194 昼食休憩だけど
改訂版です。
ブックマークと評価よろしくお願いします。
昼食は握り飯に卵焼きとホウレン草のおひたし、そして味噌汁にした。
シンプルに見えるが小さめの握り飯の中に具材がいろいろ入っているので飽きが来ない。
最初はにぎり寿司にしようかと思ったが移動中に生魚を出すのは不慣れなゲールウエザー組にはハードルが高そうなのでこちらにした。
ワゴンに乗せて奥の部屋から運び出した後はゲールウエザー組に任せている。
マリア女史の指示で下っ端の護衛組が動く格好だ。
余分な人員を連れて来られないからとはいえ騎士服を着てメイド業務もこなす姿はギャップを感じるな。
できればメイド服に着替えて……ゲフンゲフン。
とりあえず本物のメイドさんがいるので目の保養はマリア女史でしておこう。
エプロンドレスはくすんだ感じの萌葱色ってのが微妙に減点要素ではあるものの落ち着きを感じさせるヴィクトリア式のロングドレスなのは素晴らしい。
フレンチスタイルのような華やかさには欠けるが上品かつ清楚な雰囲気が感じられる。
それに恥じない礼儀作法と献身的な仕事ぶりがあるからこそだけどな。
採点基準は緩いと思うけど俺の中では、ほぼ満点だ。
護衛騎士たちへの指示も的確だし昨日の晩餐で和食器の扱いや並べ方など完璧に覚えてしまったのもポイントが高い。
身のこなしひとつとっても隙がなく足捌きなんて武人のそれである。
さすがは王女付きのメイド長というところか。
そんな彼女も用意したおにぎりに些か目を丸くした様子を見せはしたけど。
たぶん海苔の黒さに驚いたんだと思う。
一瞬だったのでクリスお嬢さんは気付いてなかったみたいだけどね。
配膳が進む中でモジモジし始めた者がいた。
魔導師Bだ。
「あのっ、賢者様」
「何かな?」
「実はお花を摘みに行きたいのですが……」
「あー、はいはい」
そういや昔、それが原因で業務中に倒れた女の子がいたっけ。
窓口業務だとなかなか離席できないからさ。
我慢に我慢を重ねた末に倒れてしまって救急車を呼ぶことになったんだけど、病院での診断結果が腎盂腎炎ということで即入院となってしまった。
仕事のできる子だったので、そのまま仕事を辞めてしまったのは痛手だったがしょうがない。
このように、たかだかトイレを我慢するくらいと侮ってはいけないのである。
「あれがそうだ」
俺としてはなるたけ声が大きくならないよう注意しつつトイレへ誘導したつもりだった。
が、あまり意味がなかったことを次の瞬間に思い知らされる。
「えっ、お手洗いがあるのですか!?」
とか魔導師B自身が大きな声で暴露したからな。
どこかに着陸して外で用を足すことになると思っていたんだろう。
普通に考えたら馬車にトイレとかないから、そうするのがこの世界の常識なのか。
ただ、これだけ大きなものだと着陸するのも色々大変だと思って可能な限り我慢していたようだ。
おそらく休憩するタイミングを待っていたんだな。
ところが食事も機内で行うと知って慌ててしまったというのが真相だろう。
それならトイレも機内にあると考えられなかったのだろうか。
さすがに無理か。
最初に説明しておけば良かったと思っても後の祭りである。
当人としては穴があったら入りたい気分だろう。
しかし、催してしまったものを取り消すことはできない。
「すみませんが、お借りしてもよろしいでしょうか」
消え入りそうな声で言ってくる姿は初対面のあの嫌みな姿を知っていても憐れに感じる。
ちゃんと反省しているようだし最後まで反省なしだったネイルのような奴とは違うと思う。
まあ、あれは酷すぎだったけど。
いくら煽りに煽られたからって殺す気で武器を振り回すとかないわ。
「ああ。ツバキ、頼む」
了承しつつ、ツバキに誘導させる。
「心得た」
うちのトイレはこの世界標準のものとは異なるから使い方に戸惑うはずだ。
「いえ、そこまでお手を煩わせるわけには」
「主が私を指名したのは使い勝手が異なるからだ」
冷静に切り返してツバキはトイレのドアをスライドさせた。
