1720 形勢逆転?
ビルが窮屈な踏み込みで赤リッチの膝裏を切り裂いた。
脚を切断するには至らなかったものの相応のダメージを与えたのだろう。
赤リッチは立っていられなくなり尻餅をついた。
ビルが一撃で赤リッチを沈められないことを念頭に置いた次善の一手だ。
一撃必殺が無理なら追撃しやすいようにお膳立てしようって訳だな。
「ほう、考えおったのう」
シヅカもそれに気づいたようだ。
感心してうんうんと頷いている。
「相手が早いなら、まずは脚を潰しにかかりますか」
カーラが追随した。
「微妙ではないか?」
そこに疑問を呈したのはツバキである。
「微妙とは?」
面白そうな話だと笑みを浮かべながらシヅカが問いかけていた。
「あれは人の形をとってはいるが死せるものであろう」
「左様じゃな」
ツバキの返答に頷きつつシヅカが先を促した。
明確な答えではないからな。
シヅカにさらなる説明を求められたツバキは短く嘆息を漏らした。
考えれば分かりそうなものだがとか思っていそうである。
まあ、ツバキの一言は充分なヒントにはなっていたか。
赤リッチは変身したことによってリッチ然とした姿ではなくなっている。
そのことによって中身が人であるように錯覚しかねないほどに。
が、それは違うとカエデは言ったのだ。
あくまでも赤リッチはアンデッドであると。
その先は言わずとも分かるだろうとツバキはシヅカを見た。
「……………」
それでもシヅカは楽しげに笑みを残した視線を返すのみである。
沈黙の応酬が続くかと思われたが……
ツバキはあっさりと根負けした。
「あれがアンデッドであるならば人体構造をそのまま再現しているとは考えられぬ」
「ふむ」
シヅカは短く答えるのみである。
まだ満足しないらしい。
「スケルトンは腱も筋肉もない状態で動くだろう。
あれと同じ状態で関節を動かしていると考えるのが妥当だ」
そして少しは考えてくれと言いたげにツバキは再び嘆息した。
「なるほどのう」
シヅカは更に笑みを深くする。
「関節を潰したと思って油断すると痛い目を見そうじゃな」
そう言って、俺の方を見た。
「ビルはベテラン冒険者だ。
そこまで初心者じみたミスはしないだろうよ」
「なんじゃ、ビルに教えてはやらんのかえ?」
シヅカが意外そうな目を向けて聞いてきた。
「そこまでするつもりはないぞ。
仮にビルがヘマをしても、それはそれで勉強になるだろうさ」
「そういう腹づもりじゃったとはのう」
つまらんと言いたげにシヅカが口をへの字に曲げた。
「主の過保護ぶりが拝めるじゃろうと思うておったのに」
その言葉で楽しげにしていた理由が分かった。
「あのな……」
思わず嘆息が漏れてしまう。
防御結界を展開した上に注意喚起も逐一するというのはどうなのか。
それはもう過保護の範疇すら超えてはいないかと言いたくなった。
思った次の瞬間には──
「そもそも防御結界があるんだから活用しない方がおかしいだろう」
声に出してしまっていたけどね。
「おおっ、左様であったな」
俺の指摘を受けるまで忘れていたかのようにシヅカはポンと手を叩いて頷いた。
「おいおい……」
シヅカまで失念していたことに、ちょっとゲンナリさせられたさ。
だが、そのことにばかり気をとられている訳にもいかない。
その間にも新人3人組と赤リッチの攻防は繰り広げられていたからな。
「シャ───ッ! シャ───ッ! シャ────────ッ!」
すぐには立ち上がれない赤リッチが牽制するように威嚇する。
が、ベテラン冒険者であるビルやカエデには通じない。
赤リッチが足を使えないからこそチャンスなのだ。
敵が少々殺気立ったからと言ってなんだというのか。
そんなことより奴が立ち上がるまでに少しでも多くダメージを負わせておくべきである。
2人は互いに語らずとも、そう意思統一されていた。
「腕の方は任せたぜ」
「心得ました。
脚はそちらにお任せします」
ビルとカエデはそのやりとりで手早く役割を分担した。
2人で同じ部位を狙うのは窮屈になる。
ならば別々に効率よくってことなんだろう。
ビルがカエデに腕を任せたのは、それなりの理由がある。
カエデが使うライトブレードは小太刀をベースにしているからな。
少しでも高い位置にある部位を狙いやすくさせるためなのは言うまでもなかろう。
それならば頭部を狙った方がと思うかもしれないが、一撃で沈む相手ではない。
故に腕を狙わせるのだ。
何故、腕なのか。
それは赤リッチの攻撃手段を潰すためである。
奴は手刀以外の攻撃手段を使ってきたためしがないからな。
完全に潰せれば赤リッチは丸裸も同然となるだろう。
そこまで甘い話は何処にも転がってはないがね。
だが、それをやっておく意味も価値もある。
カエデもそれを分かっていたから即座に了承した訳だ。
防御結界については無視しているが、そこは意図的であろうがなかろうが関係ない。
それに頼り切らずに戦おうという気概を感じられた。
最終的には頼らざるを得ないが、そこを前提にしていない。
そういうのは歓迎すべきことだ。
赤リッチを倒した後に入ってくる経験値にも影響が出てくるからな。
新人3人組はそこまで計算しちゃいないだろうが、漠然と考えてはいるはずだ。
前向きに考えているなら問題はない。
俺が口出しするようなことは何もないだろう。
後はお手並み拝見と行くだけだ。
ザザシュッ
ズバッ
カエデとビルの攻撃がほぼ同時に決まった。
「ギシャ────────────────ッ!」
赤リッチが吠えた。
が、それはダメージを受けた悲鳴でも怒りの咆哮でもない。
そう見せかけた闇魔法の詠唱であった。
この期に及んで偽装してくるとは一筋縄ではいかないね。
一瞬の隙を突くぐらいの効果はあったようだ。
それにより魔法は2人の結界を叩く。
ダメージが届くことはない。
が、そんなことは赤リッチもよく分かっているはずだ。
故に使われた魔法は別の目的で放たれたものであった。
「くそったれー!」
「くっ」
ビルが悪態をつき、カエデが短く呻いた。
赤リッチの闇魔法で大きく押し退けられたのだ。
ダメージを入れることより距離をとることを優先したらしい。
2人は再び間合いへと入ろうとするが、そこは赤リッチが上手であった。
ダメージは入れられなくても押し退けるくらいのことはできる。
それを把握した上で俺が構築した防御結界の特性を利用するように魔法を使っていた。
読んでくれてありがとう。




