185 早朝から年寄りに付き合ってみる
改訂版です。
ブックマークと評価よろしくお願いします。
夜も明けきらぬうちからガンフォールが動き始めた。
「年寄りは朝が早いのう」
シヅカがそんなことを言うが……
「我々も年寄りだと言っているようなものでは」
ツバキにツッコミを入れられていた。
『くくっくーくぅくうくーくーくぅ』
ローズは年寄りじゃないもんねっと霊体モードで地団駄を踏んでいる誰かさん。
朝っぱらから元気だねえ。
ふと思いついたことがあった俺はガンフォールの気配を追って移動を始めたんだが。
「自由行動で構わないんだぞ」
何故かゾロゾロと皆ついて来る。
「私は自分の明確な意志を持って動いている」
「他にすることがありませんので」
「自由ならば好きにするまでじゃ」
『くーくーくぅー』
自由だから自由、か。
留守番は命じても文句を言われそうだし単独行動は無理っぽい。
「主は妾が嫌いなのか」
「することもないのに待機とは酷ではないか」
「………………」
『くうっくっくー!』
嫌だ嫌だ嫌だぁ! だとさ。
しょうがないので好きにさせることにした。
俺が先頭で歩くことになるのでドラマで見た大病院の回診の気分が味わえる。
人数が少なかったり俺が若すぎるから現実味のない妄想でしかないが。
そんな風に脳内ロールプレイをしている間に城の外に出た所でガンフォールを発見。
「おはよう。散歩かい?」
声を掛けるとガンフォールは立ち止まって振り向いた。
「おお、ハルト。おはよう」
うちの面々とも挨拶を交わしていく。
「して、ワシに何か用か」
なかなか鋭い爺さんだ。
「お姫様たちが今日出立したいって言ってただろ」
「何じゃ、不都合なことでもあるのか?」
「出発時間は朝食後すぐって話だったが、それを少し遅らせてほしいんだ」
「ふむ、ワシは構わんが急がねば困る者が多かろう」
「心配は無用だ。馬車ごと移動できる移動手段を用意するから」
「……また、良からぬことを考えておるのか」
呆れたように溜め息をつかれてしまったのは自業自得だろうな。
「少なくとも自動車のような恐怖は感じないと思うぞ」
高所恐怖症については知らんけど。
「まあ、迎える側は度肝を抜かれることになると思う」
ガンフォールは俺の言葉に深く溜め息をついて頭を振った。
「程々にしておけよ」
「インパクトがないと交渉で舐められかねないからな」
「それが狙いかよ」
「他に何があるというんだ?」
「まあ、確かにの」
「それに交渉ではガンフォールに頑張ってもらう予定だし」
「ハルトよ、お主が予言したのであろう」
「俺は王族が相手でも態度は変えんぞ」
クリスお嬢さん相手には猫を被っていたが、それも剥がれてきているし。
「むう」
しばし仏頂面で考え込んでしまうガンフォール。
「お主が王であると明かせばどうじゃ」
「見たことも聞いたこともない国の王とか言われてどう思う?」
「じゃな」
すぐに諦めた表情になるくらいだからダメ元で言ってみただけなんだろう。
「お主の言う通り、ワシが頑張るしかあるまいて」
「そんなガンフォールにご褒美だ」
訝しげな目で見られてしまったが一瞬で目の色が変わる。
「おおっ、これは!」
ミズホ刀を出してみせたからだ。
「こ、これがご褒美か!?」
「ああ」
「任せろ! いくらでも交渉してやるわい」
ホクホク顔で受け取ったかと思うと小躍りし始めましたよ。
どんだけ嬉しいんだか。
「同じ技法で作った槍とか斧じゃなくていいのか」
「な、なに!?」
一瞬、目を丸くしたガンフォールはすぐに我に返ると真剣な表情で悩み始めた。
「これサンプルな」
そう言って何種類か出していく。
短槍、十文字槍、長刀、ハルバード、トマホーク、バトルアックスなどなど。
ガンフォールは声も出さずに目を丸くさせてしまったかと思ったら、完全に見入っている。
魅入られていたと言うべきかもな。
「そんなに欲しけりゃ全部やるよ」
「っ!?」
凄まじい勢いで俺の方を振り返ってきた。
目が開ききっていて迫力があるというか怖い。
「いらんのか?」
ブルブルと全力で首を振る。
「本当に良いのか。たかだか交渉の報酬としては破格にもほどがあるわ」
「そうか? 別に魔法剣じゃないぞ」
ガンフォールは呆れたように溜め息をついた。
