いてくるんじゃ」
「当たり前ねえ。なら、その当たり前のことを小さな子供に聞かれて説明できるのか?」
「むう……」
ガンフォールが返答に詰まる。
「ポンプだって初見だったから子供のように驚いて不思議に感じただけだ」
「そういうことか。この調子で嬢ちゃんたちに説明しておったらどうなったことやら」
ガンフォールが苦笑した。
読んでくれてありがとう。




