1693 オセアンが奮闘する後ろで
オセアンが張り切っていた。
「悪しき邪念にとらわれし者どもよっ、神の名において──」
浄化の魔法をバンバン使ってな。
ちなみに今のは呪文ではない。
ゾンビどもに対して見得を切っただけである。
オッサンの割に厨二病を罹患しているっぽいところがあるよな。
人のことを言えたギリはないんだろうけどさ。
「なあ、賢者様」
呆れ顔でオセアンを見ながらビルが声をかけてきた。
「どうした、ビル?」
「悪しき邪念って何かおかしな言い回しじゃないか?」
「重複しているな」
厳格な国語教師とかだと怒りながら指摘してきそうだ。
そうでなくてもビルのように違和感を感じる者は多かろう。
ボーッと聞いているとスルーしてしまうとは思うが。
「だろ?」
呆れ顔に困惑を乗せて確認するように短く問うてくるビルだ。
「そうは言うが、変と言い切るのもどうかと思うぞ」
「えーっ?」
今度は理解不能だとばかりに驚きの声を上げる。
「強調しているとも受け取れるからな」
「そんなものかね」
呆れ顔はそのままにビルは嘆息を漏らした。
「大事なことだから2回言いました的な感じだ」
できればオセアンには同じ言葉で言ってほしかったがね。
「何だそりゃ?」
怪訝な表情でビルは首をかしげた。
ミズホ国では普通に通じる話が理解されなかったのは些かショックである。
だが、まあ仕方あるまい。
ビルも本当の意味でミズホ国に馴染んだとは、まだまだ言えないからな。
「敵が邪悪であることを強調することで己を奮い立たせようとしているんじゃないか」
「ふーん」
ビルは分かったような分からないような微妙な返事をする。
それでも一応は納得したことにしたらしい。
「それは、いいとしてもだ」
話を切り替えようとしてくる。
「まだ何かあるのか?」
「さっきからカエデは何もできずにいるぞ」
「だな」
オセアンが張り切っているためにゾンビどもが片っ端から浄化されているのだ。
接近されれば出番も来るだろうがオセアンが前に出ているからなぁ。
クッションのように展開した結界で守られているのでゾンビでは簡単には近寄れない。
一応は動きが徐々に抑えられる感じで接近はしてくるんだけどね。
そのため動きの襲いゾンビだと目の前に来るまでに浄化されてしまうのだ。
グールならたどり着ける程度ではあるが。
こうしておかないとこちらの物理攻撃が届かなくなるからな。
オセアンは浄化一辺倒で物理攻撃手段を使わないんだけど。
それにしたってグールの攻撃も跳ね返すから無意味ではない。
「いいのかよ?」
「あの状態を見れば分かるだろ」
「ん? 見れば分かるって何がさ?」
「長続きする訳がない」
「あー、魔力切れするか」
なるほどと納得するビル。
「オセアンが消耗するまで待ってから交代させる訳だな」
「そゆこと」
だからカエデも黙って後ろで控えているのだ。
「その方がいいかもな」
ビルがうんうんと頷いた。
「後ろで控えている間に休憩できるのは悪くない」
「……………」
カエデも無言で頷いている。
「だけどよぉ、素直に交代するつもりあんのかね?」
不安そうな面持ちでオセアンを見ながらビルが疑問を口にした。
「今の状態じゃ無理だろうな」
たぶんだけど、ぶっ倒れるまで浄化し続けるんじゃないかと思う。
「おいおい、どうすんだよぉ」
「別にどうもしないが?」
「はあっ!? オセアンがぶっ倒れちまうだろうが?」
「入れ込み過ぎなら無理に止めるより止まるまで放っておく方が楽だぞ」
「えー……」
ビルがジト目で俺の方を見てくる。
「それ、絶対にダメなパターンに陥るだろう」
「これくらいの失敗はさせておいた方が頭は冷えるし教訓にもなる」
「鬼だな」
「そうか?
