1734 何時からレベルアップしないと思っていた?
「とにかく賢者様がやることだからな。
普通とか常識なんて言葉は遙か彼方に逃げ出しちまってるって」
無遠慮に言われたものだ。
否定はできないので反論する気もないけどね。
「ちょっと、失礼ですよ」
カエデが代わりにたしなめてくれている。
「おっと、悪ぃ悪ぃ」
軽い調子でビルが過ってきた。
「いや、陰口を言われるより目の前で言われる方がいい」
怒る気なんて微塵も湧いてこないしな。
「それに遠慮がないってことは信頼されている証拠だろう」
カエデに向けてそう言うと……
「はあ」
困惑されてしまった。
「本当にそれでよろしいのですか?」
「他人じゃないからな」
即答するも、カエデの表情は微妙なままだ。
「国民は家族も同然ってことさ」
「そうそう」
俺の言葉にビルがうんうんと頷いている。
「ビルは調子に乗りすぎ」
「うへぇ」
釘を刺されたビルが大袈裟に痛そうな顔をした。
その表情がカエデにはツボだったらしくプッと噴き出す。
それが引き金となって皆が一斉に笑い出した。
「「「「「アハハハハ!」」」」」
声を出してひとしきり笑う。
笑い終わった後には、わずかに残っていた堅い空気も緩んでいた。
そんな訳で輸送機の中の雰囲気は茶飲み話でもしているかのように穏やかだ。
壁面モニターに映っている様子とは大違いである。
向こうでは大勢のノーム法王国の関係者が走り回っていた。
アンデッドどもに支配されていた間は、ずっと色々なことが止まっていたからな。
おまけに事件前より人が大幅に減っている。
指示を出す者が根こそぎいなくなっては現場が混乱するのも無理はない。
新枢機卿が頑張っているけど、1人じゃできることに限度がある。
そのあたりはサリュースやその側近がフォローしているから、まだマシなようだけど。
ただ、サリュースがずっと残る訳にもいかない。
それを考えると問題は長期化するだろう。
書類業務で要となる上役がいない上に引き継ぎも満足に行われていないからな。
強欲な枢機卿は本当に碌なことをしなかったね。
無能の極みだよ、まったく。
仮に正規の手続きを経て法王になっていたらどうなっていたことか。
きっとまともに仕事をしなかったんじゃなかろうか。
まあ、終わったことだ。
迷惑な粗大ゴミのことを考えるのはこれくらいにしておこう。
不機嫌な空気を周囲にばらまいて皆に不愉快な思いをさせてしまいかねないしな。
【千両役者】スキルがあるから誤魔化すことはできるけど。
俺自身も不愉快な思いをしたくないもんね。
そんな風に考えていた時のことである。
「外は天手古舞いなんだよなぁ」
壁面モニターの方をもどかしげな様子で見ながらビルが言った。
世話焼きなビルにしてみると、こういう状態はどうにかしたくてしょうがないのだろう。
「余計な口出しは軋轢の元だ」
「分かってるんだが、手持ち無沙汰だと落ち着かないんだよぉ」
我慢しなきゃならないのも心得てはいるようだが、それでもって感じだな。
「要するに、何かすることがあればいいんだろ?」
「いや、そうかもしれないけどさぁ」
何もすることがないから待機しているんじゃないのかと言わんばかりの目で見られた。
「とりあえずレベルの確認でもするか」
「え?」
ビルが眉根を寄せた状態で「なに言ってんだコイツ」の目を向けてくる。
「おいおい、赤リッチを討伐しただろう」
「えっ!? いや、だって……」
ビルが狼狽え困惑していた。
「最後で賢者様のアシストが追加されたじゃねえか」
可変結界のことを言っているのだろう。
「あれでパーになったんじゃないのか?」
そんな訳はない。
「攻撃手段にはほとんど支援してないから大丈夫。
あれもパワーレベリング扱いになってるぞ」
「マジか!?」
目を丸くさせて固まるビル。
「マジだ」
短く淡々と返事をすると、カエデやオセアンも驚いている。
どうやらビルと同じようなことを考えていたらしい。
苦笑するしかない反応であった。
「経験値的には亜竜以上の大物だってことを忘れているだろう」
俺としては苦笑するしかない。
新人3人組はノーダメージで終わったものの、それは対策していたからだ。
何も対処しないまま戦わせるなどあり得ないのだから当然である。
そのために経験値の実入り的には本来よりマイナスとなったもやむなしというもの。
でないと命の危険もあった訳だし。
だからといって経験値がすべてチャラにされることはない。
「実入りがゼロってことにはならんよ」
実力的に見てそれだけの開きがある相手だったのだから。
敵がおバカな脳筋タイプだったお陰でそうは見えなかったかもしれないが。
「そうなのか?」
ビルが懐疑的な目で見てくる。
どうも感覚的に考えているようだな。
冷静になって考えれば分かりそうなものだが。
それも無理からぬことか。
結界のことを失念するほど苦戦を強いられた訳だし。
故に結界の効果を過剰に評価してしまっている部分はあるのかもな。
「当然だろう」
そのせいかビルの疑問に躊躇うことなく答えても反応は今ひとつ。
打てど響かずってところだ。
「むしろ結果はビルが考えている逆なんだぞ」
「どういうことだよ?」
困惑しながらビルが聞いてきた。
「休憩した時に確認したビルのレベルは78だったよな」
「お、おおっ、それがどうしたって言うんだよ」
「今のレベルを確認してみれば分かるさ。
ついでと言っちゃなんだがカエデとオセアンの分もな」
そう言って壁面モニターに3人のステータスを表示させた。
どれだけレベルが上がったかを実感できるようにレベルアップ前の数値も表示する。
[ビル ・ベルヴィント/人間種・ヒューマン/剣士 /レベル78 → 106]
[カエデ ・シーン /人間種・ヒューマン/退魔師/レベル71 → 101]
[オセアン・リヴィエール/人間種・ヒューマン/神官 /レベル73 → 102]
それなりにレベルは上がった訳だ。
赤リッチを討伐したにしては少ないようにも思えるがね。
本来なら倍以上の経験値が入っていてもおかしくはなかったからな。
ただ、結界で援護しまくったことを考えれば妥当な結果ではあるのか。
経験値を3人で頭割りして全員が3桁レベルに到達したので良しとするしかあるまい。
だというのに──
「「「……………」」」
新人3人組は唖然呆然といった感じで固まってしまっていた。
そんなに信じられないというのだろうか。
解せぬ。
読んでくれてありがとう。




