165 シヅカと夜の森へ
改訂版です。
ブックマークと評価よろしくお願いします。
「これだけでは判断できかねるな」
「なら少数ロットをサンプル購入してみるか?」
「構わぬか?」
「もちろん」
「では全種類を金貨百枚で買えるだけ」
日本円なら8桁の大台なんだが本気か?
「随分と買い込むんだな」
「何じゃと?」
この様子だと互いの中にある紙の価格が大幅に乖離していそうだ。
「金貨十枚でも、この部屋に詰め込んであまりあるほど買えるぞ」
「なっ!?」
やはりな。
「サンプルなら百枚ずつもあれば足りるだろ?」
「うむ。して、いくらになる」
「大銀貨1枚にしておこうか」
「おいっ、いくら何でも安すぎるだろう」
「むしろ高すぎるくらいなんだが?」
1万円相当だから本来ならばペンを大量に付けてもおつりがジャラジャラ出てしまう。
「冗談では済まされんのじゃぞ」
「俺としては互いの価値観の間を取ったつもりなんだがな」
「ならば、せめて釣りが少なくなる程度に数を調整してくれんか」
「それよりも別の名目にしてしまおう」
「む?」
ガンフォールが怪訝な表情になる。
「今回の売買は技術交流の先駆けとして契約したということにしよう」
「んん?」
更に怪訝な色を深くするガンフォール。
「これから先も売買を継続しつつ技術交流もするという意思表示の契約にするってことだよ」
一瞬、呆気にとられた表情をのぞかせたガンフォールであったが……
「約定のための売買だから金額の多寡は無視できるということか」
ゲールウェザー王国への牽制材料になることを察してくれたようだ。
「そういうことだ」
「フン、連中に探りを入れられても引っかき回せそうじゃな」
勘繰る輩であればあるほど大いに頭を悩ませることだろう。
結論も想像がつく。
理解不能な金額での契約は信頼関係が根強いものだからこそ、とね。
更に裏を読もうとするなら思うつぼである。
この大銀貨1枚は金貨百枚よりも価値が出そうだ。
「ついでだからミズホ紙とザラ紙は技術交流の材料にしようか」
「何じゃとっ!? そんな簡単に製造法を漏らすのかっ」
「普通紙は残してるだろ」
ザラ紙をマスターすれば普通紙も試行錯誤して作れるようになるとは思うが気にしない。
「それに紙はもっと出回ってほしいからな」
品質や価格で競うようになれば世間に紙が広まるスピードが加速するはずだ。
「ふむ、分かった」
後はペンだけでなく娯楽関係についても聞かれたが、幾つか紹介したところで夕食の時間となった。
夕食後は話の続きをせず部屋へと戻る。
ガンフォールにも考えを整理する時間が必要だろう。
「また明日な」
「うむ」
部屋へ戻る途中でエリスと将棋を指しているハマーを見かけた。
そういえば接待役を仰せつかっていたか。
「熱心だな」
俺がそう言うと案内役を仰せつかっているボルトが苦笑した。
「それはもう」
「将棋盤はレプリカのようだが」
「あんな一瞬で分かるんですか!?」
広間のようなサロンを通り過ぎた際にチラ見しただけなので驚くのも無理はない。
「駒を指した時の音が違うからな」
「はあ、なるほど」
「腕を上げたようだな」
「えっ?」
今度こそ訳が分からないという顔をするボルト。
「駒を指す音に迷いがない」
「そういうものですか?」
「ああ」
そのハマーを相手に楽しげに将棋を指すエリスもなかなかの強者なんだろう。
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ボルトとは部屋の前で分かれて引きこもる。
まあ、今夜中にしておきたいことがあるから結界とか身代わりの自動人形の準備を済ませた。
まずは放っていた斥候用の自動人形でお姫様の動きを確認する。
確かにこっちに向かっているようだ。
今は街で休んでいるけどね。
面子は基本的に前と同じで、それに魔法使いらしき女性数名が加わっている。
1人だけ服装が神官っぽいが残りは宮廷魔導師だろう。
一見すると焼け石に水のような戦力増強だが魔導師の殲滅力を考慮すれば決してそんなことはないはずだ。
神官もいるなら俺が心配するだけ無駄だったか。
それでも到着するまで自動人形での監視は続けるけどね。
この様子だと明後日には到着する感じかな。
ならば明日はノエルたちの様子を見に行くのもありだろう。
ついでに軽く西方のダンジョンを覗いてくるか。
「主よ、このようなものを出して何をするつもりなのじゃ」
このようなものとは自動人形のことであるのは言うまでもあるまい。
俺が考え込んでいる間も待っていたシヅカであったが痺れを切らしたようだ。
「抜け出して秘密の散歩に出かけるんだよ」
「そのための身代わりにすると?」
「ああ」
「何処へ行くつもりじゃ」
「ちょっと大森林地帯まで」
「なんじゃと? 散歩で往復できるような距離ではなかろう」
「目的の場所に行くのは一瞬だ」
「一瞬じゃと?」
訳が分からんとばかりに首を捻っているが、それについてはスルーさせてもらう。
「とにかくシヅカには向こうで競ってもらう」
「ほう、森の奥深くで魔物とでも戦うのかえ」
「そうじゃない。人捜しをしてもらうつもりだ」
「意味が分からぬ。競うのであろう?」
「競争相手がいた方が緊張感を保てるだろ」
「ふむ、そういうことか」
シヅカがツバキやハリーに目を向けた。
2人は高速で頭を振って自分たちでは相手にならないとアピールする。
「ならば姿を消しているローズなる者か」
「くくぅくぅ」
違うよーん、と実体化して否定するローズ。
「現地で召喚するつもりだ」
「なんじゃ、妾の早とちりであったか」
この様子だと戦力外通告的に受け取ってショックを受けたりということはなさそうだ。
「とにかく大森林地帯へ向かうのであろう。妾の手助けが必要ならいつでも言うのじゃ」
シヅカはイタズラ好きの子供のような目で俺のことを見てくる。
「抜け出すのに手間はかからんよ。移動するのは一瞬だと言っただろう」
「なんじゃ、つまらん」
面白くないとばかりに拗ねるシヅカ。
もしかしてスパイ映画的なことをするのかと期待していたのか?
