209 損して得を取れ
改訂版です。
ブックマークと評価よろしくお願いします。
まばらな拍手を受けた後に実演を始めるというのは盛り上がりに欠けるんだが拍手してくれた王女たちに悪いので気合いを入れよう。
男に媚びる趣味はないので国王と宰相は知らん。
「今回は一般的な深さの井戸なので複雑な構造を必要としないポンプを使用する」
そう言って召喚魔法に見せかけ必要なものを引っ張り出していく。
「なんとっ! 召喚魔法か!?」
クラウド王には驚かれたが初見なら仕方あるまい。
宰相は輸送機を引っ込めるときに見ているはずだが目を見開いて固まっているし。
王女がニコニコして平常運転なのとは対照的だよな。
変に食いつかれても困るので引っ張り出したポンプを確認するふりをする。
保管場所が亜空間倉庫なんだから壊れたり劣化したりなんてことはないんだけどね。
次に引っ張り出したのは何本かに分割した導水管。
漏水の心配はあるが持ち運びや差し込むときの作業性を考慮してのことだ。
なお、導水管のパイプは水を吸い上げる部分となる先端にカゴ状の部品がついている。
フート弁とかフートバルブと呼ばれるもので、見ようによってはマイクっぽく見えるかもしれない。
この形状なのは吸い込み口として大きなゴミを吸い込ませないため。
それと弁やバルブという名称がつくだけあって逆流防止弁が内蔵されている。
これのあるなしで汲み上げ効率とかが変わってくるのだ。
他のパイプもヒビ割れなどがないか確認をするが先端部分は入念に行っているように見せる。
亜空間倉庫に入っていたものが劣化する訳はないんだけど、こういうのも実演の一部として見せておかないとぞんざいに扱われる恐れがあるのでね。
続いて井戸を塞ぐフタと、それを固定するための杭を出して準備完了。
「これらの部品は既存の井戸をポンプ式に変える転換キットになっている」
「キットとはなんじゃ」
さっそくガンフォールから質問というツッコミが入りましたよ。
「道具や材料一式のことだ」
「便利な言葉じゃな」
こっちの世界では知られていない単語を使ってしまったことで、ちょっとギクッとしたがポーカーフェイスで乗り切る。
日本のことがバレる訳じゃないんだけどね。
「こんなものは言ったもの勝ちだ」
「ハハ、言いおるわ」
誤魔化せたことに内心で安堵していたら視界の片隅に半透明のアイコンが出た。
システムインフォメーションか。
[新規にスキルを習得]
は? 今頃?
[上級スキル【ポーカーフェイス】]
それってどうなのよと思ったけど、使えそうなスキルだから熟練度はMAXにしておいた。
上級程度じゃ有り余ってるポイントを使い切れないしな。
「まずは井戸の回りに杭を打ち込む」
「それは必要な作業なのか?」
ハマーが聞いてきた。
どういう作業をするか事前に説明していないせいだな。
「井戸の上にポンプを設置するからグラつくと困るんだよ」
「石組みの縁では固定に不安があるという訳か」
「そういうことだ」
月影の面々に杭の打ち込みを任せる。
地魔法で下穴を開けて長めの杭を深く打ち込んだ。
「なっ?」
「ラミーナ族が魔法を……」
王族コンビが驚きをあらわにしたが、目撃させることが狙いなので問題ない。
いらん手出しをしそうな連中も王族が知っているなら牽制しやすくなる。
それでも止まらん連中はいるだろうけどね。
「次に中央に穴を開けた板でフタをする」
動かないように杭と繋げて固定すれば下準備は完了だ。
「なぜフタを?」
思わずといった感じでボルトが呟いた。
小さな穴以外はふさがっているせいで、そこまでする必要があるのかと疑問を抱いたようだ。
そのせいで一斉に注目を集めることになってキョドっていたけれど。
何にせよ好都合である。
ポンプ式の利点を説明するのにちょうど良かったからね。
「理由は簡単、従来の井戸の欠点をなくすためだ」
「欠点ですか?」
よく分からないといった顔をしているボルト。
うちの子たち以外はボルトと似たような表情だ。
