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1726 狙いがあろうがなかろうが

 不死王の錫杖が中途半端な粗大ゴミで助かった。

 下手に高性能であったならシヅカの怒りを買っていた恐れがあるからな。


 キレてパワーレベリングに横槍を入れられてはたまったものではない。

 そうなる前に止めるけどさ。

 ここまで戦った新人3人組に経験値がほとんど入ってこないとかシャレにもならんよ。


 それだけに──


「古代人がそれだけ優秀だったということでしょう」


 というカーラの意見に違和感を感じた。

 まあ、中途半端にという言葉が抜けていたと思うことにしよう。


「どうだろうな」


 俺と同じようなことを考えたのかツバキが異を唱える。


「目先の利益を追求した代物しか作れておらんと思うのだが」


「ふむ、一理あるのう」


 しみじみした様子で頷くシヅカ。

 カーラは少し考え込むような仕草を見せている。


「そうかもしれませんね」


 そして、さほど待つこともなく自分の考えを否定するという結論を出して頷いた。


「ハルト様が粗大ゴミと仰ったのも、よく分かりますし」


 役立たずで始末にも困るからこその粗大ゴミだからな。


「うむ、あれは残してはならぬものじゃろう」


「赤リッチ討伐後はチリひとつ残さぬようにせねばな」


 そんな会話をしている間に変化が訪れようとしていた。

 赤リッチの体がわずかに沈み込んだ変化を俺たちは見逃さなかった。


「そろそろ魔法が切れるか」


「のようじゃな」


 シヅカが頷いた。


「突撃準備に入りおったわ。

 が、ビルたちには教えなくても良いのか?

 前衛の2人は気づいてはおらぬようじゃぞ」


「それじゃあ意味がないだろ」


 俺はシヅカの方をチラ見しながら諭すように言った。

 対するシヅカも視線だけで俺を見てフンと鼻を鳴らした。


「主は実戦で修行ができる得がたい機会と言いたいのじゃろう?」


「そそ、脅威を肌で感じ取ってこそ得られるものもあるはずだからな」


「そうは言うが、拍子抜けで終わらぬか?」


 今度はツバキがツッコミを入れてきた。

 可変結界があるからと言いたいのだろう。


「そこまでガチガチにしている訳でもなさそうですが」


 俺が言う前にカーラがツバキの意見に反論した。


「修行にならんからな」


 可変結界をキツめにかけるとデメリットがある。

 それはシヅカも分かっているはずなのだが。


「そんなことを言うておるが」


 そこで言葉を句切ってシヅカがクックと喉を鳴らした。


「なんだよ」


「防御結界がなければ、とことん手出ししたのではないのかえ?」


 否定はしない。

 国民が危ないと分かっているのに助けないなど俺には考えられない。

 称号の[過保護王]は今日も安定の平常運転だ。


「さあ、来るぞ」


 赤リッチの衝撃波の魔法が途切れようとしていた。


 カエデやビルはその兆候に気づいている様子はない。

 オセアンもだ。

 3人のうちで誰かしら気づいていれば声を掛け合ったとは思う。


 だが、古参組はアドバイスや注意喚起をしない。

 俺がそういう方針だと理解したからだ。

 防御結界もある中でそこまでしてしまうと修行にならないからな。


 失敗した時は獲得経験値が大幅に少なくなるだろうけど、それはしょうがない。

 代わりに大きな教訓を得ることになると思うから丸損にはならないはずだ。

 という訳で新人3人組のお手並み拝見である。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 結論から言えば、さすがはベテラン冒険者だと賞賛できる対応だったと思う。

 赤リッチが突撃したのはビルの方だった。

 よりダメージを与えられたからだろう。


 しかも最初はカエデに向けてダッシュしてフェイントを仕掛けてくる念の入れようだ。


「ちっ!」


 ビルがバランスを崩しかけた状態から立ち直り赤リッチに向かおうとしたところで──


「なんだとぉっ!?」


 反転してきたのだからビルは大いに慌てていた。


「しまった!」


 カエデも自分に向かって来ると思って身構えた分だけ反応が遅れる。

 何処までも嫌らしい発想をした奴だ。


 赤リッチがではなく不死王の錫杖がな。

 制作者の性格がうかがえるというものである。


 そこから先の展開は普通ならビルが防御に徹すると読む者が多いと思う。

 後方からカエデが援護に入るのを待つという意味で、それは選択肢のひとつだ。

 決して間違いではないだろう。


 だが、ビルはそうしなかった。


「こなくそぉ!」


 咆哮を上げながら足を止めることなく床を蹴ったのだ。

 半ばやけくそのように聞こえる掛け声だった。


 が、その動きは破れかぶれのそれではない。

 ビルは大きな声を出すことで己に活を入れたのだろう。


 格上と戦う上で気合い負けしていたら話にならないからな。

 ましてや真正面から突っ込んでいく訳だし。


 結果として思い切りの良いダッシュにつながったと思う。

 それは罠にはめられかけた事態を好転させる切っ掛けとなる。


「ギッ!?」


 明らかに赤リッチが不意を突かれた格好になっていた。

 そう来るとは思わなかったからだろう。


 想定外の事態に、わずかながらも赤リッチに大きな隙ができていた。

 突進しているが故に棒立ちとはならなかったが、逆にそれが状況を色々と悪化させた。


 攻撃のタイミングがワンテンポ遅れる。

 向かって来るビルの攻撃への対処も遅れる。

 方針を変更するかどうかを判断する時間を奪われる。


 しかも想定したよりもずっと遅いスピードでしか動けていない。

 下手に迷えば致命的な隙をさらすことになるだろう。


 いや、既にその入り口に片足を突っ込んでいる。

 赤リッチ自身が気づいているかどうかは知らないが。


 ビルやカエデとてこの状況下でずっと戦い続けていたのだ。

 さすがに目も慣れる。


 一度は赤リッチの策にはめられかけたけどね。

 それでも戦い始めた頃よりずっと反応が良くなっていたことだけは間違いがない。

 赤リッチが見せた隙を見逃す訳がなかった。


 そして可変結界によって彼我のスピード差は大幅に減っている。

 それでもギリギリのタイミングになりそうだけどね。


 まあ、これくらいの緊張感がないと修羅場をくぐった経験とはならないだろう。

 経験値的にも旨みが大幅に削られてしまうしな。

 これ以上は2段変身前に獲得予定だった経験値にまで影響が及んでしまうからだ。


「おりゃあああぁぁぁぁぁっ!!」


 裂帛の気合いを込めてライトブレードで突き込むビル。

 思い切ったことをするものだ。


 この状況下でなければ赤リッチに回避されていただろう。

 カウンターで斬撃を見舞われていた恐れすらあったのだから。


 だが、ハイリスクだからこそ得られるリターンも大きいのである。


読んでくれてありがとう。

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