言葉で言って受け入れるならいくらでも止めたぞ」
俺がそう言うと──
「あー、それもそうだな」
ビルは諦観を感じさせる顔で上を仰ぎ見た。
悲哀を感じさせる遠い目をしているのは現実逃避をしたいがためだろう。
その様は、まるで上下から板挟みにあっている中間管理職のようであった。
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オセアンが肩で息をし始めている。
浄化の連続で魔力を消費し続けた結果だ。
ゾンビ相手なので一気に消耗するということはないのだが。
マラソン感覚とでも言えばいいだろうか。
全力疾走的な高出力放出ではないのでロスも少ないので持続はさせやすい。
だが、常に詠唱を続けねばならぬ状況は体力も消耗する訳で。
魔力より先に体力切れで力尽きる恐れが出てきていた。
まあ、神殿暮らしで僧兵でもなかったからな。
体力面に不安を抱えているのは端から分かっていたことだ。
現状は少しでも気を緩めると集中を乱してしまうような段階に入っている。
遠からず浄化ができなくなるだろう。
ただ、今のところは集中を絶やすような気配もなく頑張っている。
一心不乱に襲いかかるゾンビどもに立ち向かっていた。
最初にうだうだ言っていたのは何だったのかと言いたくなるほどの気合いの入りようだ。
とはいえ時間の問題なのは火を見るよりも明らかであった。
何処でオセアンが止まってしまうかを注視しておく必要があるのは間違いない。
体力切れで集中を乱すか。
それとも魔力切れで魔法が使えなくなるか。
いずれにせよギリギリまで踏ん張るつもりであろう。
鬼気迫ると言えそうなほどの表情はずっと変わらぬままだしな。
俺がそんな風に考えている中で──
「そろそろでしょうか」
カエデが俺やビルの半歩前に出て先んじる意思を見せた。
オセアンの真後ろでいつでも交代できるとばかりに控えようとしている。
普通なら悪くないタイミングだろう。
ただし、入れ込みすぎなオセアンの現状からするとベストではない。
強制的に交代させることはできるだろう。
が、ビルにも言ったようにそのつもりはない。
オセアンが交代の2文字を微塵も考慮している様子が見られないからな。
ここで無理に交代させても入れ込みすぎな状態はキャンセルされまい。
それでは同じことを繰り返すだけである。
結局は何処かのタイミングでぶっ倒れるだろう。
上手くコントロールすれば最後まで倒れさせずに今の状態を維持できるかもしれないが。
オセアンには今回のことを教訓にしてもらいたいので、それはなしの方向で。
「まだだな」
俺は有無を言わせぬ重さを込めてカエデに返事をした。
「本当に良いのですか?」
怪訝な表情をしたカエデが振り返ってくる。
そう言いたくなる気持ちも分からなくはない。
ここでオセアンが倒れれば足手まといになると言いたいのだろう。
「ああ」
方針を変えるつもりなどない俺はカエデの目を見返しながら頷いた。
対するカエデは、わずかにではあるが目を見張る。
揺るがない意思を感じ取ったが故か。
「……………」
無言で次の言葉を待っているようだ。
ビルとの会話を聞いていたはずなんだがな。
俺が方針転換するとでも考えたのだろうか。
それとも本気ではないと思っていたのか。
「さっきも言ったが方針は変えない。
オセアンが音を上げるか、ぶっ倒れるまで放っておく」
「それではオセアンが動けなくなってしまいますが」
カエデが困惑の表情を見せた。
やはり継戦能力が低下することを危惧しているようだ。
まあ、効率面で考えると下がらせた方がいいのは分かる。
問題はオセアンの感情を無視している点だろう。
あまり効率を重視すると、いざという時に命令無視なんてことも考えられるんだが。
今までソロでやってきたカエデはそこまで思い至らないのも仕方ないのか。
全体のことを考えているようでいて個々人の内面までは見ていない。
人は他人とは違う個性を持っている。
考えが違って当たり前。
そこを見落とすようでは、誰かと剣を交える時に痛い目を見る日が来るかもな。
読んでくれてありがとう。




