183 シノビマスターふたたび
改訂版です。
ブックマークと評価よろしくお願いします。
大小の修正があれやこれやと入ったため輸送機の完成には思った以上に時間がかかった。
荷物の固定の問題もあるため貨物室も飛行時は客室同様に空間魔法で外部と切り離してみた。
いくら荷物を厳重に固定しても中身まで固定される訳じゃないので、飛び方によっては中身がグシャグシャとか笑うに笑えない。
アクロバット飛行をさせるつもりはないけど緊急回避をしないとは断言できないし。
それと最後までトイレの設置を忘れていたのは我ながらアホだと思う。
なんにせよガンフォールたちの話が終わるまで輸送機の製作にかかりきりでしたよ。
このままだと王女はともかく一行の印象が微妙な気がしたので晩餐後は将棋に誘ってみた。
「まあ、それは何ですか?」
いきなり将棋と言われても何が何だかだろう。
「知的遊具の一種ですね」
「はあ、なるほど」
その返事からもわかるように今ひとつピンときていないのは明らかだ。
そんな訳で従来の教本を漫画化した改良版の登場である。
今までの教本も念のために渡しておくが、興味は必然的に漫画の方に移ってしまう。
「あら、どこまでも絵が続くんですのね」
王女は驚きつつも喜んでいるようなので他の面々も興味を抱いたようだ。
これなら他の面々にも拒絶されないかとツバキとハリーに頼んで全員に配ってもらう。
「人物がこんなに生き生きと描かれている上に話しているように見せる演出とは素晴らしいですね」
マリアはなかば夢見心地の表情でそんな感想を漏らした。
「それはなにより……」
そんなに瞳をキラキラさせるとか想定外で反応に困るんですがね。
なんて思っていたら他のゲールウエザー組がむさぼるように読んでいる。
影が薄いはずの神官ちゃんまでもが、のめり込んでいる始末。
マンガはある意味で劇薬だったかもしれない。
絵本にとどめておくべきだったか。
「おい、ハルト。酷いではないか」
ガンフォールからはクレームが入った。
「こういうものがあるならワシらにも言ってくれないとな」
「まったく。王の言う通りだ」
ハマーも不服そうに唇を尖らせているし。
この調子だと、しばらく漫画タイムが続きそうだ。
せっかくなので利用させてもらおう。
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斥候型自動人形の改良版がゲールウエザー城内を密かに進む。
もちろん光学迷彩を使っているのは従来通りなんだが見回りの騎士とすれ違っても感知されない。
わずかな空気の流れで察知されないよう風魔法も使っているお陰だ。
シノビマスターを名乗るに相応しい忍びぶりだと言える。
実は性能テストをかねているので王城前に転送魔法で送り込んだ後は正門を跳び越えて侵入させた。
認識阻害の術式を刻み込んだ段ボール箱を用意してくればと思ったりもしたが、お遊びの類いなので自重した。
そういうことは失敗してもいい時にやるもんだ。
その割に目的地に転送魔法で送り込んだりしなかったのは改良した結果のデータ取りの目的も兼ねていたからである。
とにかく潜入は成功。
侵入直後に展開させた子機から得られる情報を元に意図的に城内にいる人間の側を通っていく。
隠密行動に関しても問題なし。
続いて壁走り。
重力魔法を制御しつつなので魔力消費がやや大きいものの新型の魔石を使っているので余裕がある。
万が一のために補給用の子機を同行させてもいるので心配無用だ。
機能を確かめつつ目的の部屋の前まで来た。
標的となる人物はこの部屋の中で仕事中。
晩飯食った後まで仕事とは熱心なことだと言いたいところだが補佐官に恵まれていないだけだな。
それにしてもドアの前に見張りがいないのは不用心だ。
腕に覚えがあるのだとしても過信は禁物なんだよ?
気配を消すことに特化しているとはいえシノビマスター型自動人形が部屋の前で立ち止まっているのに感知できないのだから。
先行させた子機の情報では室内でも1人である。
さすがに隣の部屋には待機している者がいるようだ。
まあ、シノビマスター相手では無意味に等しい。
結界魔法で遮断すれば手も足も出まい。
ドアが開けば侵入者に気付いて護衛も動き出す?
開かずに入ればいいだけのこと。
先に入室済みの子機もドアには触れてもいない。
下部の隙間から映画で見た液体金属メカのように平面になって侵入したからな。
もちろん、新型のシノビマスターも同じことができる。
スルッと入室させて元の人型に戻すが気付かれない。
光学迷彩と認識阻害の組み合わせはかなり有効だ。
データ収集の結果に満足しつつ宰相の仕事ぶりを確認してみた。
今は報告書を読み込んでいる。
「ふうっ」
大きく短く息を吐き出して宰相は報告書を机の上に投げ出した。
机の上にあった呼び鈴を持ち上げる。
侍女を呼び出して休憩するつもりか。
ふと思いついて魔法を使う。
宰相が呼び鈴を振るうが本来なら聞こえるはずの音がしなかった。
訝しんだ宰相が呼び鈴を見るものの異常は見当たらない。
仕方なくといった感じで宰相は手を叩いて人を呼ぼうとしたが、そちらも無音だった。
シノビマスターが消音の魔法を掛けたからな。
目をむいて驚いた宰相だったが、すぐに表情を引き締めた。
頭の回転が速いというか経験に裏打ちされた落ち着きを感じる。
対応力がありそうだ。
次はどう動く?