「こういう井戸には落下事故は付き物だろ」
「聞いたことがないのだが」
困惑しているクラウド王。
無言ではあるが宰相も似たような表情をのぞかせている。
王女はマリアの方を見て耳打ちして問い合わせていた。
聞かれたマリアは表情を硬くしているので思い当たる節があるのだろう。
護衛組は反応が割れていたので実際に井戸を使ったことがあるか否かで違ってくるようだな。
一方でジェダイト組は全員が渋い表情で頷いていた。
「洗うために持ってきた食材を落とすとかは珍しくもない話だと思うんだが」
こう言うと、ピンときていない者も気付いたようである。
「場合によっては犬や猫だったり人間だったりも無いとは言えない」
最後のダメ押しは王女や護衛組には刺激が強かったようだ。
口元を手で押さえている。
「そういう不幸な事故を防げるのがポンプ式の利点だ」
「それは良いことですね」
クリス王女の頬がゆるむ。
「ですが、水場で使い続ければフタが腐りませんか」
マリア女史が聞いてきた。
「そのためにフタの材質と厚みには注意する必要があるだろう。これのように防腐と防虫を兼ねた樹液を塗布するのも長持ちさせるコツだ」
「安全には変えられんな」
「定期的に交換することも考えておかねば」
国王と宰相も重々しく頷いていた。
みんな納得したようなので作業を続けていく。
「次は水を汲み上げるためのパイプを連結しながら入れていく」
「先端が奇妙な形をしているようですが」
宰相が食いついてきたのでフート弁について説明しておいた。
「うぅむ、これは……」
「ヒューマンは職人でないと無理かもしれんがドワーフなら楽勝で作れる程度の構造だ」
「おおっ、それは助かりますな」
どうやら量産性が低いと考えていたらしい。
コストに跳ね返ってくるから心配するのも無理はないだろう。
「この細くて螺旋状の溝は何なんだ?」
ハマーが導水管をしげしげと見ながら興味深げに聞いてきた。
「パイプをつなぎ合わせるための細工のようじゃな」
目の付け所がいいなと思っている間にガンフォールがあっさりと見抜いていた。
「その通り」
ネジの部分に魔物の素材を配合した接着剤を塗りつけ、ねじ込むように繋げていく。
「その粘りけのある液体は何ですかな?」
宰相が聞いてきた。
「俺が開発した接着剤。このパイプが外れないようにくっつける」
質問した宰相の目が獲物を見るそれになった。
「言っとくが、このパイプ専用だぞ」
パイプの表面を少し溶かしてから再び硬化するタイプの溶剤型だからな。
固まると一体化してしまうので外すことはできなくなる。
「そのパイプの……」
材料はと言葉を続けたかったのだろうが宰相は言い淀んだ。
情報には対価が必要だという考えが脳裏をよぎったのだろう。
「別に大したものじゃないぞ。雑魚な魔物の素材だけで作れる樹脂製だ」
軽くて割れにくいし腐食しないので、こういう用途にはもってこいである。
「接着剤も同じような魔物素材でできている。両方とも後で配合と製造法を記したメモを渡そう」
「よろしいので!?」
驚愕されてしまった。
「こんなのでいちいち交渉してたら間に合うものが間に合わなくなるだろ」
「しかし、それでは貴国の不利益になるではありませんか」
なんかお人好しな宰相だな。
それとも、ただより高いものはないと考えて警戒しているのか。
「俺は商人ギルドにも登録しているが、今回のことで儲ける気はない」
断言したらギョッとした表情で宰相が固まってしまった。
「俺の国には損して得を取れという言葉がある」
「何じゃそれは?」
宰相やクラウド王ではなくガンフォールからツッコミが入った。
いや、他の皆も興味津々で俺の方を見ているんだけど。
「一時は損になっても長い目で見れば得になるように動けってことだ」
以上、説明終わり。
「訳がわからん」
ガンフォールの言葉に「うんうん」と頷くミズホ組以外の一同。
これは説明を端折りすぎたか。
読んでくれてありがとう。