個室仕様だが車いすでも入れるようにしてあるので中は広めである。
今後、車いすで乗り込む人間が出てくるとは思えないけどな。
役所勤めしていた時の意識が残っていたのかもしれない。
一時、どの課に行ってもバリアフリーバリアフリーとしつこいくらいに連呼されてたからなぁ。
その当時、当選したての市長が公約に掲げていたからなんだけど。
庁舎のバリアフリー化で弱者に優しい市政を! とかなんとか。
知り合いの業者に仕事を入れるためだったというのが真相だったんだけど後に発覚して大問題になったさ。
もちろん任期半ばで市長の座から引きずり下ろされたよ。
やってることは正しくても方法が賄賂にまみれてちゃねえ。
まあ、輸送機のトイレは賄賂なんて関係ないけど。
俺がなかば趣味の延長のような形で作ったものだからな。
とにかく魔導師Bが入ってからドアを閉めてしばし。
ツバキだけが先に出てきた。
「うまく説明できたようだな」
「あの者、状況判断に難があると思っていたが理解力は高いようだ」
「けっこう辛辣だよな」
「最初がアレでは、そう簡単に信用することもできぬよ」
それは否定できないところだ。
一応はその辺も変わってきているとは思うけどな。
なんか通常業務に支障をきたさないかと思うほどビクビクしていることがあるし。
もしもの場合は治療も必要になるが、そこまでトラウマが刻み込まれているなら完治は難しそうだ。
そうなるとゲールウエザー王国の人材を潰したことになるのか。
しかも2人。
あれ? そうなった時は俺があの2人を引き取るってことにならないか?
使い物にならないならクビになって生活保障などされないのが異世界標準だ。
うちじゃ、そんなの看過できないからなぁ。
「とにかく使えたなら問題はない」
「主は相変わらず面倒見がいいのか悪いのか、よく分からんな」
そんなやり取りをする間に魔導師Bが戻ってきた。
席に着くなりAが口に手を当てて声を潜めた感じで話しかけている。
応じるBも同じようにして返事をしていた。
使い勝手とか気になるんだろうな。
そうこうするうちに配膳が終わったので食事が始まる。
おしぼりで手を拭いて手を合わせた。
「「「「「いただきます」」」」」
食事前の挨拶も俺たちには慣れたものだが慣れていないゲールウエザー組はバラバラだ。
慣れの問題だからしょうがない。
「ハルトよ、今日のおにぎりは小さいな。それに初めて見る形になっておるようじゃが?」
さっそくガンフォールが指摘してきた。
形は大きさに合わせて俵型にしただけなので他意はない。
「中の具材をバラエティ豊かにしたから色々食べられるように小さくしたんだよ」
「ふむ。では、形は?」
「そのサイズになると握るのが難しいってだけ」
「言われてみれば、そうじゃな」
納得したようだ。
「──────────っ!」
不意におにぎりのひとつを口にしたボルトが顔をしわくちゃにしてギュッと目を閉じた。
ゲールウエザー組がそれを見てギョッとした表情で凝視する。
「あれは梅干しという酸っぱい漬け物を食べたからだ」
言ってる側から一人黙々と食していた神官ちゃんが同じ顔になった。
こちらはボルトに注目が集まっているお陰で密かに耐えている感じで目立ってはいなかったが。
「酸っぱいが健康に良い食品だから多めに入っている」
まあ、ちょっとした茶目っ気だ。
そのうちゲールウエザー組が全員、ボルトと同じしわくちゃ顔になった。
「ずいぶんと刺激的な食べ物もあるのですね」
食べきって一息ついた王女が苦笑している。
「こういう刺激的なものほど体に良いものが多いぞ」
「そうなのですか?」
「梅干しは疲労回復効果がある」
この一言で神官ちゃんが素早く動いた。
おにぎりの山から手元の取り皿にひょいひょいと乗せていく。
他のゲールウエザー組も「おおー」と感心していた。
「お気遣いいただいたようで、ありがとうございます」
とマリア女史。
強行軍で来ていたのは分かっていたからね。
念のため薄めた疲労回復ポーションも混ぜているから効果のほどは確実だ。
読んでくれてありがとう。




