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1738 空振りしてしまう

 サリュースが眼力を込めて俺を見てきた。


「グリューナス法王が寝床から跳ね起きてハルト殿のところに向かいかねないよ」


「えーっ」


 どう考えても無茶だ。

 現状では体を起こすだけでも介助なしにできる体力はないはずである。


 だが、サリュースの発言をあり得ないと断じることもできない。

 かなり確信を持って言っているのは目を見れば分かるからね。

 要するに法王が気力と根性でどうにかするということなんだろう。


 自分に厳しいタイプにありがちな話だ。

 他人にはどうかは知らないけどさ。


 ただ、凄い人気がある人だと聞いたし誰にでも優しい人なんじゃないかな。

 とはいえ礼を言われる立場の俺からすると勘弁してほしいと思う方が先に来る。

 なんだか暑苦しい雰囲気を感じるんだよね。


 オマケに病み上がりの相手だから強気の応対ができそうにない。

 これが日本だったら病人虐待と言われかねないからな。


 いや、そういう対応をするつもりはないんだけどさ。

 ずっと耐えるしかない環境に置かれるかもしれないと思えば憂鬱にもなるだろう?

 実際に会ってみないと何とも言えないところはあるけれど。


「律儀なのが悪いとは言わんが限度があるだろう。

 せめて体力が回復するのを待ってからにしてほしかったな」


「そこはグリューナス法王だからとしか言い様がないのだよ」


 サリュースがもう慣れたと言わんばかりに苦笑した。

 よほど振り回されているのだろう。

 俺も覚悟を決めないといけないようだ。


「しょうがないなぁ」


 言いながら溜め息が漏れ出てしまうのを止められなかったけどな。


「観念することだよ」


 そんなことを言うサリュースに諦観を感じさせる苦笑を向けられてしまったさ。


「観念ねえ……」


 根性タイプは平気で無茶をするからしたくはないんだが、するしかなさそうである。

 どうにか体力を消耗させず穏便に終わらせたい。

 そう思うものの縛りがきつそうで窮屈に感じてしまう。

 おまけに途中で放棄できないという厄介さがある。


 うちの面子を同行させなくて良かったよ。

 そんなこんなでグダグダの気分になりながら法王の寝室に到着。


 部屋の外にはサリュースの護衛騎士が2人いて面会制限している様子だ。

 法王が脱走しないように見張っているという側面もありそうだけど。


 何にせよフル装備で出入り口を固められると物々しく感じるな。

 お陰で誰も寄りつかないようだ。


 まあ、皆が走り回っているような状況だからそれどころじゃないとは思うけど。


 とにかく面会だ。

 騎士たちも用件が分かっているからフリーパスである。

 それ以前にサリュースが同行しているから関係ないか。


「サリュースだ、失礼する」


 そう声をかけるサリュースだったが──


「……………」


 返事はなかった。

 誰もいない訳ではない。

 寝室の中から人の気配は感じるからな。


 1人だけなので法王であるのは間違いあるまい。

 普通に考えると答える余力がないというのが妥当なところだろう。


 が、サリュースはそのあたりを考慮していないかのごとく入室していく。

 そこに気心の知れた相手に対する慣れを感じた。


 ならば同行している俺も躊躇う必要はないだろうと無言で続く。

 ここまで来れば面会したくないとも言ってられないからな。


 面倒なことは言われませんようにと願うくらいは許されるだろう。

 フラグのような気はするけれど。


「…………………………………………………………………」


 法王の寝室に入ったが静かなものだった。

 呼び出された割に出迎えの言葉を受けることもない。


「グリューナス法王?」


 サリュースが声をかけるも──


「……………」


 返事を聞くことはできなかった。

 無理をしすぎて息を引き取ったなどではない。

 気配はちゃんとあるからな。


 それに耳を澄ませば寝息を立てているのも分かるはずである。

 世話をする者が誰もいない時点で気づいても不思議はなかったんだけどね。


 寝入って間もないなら、そんなものだろう。

 しばらくすれば誰か1人は常駐することになるとは思う。

 病み上がりの体力がない状態じゃ声を張って人を呼ぶだけでも一苦労だろうし。


「おやおや」


 サリュースも気づいたようで、こちらを見ながら苦笑して肩をすくめてみせた。


「少し遅かったようだね」


 声を抑え気味にして言ってくるサリュース。


「油を売っていたつもりはないんだけどなぁ」


「移動に時間がかかったのは不可抗力だろ」


 この城はやたらと広いからな。


「こんなことならハルト殿に送ってもらえば良かったのだよ」


 影渡りのことを言っているようだ。

 確かに徒歩で移動するよりずっと早いのは確かだ。

 だが、それで間に合ったかは疑問である。


「そいつはどうだろうな」


「うん? どういうことだい?」


「サリュースが迎えに来る間に寝落ちしていたかもしれないだろう」


 周囲の状況が落ち着いていることから考えても、俺はその線の方が濃厚だと踏んでいる。

 部屋の外にいる見張り役から何も言われなかったのは単なる連絡ミスだと思う。


 見張りは何も知らない様子だったしな。

 世話役が外に出たのは何か足りないものを取りに行ったとか思っていそうだ。


「むむっ」


 サリュースが唸る。


「失敗したなぁ。

 こんなことなら私がここに残って誰か使いを出せば良かったか」


 残って話し相手になることで法王の意識をつなぎ止めるべきだったと考えたか。

 手段としてはありだが、今回のケースでは褒められたものではない。


「いや、この方が良かったと思うぞ」


 結果オーライって奴だな。


「どういうことだい?」


「下手に興奮させると法王を消耗させてしまうからな」


 眠気を感じているのに眠らせないだけでも今の法王には大きな負担だ。

 その上、面会するとなればなけなしの体力が尽きてしまうのは明白である。


「ふむふむ、それもそうか」


 神妙な面持ちでサリュースが頷いている。


「それに、面会中に気力を振り絞られてもなぁ」


 歯を食いしばって礼の言葉を述べるのを聞くなんて冷や冷やさせられるのは御免被る。


「あー……」


 サリュースも想像がついたのだろう。

 一瞬で疲れた表情を見せた。

 容易に想像がついているあたりに付き合いの長さを感じる。


「うんうん、それは大いにあり得る話だね」


 渋みの強い苦笑いを見せるサリュース。


「見た目は優しそうに見えて根性の人だから」


 今度は俺が「あー……」という番だった。


「おやおや、ハルト殿は気づいていたようだね」


「まあね」


 俺は肩をすくめながら答えた。


読んでくれてありがとう。

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