1702 広くても城内じゃ乗れないでしょ
「じゃあ、オセアンはどうなんだよ?」
ビルが不服そうに唇を尖らせて聞いてくる。
「グールの浄化を一手に引き受けただろ。
そっちで得た経験値が多かったからこその結果だよ」
「そういうことか」
トホホとなって沈むビルであった。
「何にせよ経験値をより多く得たかったら厳しい条件で魔物を倒すことだ」
「一撃必殺もそのひとつってことか」
沈んだテンションのままでビルが言う。
疑問ではなく己に対する確認のようなものだろう。
自己を肯定することで萎えた気持ちを少しでも回復させようというのだろう。
「ああ、そうだ。
それを連続させるというのも条件に当てはまるぞ」
「そうだったのか」
ビルの落ち込みも少しはマシになったようだ。
「アンデッドの場合は同時に浄化まで行うと更に上乗せされる」
こちらはボーナスポイントとして見た場合、増加率はさほどでもないんだけどね。
その分、浄化の経験値が大きいけど。
だからオセアンが急激にレベルアップしたのだ。
「なんにせよ、そういうことを可能にするのは修練に裏打ちされた実力があってこそだぞ」
「なるほどね」
ビルが神妙な面持ちで頷いた。
「単純な能力任せでは一撃で倒しきれないこともありそうだしな。
カエデの浄化だって身につけた技があったからこそだろうし」
「そういうものは厳しい修行を積むから可能になる。
能力が高いだけでどうにかできるものじゃないからな」
レベルアップしてから身につける方が楽ではあるが。
ここでそれを言ってしまうのはやぶ蛇になるだけだ。
「強さに下地があるってのは、そういうことか」
ビルの言葉にカエデが己の内で反復するように聞き入っている。
納得できたということなんだろう。
ならば、それで充分だ。
深い夢の中にいるオセアンもスリープメモライズの効果があるはず。
リアルタイムで反応を確認することはできないけれど、そこは仕方あるまい。
そもそもカエデの疑問を解消するための話だった訳だし。
カエデが納得すればノープロブレムである。
となると、オセアンのレベルについて言及する番が来たってことだな。
オセアンは復帰してくる様子はないが、さすがに時間切れだ。
今はまだ起こす訳にいかないしな。
特に待つことなく口頭でレベルを告げる。
猶予なら今までの話をしている間に充分あったはずだからな。
ちなみにレベルの逆転現象に何かを言ってくる者は誰もいなかった。
ビルは先に納得していたし。
カエデはそういうことで競争心を抱いたりはしないようだしな。
肝心のオセアンは復帰していないのでスリープメモライズの結果待ちである。
まあ、目覚めた後に何か言ってきても保留するけどな。
何時までも休憩している訳にはいかんし。
それとも強欲リッチを焦らして消耗させるかね。
面白そうではあるが、採用できない手段だな。
輸送機で待っている面子もいることだし。
てな訳で休憩は終了だ。
オセアンは眠らせたままだが、操り人形モードのままで同行させるので問題ない。
自動人形で慣れているから動きもスムーズだしな。
というより結構な距離がある。
歩く、ひたすら歩く。
進めども進めどもゴールである謁見の間は見えてこない。
城の規模が桁違いに大きいせいだ。
「街中のように城内が広いとかふざけてるよな」
思わずぼやいてしまった。
「仕方ありません」
カーラが落ち着いた様子で言ってきた。
「元はゲールウエザー王国に比肩しうる大国だったそうじゃないですか」
特に不満もないらしい。
「ゲールウエザーの王城はこんなに大きくないぞ」
「そうですね」
カーラに苦笑されてしまう。
「歴史やお国柄もあるのでしょう」
別の言い方をするなら増改築を繰り返した結果だと言えそうだ。
大国だった頃は権力基盤が安定していなかったのかもな。
国民に舐められないために城を大きくしていったとか、いかにもありそうな話である。