その言動から察するに密かに潜入脱出するのは苦手ではないようだ。
龍は大きな力を持つ反面、もっと大雑把なのかと思っていたがそうでもないらしい。
「それから俺とシヅカだけで行く」
「ほうほう、それは逢い引きというやつではないか」
そこに食いつくのか。
夜の森の中で人気もないから、そんな想像が働くのも無理からぬことではあるけどさ。
「あのなぁ、人捜しと言っただろう」
そこんところを忘れられると困るんだが。
「それくらい理解しておるのじゃ」
ジト目で見てやると、また拗ねた。
まるで子供である。
いや、封印期間が長かったことを考えると精神面が未発達で子供そのものなんだろう。
見た目は大人で心は子供か?
迂闊に子供扱いすると厄介なことになりそうだ。
「行くの中止にするか」
中止という単語にシヅカは過敏に反応した。
「行く行く行くのじゃ─────!」
疲れるわ。
ハリーには同情的な視線を送られてしまった。
ツバキはなんかソワソワしてるけど、ちょっと分からんな。
「後は任せる。日付が変わる前には戻るつもりだ」
三者三様の返事を聞いてから俺は転送魔法を使った。
明るい部屋から一瞬で暗がりに移動する。
瞬間的に光量が激減したから普通は何も見通せなくても不思議ではないのだが。
「おおっ、何処じゃここは。人気のない集落のようじゃが」
ローズとタメを張るレベルだけあって完全に周囲の状況を認識できている。
「ここはうちの国民の一部が昔住んでいた集落だ」
「ほほう。本当に一瞬で移動したんじゃのう」
「転送魔法を使ったからな」
「さすがは我が主。そのような魔法まで使いこなすか」
そう言いながらキョロキョロと周囲を見渡している。
「この様子では失踪したようじゃな」
まだ何も説明していないんだが、周囲の状況から察したらしい。
争った後はないにもかかわらず長年放置されていたとしか思えない廃れっぷりだ。
「なるほどのう。それで人捜しなんじゃな」
「そうだ」
「残留思念もほとんど残っておらぬし無理難題じゃのう」
「見つかればラッキーだろうな」
何が何でもというスタンスで捜索する訳じゃないんだよね。
とりあえず召喚魔法をサクッと使う。
風を纏って現れたそれは灰色の毛並みを持つ狼であった。
「む、狼を呼び寄せたか。にしては大きいのう」
地球で言えば超大型犬のグレート・デンと同じくらいか。
大人でも普通に乗れそうだ。
俺らの前で大人しくお座りしているけど、顔が厳ついから一般人だと触れるだけでも覚悟がいるかもな。
「それに妖しい気配を持っておる。妖怪の類いか」
「こっちじゃ妖精に近い存在だ」
「ほう」
「フェンリルあるいは氷狼と呼ばれる存在だ」
「ふむ、氷狼というだけあってちと冷たいのじゃ」
そう言いながらさり気なくモフってる。
モフリストだったとはね。
「暑いのは苦手にしているから、それくらいにしておいてやれ」
「それは残念じゃ」
すぐに離れるあたり末期患者ではなさそうだ。
「して、此奴と人捜しを競うのじゃな」
「御明察」
フフンと鼻を鳴らして胸を張るシヅカだが和装だと胸部装甲はあまり強調されない。
「無理ではないかえ。辿れるほどの匂いは残っておらんじゃろう」
「それは残留思念とて同じだろう?」
「む? 条件は同じと言いたいようじゃな」
「そういうこと」
「面白いではないか。受けて立つぞ氷狼よ」
フハハハと高笑いするシヅカに対してフェンリルはちょっと迷惑そうだ。
人にとっては肌寒く感じる春の夜も、こいつには快適とは言い難いのだろう。
「これをやる。悪いが少しだけ付き合ってくれ」
氷属性の魔法でかき氷を山盛りで目の前に出すと喜んでガッツ食い。
一口でバスケットボールくらいの量が消えていき、あっと言う間に食べ終わっていた。
「では、ここの住人を捜してもらうぞ。制限時間は2時間だ」
読んでくれてありがとう。




