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1746 時にはやけになるしかない時もある

 褒め殺してくるグリューナス法王に俺は内心でのたうち回って悶え苦しむしかできない。

 病み上がりの法王を相手に強気に出られないというだけではなかったりする。


 ここで法王に弱みを見せると後が怖いと俺の直感が告げていたからだ。

 今は無邪気にはしゃいじゃいるが、それだけではないとね。


 したたかな一面も持ち合わせているように思えてならないんだよな。

 根拠は何もないのだけれど。


「それはどうでもいい」


 どうでもいいから話を元に戻せと念じるばかりである。

 暗示をかける訳にもいかないので本当に念じるだけだが。


 もちろん念話を使う訳にもいかない。

 使ったところで意味がないどころか余計な混乱を生むだけなのが目に見えているからな。


 それ故か──


「謙遜されますね」


 何もかも分かっていますよと言わんばかりの笑顔を向けられてしまいましたよ。

 ああ言えばこう言う状態だな。


「……………………………………………………………………………………………」


 語る言葉もなく法王を見返すしかできなくなってしまったさ。

 グリューナス法王は俺が何を言っても持ち上げてくるつもりのようだ。

 これ以上、俺にどうしろと?


 強めに言ってやめさせることができれば楽なんだが、そうもいかない。

 正直なところ八方ふさがりのお手上げ状態である。


 どうしてこうなったを通り越して、どうにでもしてくれと言いたくなってきたさ。

 それでも投げ出す訳にはいかないのだけど。


 根性のある病み上がりほど手強い相手はいないね。

 最強かもしれん。


「とにかく、だ」


 俺はちょっと投げやりな気分で話を区切った。

 何でもいいから、わずかでも時間を稼いで次の手を考えねばならない。


「話が分かったというのであれば人を使うことを実践してみてくれないか」


 そこまで言うのであればと俺はダメ元で言ってみた。

 法王は俺のことを持ち上げては来るが、それだけだ。

 何かが変わった訳ではない。


 自発的に休養を取りますと言ってくれれば楽なんだけどな。

 言わないってことは、それは望み薄ってことだ。


 だから、せめてもの思いを込めて人を使えと言ってみた。

 これすらも実際に実行に移すかどうかは五分五分には遠く及ばないだろう。

 法王は感銘を受けたと言いはしたものの、それを実践したいとは一言も言っていない。


 なるほどと思っても自発的に動くかどうかは別問題なのだ。

 人それぞれ考え方が違って当たり前。

 己の主義主張とかみ合わないなら、そういう考え方もあるというだけで終わってしまう。


 法王の場合はそう考えてしまう恐れの方が強い。

 人の主義主張なんてそう簡単には変わらないからな。


 いつかは変わる日も来るかもしれない。

 だが、それは時間をかけて話し合えばの話だ。


 話し終わったばかりのタイミングでは正反対の主義に鞍替えするなど望み薄であろう。

 やってみせの話をしたのも何もしないよりはマシということでしたようなものだ。


「……………」


 現に法王の返事はない。

 表情を渋らせなかっただけでも収穫と言えるだろうか。


 が、どうにも手詰まりなことに変わりはない。

 次の手が浮かんでこないもんな。


 時間は稼いでみたが、こんなのは微々たるものだ。

 法王の思考がまとまればすぐにタイムアップになる。


 何かを言われる前にこちらから言って、もう一稼ぎするしかないだろう。

 まあ、思いつく言葉がないんだけど。


 やけくそになるくらいだしな。

 だったら、そのついでに踏み込んでみるのも一興か。

 ダメ元ってやつだ。


 法王がどの程度で受け入れがたいと考えているのかを探るという意味でもありだと思う。

 拒否反応が出てもスタートラインがドン底だから問題あるまい。

 好転するのであれば儲けものである。


 ただ、色よい返事は万が一の中でも極めつきの低確率でしか得られないだろうけど。

 言い方を変えるなら「可能性はゼロではない」といったところだ。

 ゼロに等しいと言っているようなものだけどね。


 まあ、その方が開き直れるか。


「人を使うということは人を育てることに等しいんだよ」


 極論ではあると思うが、間違っているとは思わない。

 行動を起こせば必ず経験を積むことになるからな。

 経験の蓄積は成長につながる訳で。

 それが如何ほどのものかは、内容や本人の資質しだいで大幅に変わってくる。


「……………」


 法王は黙って聞いていた。

 その様子をうかがう限りにおいては、まだ踏み込めそうだ。


「人が育てば相互補完ができるようになる」


 一言ずつ区切っては法王の様子をうかがう。


「……………」


 特に拒否的な反応は見られない。

 まだ大丈夫、行けそうだ。


「何かの拍子に誰かが動けなくなってもカバーできるのは大きいぞ」


「……………」


 真剣な面持ちで聞いてる。

 口出しするつもりはないようだ。


「逆に代わりを務められる者がいないのは危ういものだ」


「……………」


 更に踏み込んでみたが拒絶的な反応はない。


「人は神様ではないからな。

 どんなに気をつけていても病気になる。

 無理をすれば病気にはならなくても蓄積した疲労で満足に動けなくなる」


「っ……………」


 法王は相変わらず無言を貫き通していたが、わずかに反応が見られた。

 一瞬だが渋面が垣間見えたのだ。

 拒否反応というよりは叱責を受けた者の表情に思えた。


 自己を振り返った結果、当てはまると感じたのだろう。

 どの程度かまでは当人にしか分からないところではあるが。


 少し危険な気がしてきた。

 ここから先は法王が拒否的な考えに至る恐れが充分に考えられる。


 が、ここまで来たからには前に進むのみ。


「バックアップ要員がいるのといないのでは、そこから先の結果が格段に違ってくるぞ」


「っ……………」


 またも反応ありだ。

 同じような表情が見られた。


 表情を渋くさせたのは一瞬ではあったものの何やら考え込む様子を見せている。

 自分の現状に照らし合わせているようだな。


 それでも決して表情を険しくさせることがない法王である。

 内心でどういう結論に至るのか実に読みにくい。


 だが、ここは法王の思考を邪魔をしないようにすべきだろう。

 俺も沈黙し様子を見ることにした。


「……………………………………………………………………………………………」


 やがて小さく何度か頷く仕草を見せて俺の方を見てきた。

 が、何かを語る様子は見られない。

 それなりに時間を使ったのだから無駄ではないと思いたいところである。


読んでくれてありがとう。

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