「誰か、誰かある!」
少し待とうが、しばし待とうが返事はない。
すでに外部と室内を結界で切り離し済みだ。
次は立ち上がって隣の部屋に直接向かおうとするだろうが立つことはできないんだよな。
「むっ、体が動かん!?」
体の自由がきくのは首から上だけである。
ここまで来るとさすがにパニックになるようだ。
「忍法影縛リノ術」
本当は闇属性の魔法なんだけどね。
理力魔法を使わなかったのは、こっちの方が忍法らしいかなと思ったからだ。
「不埒者め、姿を現せ!!」
周囲を見渡しても姿を見せぬ相手に混乱しつつも物怖じした様子がないとは相当な胆力だな。
「「「「「ナラバ、オ言葉ニ甘エヨウ」」」」」
子機を利用して部屋のあちこちから声を出す。
ぎこちない喋りになっているのは意図的なものだ。
正体を秘するなら声を変えたとしても、これくらいはしないとな。
そして首を巡らせ声の主の姿を求める宰相の前に音もなくシノビマスターが現れた。
いかにも忍者ですという黒装束に身を包んでいるため顔は見えない。
「馬鹿な……」
まさか一瞬で音もなく目の前に現れるとは思わなかったのだろう。
完全に目を丸くしていた。
だが、その状態からもすぐに立ち直る。
「ワシを殺しに来たのか」
体の自由が利かなくても相手の目的を探ろうとするとはね。
並みの人間よりもはるかにタフだが余裕はなさそうだ。
でなければ腹芸を要求されるような地位にある人間がホイホイ表情を変えたりはしない。
「ソンナコトヲシテ何ノ益ガアルノカ」
「何?」
「我ハ、シノビマスター。悪ニ罰ヲ下ス者ナリ」
「その台詞はっ! 補佐官の机に刻まれていた……」
驚愕に目を見開く宰相。
どうやら覚えていたようだな。
「ワシを殺しに来た訳ではないというなら拘束するのは矛盾しておらぬか」
この状態で腹に力のこもった声を出せるとは本当にタフだね。
「我ガ名乗ッテ貴殿ハ信用スルノカ。話ヲ聞コウトモセヌデアロウ」
「ぬう」
「心配セズトモ用向キガ終ワレバ自由ニスル」
「用向きだと?」
「明日、日ガ傾ク前ニ王女ガ戻ル」
ピクリと宰相の頬が動いた。
途中で引き返しでもしなければあり得ない帰還の早さにシノビマスターの言葉を疑いつつもトラブルが脳裏をよぎったはずだ。
「案ズルコトハナイ。じぇだいと王国ニハ到着シテイル」
宰相の目がわずかながら細められた。
何を何処までどういう風に考えているかまでは本人にしか分からないが複雑かつ高速で考えを巡らせているはずだ。
「我ハ馬ヨリモ早ク空ヲ飛ブコトガデキル」
目の前で浮いてみせると──
「なんと……」
驚愕の表情で固まる宰相。
「王女ハ我トハ異ナル手立テデ空ヲ飛ブコトガデキル賢者ガ連レテ来ルダロウ」
次々と想像の埒外なことを言われたせいか宰相は返事はおろか呟くことすらできないようだ。
ならば考える余裕を与えず畳みかけよう。
「心配ニハ及バヌ。じぇだいと国王モ同行スル」
「なっ!?」
ようやく声を出せたようだが、ショックがよほど大きいのか短く声を発したのみだ。
「賢者ハ礼儀ヲ無視スル男ダガじぇだいと国王ト友誼ヲ結ンデイル」
唖然とした面持ちとなった宰相は再び言葉を失っていた。
「クレグレモ怒ラセヌコトダ」
どういうことだと目で問うてくる宰相。
「アノ者ハ賢者ト名乗リナガラモ我ト互角ノ勝負ガデキル魔法剣士ダカラナ」
「そのような者が何をしに来るのだ」
どうにか声を絞り出した宰相。
「知リタケレバ賢者ヤじぇだいと国王ニ聞クノダナ」
「なに!?」
「ソレコソガ我ノ目的デアリ神ノ意ニ沿ウ行動ダ」
「神だとっ!?」
「貴国ニトッテモ大難ヲ小難ニ変エル話トナルデアロウ」
読んでくれてありがとう。