「ハルトの価値観がよく分からんわい」
言いたいことは分かるけどな。
「友達に無理をさせるんだから奮発しただけさ」
「わかった、わかったわい。恥ずかしげもなく真顔で言うでないわ」
赤面されながら言われても男のツンデレはノーサンキューってことでガンフォールを追うことになった思いつきの品を倉庫から引っ張り出した。
「なんじゃ、唐突に妙な物を出しおって」
訝しみつつも興味深げに見ている。
「これはバイクとかいう乗り物に似ておるが、尻を乗せる部分が細くて小さいのう」
「こいつは自転車というんだ」
「ほうほう、自転車とな」
子供みたいに目をキラキラさせてあちこち動き回りながら観察している様は子供のそれだ。
「……なるほど、あぶみの部分を回転させるためかよ」
何の説明もしていないのに見ただけで使い方までわかってしまうとは凄いものだ。
「これで回転を伝えて後ろの車輪を回し自力で動かせるとは実に面白い」
触りもせずに動作原理も理解したか。
「しかも魔道具の類いではないとはのう」
興味を持ってもらえたらしく顎に手を当てて髭をもてあそびながら唸っている。
「持ち手の所にあるレバーから前と後ろに線が繋がっておるな」
ガンフォールの観察タイムは続く。
「ほほう、レバーの握り込みに連動してこれが車輪を挟むのじゃな」
ブレーキも自力で構造を解明するとはね。
当人はかなり気に入ったのか、しみじみと頷いている。
「乗ってみたらどうだ」
声を掛けると、驚きながら俺の方に振り返った。
「良いのか?」
「そのつもりで見せたんだが?」
「そうかそうか、それは済まんな」
締まらない顔で笑いながらガンフォールは自転車に跨がった。
高さ調整は引っ張り出す前におおよそでやってあるから問題ないはず。
「ふむ、こうするのが良いか」
何の説明もしていないのにペダルの位置を漕ぎ出しに最適な位置に持ってきた。
ハンドルも握り込むのではなく2本の指をブレーキレバーに掛けている。
「よし、行くぞ」
最も驚いたのはペダルの踏み方だ。
ママチャリにしか乗らない人に多いんだけど土踏まずでベタ踏みしちゃうんだよね。
あれはバランス取りにくいし漕ぐ時に力をロスしてしまうのだ。
ガンフォールには、そのあたりのことを教えていないというのに適切な踏み方をしている。
感服するしかない。
そしてガンフォールが自転車を走らせ始めた。
ヨタヨタした感じがほとんどなく曲がる時も安定しているので見ている方もハラハラさせられることがない。
「初めて乗ってこれとはレベルのお陰かね」
うちの子たちも普通に乗れてたし。
さすがに壁走りはできないだろうけどと思っていたら──
「主よ、妾も乗ってみたいのじゃ」
シヅカが辛抱できないとばかりに懇願してきた。
そういやシヅカは自転車を見るのは初めてだったか。
「んー、いいけど乗り心地は良くないぞ」
国外仕様だから色々と簡素化しているのだ。
車輪は木製だしサスもない。
接地面には魔物の革を貼ってあるけど滑り止めが目的なので衝撃の吸収は気休め程度だし。
「良いのじゃ、良いのじゃ。妾も乗りたいのじゃっ」
ガンフォールが楽しそうに乗っているのがどうにも羨ましかったと見える。
「分かったから落ち着け」
すぐに複製して引っ張り出す。
「素晴らしいのじゃ!」
テンションが上がってるところに水を差したくはないが、着物を着たままでは乗れないことに気付いたらどうするんだろうな。
そうなる前にツバキに目線で合図を送ると苦笑と共に頷きが返された。
俺の言いたいことを察してくれたようで何より。
ほら、服の採寸とかあるだろ。
出来上がったものを複製するくらいなら抵抗ないけどさ。
そしてツバキがシヅカに耳打ちし闇魔法で覆って見えなくした路地へと引っ張っていく。
俺の目なら見通せてしまうので視線を外すためにガンフォールの方を見れば、ちょうど目の前まで戻ってきた。
「意図的に品質を落としておるじゃろう」
開口一番でそれか。
「優れているのに真似できない物は詐欺師が横行する元だからな」
「そのような輩のすることまで気にすることはなかろう」
「紛い物で事故なんか起こされたら鬱陶しいだろう?」
「そういうことか。ならば良い」
理解してもらえたようで何よりだ。
読んでくれてありがとう。