「旦那よ、運動不足なのではないか」
ツバキにはクックックと喉を鳴らして笑われてしまいましたよ。
「あるじー、狼モードになる? 乗ってくー?」
ツバキの発言にマリカが聞いてくる。
お仕事もらえそう、なオーラを発していた。
人化して尻尾を引っ込めているのに大いに振っているのが見えそうだ。
エア尻尾、恐るべし。
マリカがお手伝いしたくて仕方ないといった顔で俺を見てくる。
誘惑が割り増しされてしまった。
思わず頷いてしまいそうになってしまったさ。
「それはまた今度な」
どうにか我慢して答えたけどな。
「えーっ」
それだけに残念そうな顔をされると心が揺らぐ。
内心で踏ん張って堪えたけどね。
「別に疲れた訳じゃないんだ」
「そうなんだー」
一応は納得するが、やはり残念そうである。
「それに、俺1人だけ乗っていくのは不公平だろ。
ここで皆が乗れるくらい大きくなるのは難しいしな」
廊下はそこまで広い訳じゃないのだ。
城を破壊しながら進む訳にもいかないだろう。
「そっかー、ざんねんー」
マリカは今度こそ納得してくれた。
ちょっとホッとする。
ショボーンとされたままだと俺の罪悪感ゲージがレッドゾーンに突入しかねないからな。
とりあえずマリカは納得してくれた。
とはいえ、まだツバキが残っているのを忘れてはいけない。
「旦那よ、では何が不満だと言うのだ?」
ちゃんと説明しないと納得してくれそうにない。
「留守番組を待たせているだろう」
パワーレベリングを優先させたから時間がかかっている。
俺たちは目の前で見ていたから手出しはしなくても退屈とは縁遠かったが。
待たされる側は特にすることがないから焦れているはずなんだよな。
「特にスマホを持っていない面子は何が起きているか状況を知り得ないだろ?」
トラブルの解決のために先行しているとしか聞かされていない面々が大半だし。
唯一、状況を把握しているはずのサリュースにしても現状は分からない。
むしろ、だからこそ焦りが募るとも言えるか。
ひょっとすると胃の痛い思いをしているかもしれないな。
あの女王様でもさすがになんて考えてしまうのだ。
一方で『ないない、それはない』と心の中で否定している自分もいる。
メンタルは俺なんかより確実に強いのだし。
それでも人の子であると考えると断言もできない訳で。
胃に穴が開くほどではないにしてもストレスを抱えてはいそうな気がする。
それを考えると申し訳ないと同時に焦りを感じてしまうのだ。
「ふむ、それは確かに」
細々したことは言わなくてもツバキは納得してくれたようだ。
「ならば走って行くか?」
「ラスボス相手に息を切らして戦わせるのはなぁ」
「おや、旦那が始末を付けるのではないのか?」
「それなら俺だけで行ってくる方が手っ取り早いだろ」
「クックック、言えておるなぁ。
旦那が1人でササッと行ってサクッと終わらせるか」
ツバキは楽しげに笑っていた。
もはや遠足気分である。
いや、俺だけが行くなら遠足ではないか。
物見遊山でもないし。
高みの見物は中継すればそうかもしれないが、そこまでするくらいなら同行させるさ。
防御に不安のある面子には結界魔法を使っておけばいいんだし。
中継映像を送る方が手間がかかる。
カメラ役の自動人形を制御したり防御させたりしないといけないからな。
それはともかくツバキの中では終わったも同然なんだろう。
生憎と強欲リッチを倒しただけでは終わらないんだが。
むしろ、その後に俺の仕事が待っているのだ。
ツバキはそこまで考えてくれているのかねえ?
ちょっと怪しいところじゃなかろうか。
なんにせよ仕事はあるのだ。
その気になれば今からでも移動と並行して実行することも不可能ではない。
ただ、それをすると強欲リッチを倒した後には不要となる処理もしなきゃならんのでね。
読んでくれてありがとう。




