157 胸を張って生きろ
改訂版です。
ブックマークと評価よろしくお願いします。
重い話になんとも言えない空気が漂う。
「辛い思いをしたのじゃな」
「私などは全然です」
自嘲気味な笑みを浮かべて頭を振るエリスの雰囲気は今までに見たことのないものであり過去を引きずっているのは明白。
「故人を偲ぶのと縋り付くのは別だと思うがな」
逆鱗に触れたらしく大きく見開いた瞳に殺気が乗っていてもおかしくないほどの激情を乗せるエリス。
まあ、俺が空気を読んでないと言われればそれまでだが。
「友達は矜持を持って最期の決断をしたんだろ」
黙って俺の話を聞くだけの冷静さは残しているようだ。
「友達だって言うなら互いの人生を重ねるな」
生と死は隣り合わせだが、交わることだけはない。
友人は死を選んだがエリスは生きている。
「それは悔いを残さないために死を選んだ友人に対する冒涜だ」
「なっ」
エリスがたじろぐ。
「生を選んだのなら死を選んだ人間を模倣するなよ」
どちらが正しいとかの話ではない。
友人は己の矜持と向き合い継続を選んで人生を後悔し続けるよりはと死を選んだ。
それは友人にとっての正しき道であり生き続けようとする者の答えではない。
今のエリスは過去のすべてを捨ててきたことで死んだつもりになっているだけだ。
友人の死を模倣することで並び立とうとしているのか。
「終焉を見続けていては生きているとは言えんよ」
エリスは生者である。
死んだ友人に並ぼうとしても悔いを背負った抜け殻にしかなれない。
未来を捨てたも同然だ。
いかに苦労し経験を積もうとも夢も希望もないままでは中途半端な余生しか送れまい。
それでは本当に生きているとはいえないだろう。
「夢や希望がないから死に場所を探すのか?」
この一言でエリスの顔から血色が失われた。
「それで友人に胸を張れるのか?」
青ざめた顔で唇を震わせている。
「生きるというなら抜け殻になろうとするな。友人に胸を張れる生き方をしろ」
沈黙が訪れた。
冒険者ギルドでは見せたことのない表情でエリスは唇を噛みしめている。
「相変わらず辛辣じゃな、ハルトは」
ガンフォールが苦笑している。
人生経験が長いとエリスがどういう結論を出すのかも分かってしまうのだろう。
「これが俺だからな」
自分のメンタルが弱いくせに偉そうだとは思うけど。
「ちなみに当然気付いておるよな」
「当たり前だろ」
ハマーが俺たちのやり取りを見て怪訝な表情をする。
こういう心がささくれ立ったときに来るとは不幸な連中である。
「向こうの林の中に弓を持ったのが5人、手持ち武器のが8人だな」
「そこまで分かるか、さすがじゃな」
「なっ!?」
呆れたように笑うガンフォールに対してハマーは呆然としている。
いや、すぐに動けるよう腰を落とそうとする気配を見せた。
「やめとけ。警戒されるだけだ」
「しかし弓の射程距離だろう」
「俺がいるのに矢が当たるとでも?」
俺が聞くと何かを諦めたような表情で視線を逸らされた。
「それで、どうするんじゃ」
ガンフォールが俺の方針を聞いてくる。
拡張現実で確認したが全員に[強盗殺人]のアイコンが表示されてるんだよな。
「死んで罪なき犠牲者たちに詫びてもらうとしよう」
「その位置から鑑定できるのか」
「まあね」
「その割にはのんびりしているではないか」
ハマーが思わずといった感じでツッコミを入れてくる。
「仕掛けてくるまで待って前衛を引きつける」
「合理的じゃな」
「弓を持った連中はどうするんだ」
「先制させたら魔法で眠らせるさ」
凶悪犯には死ぬ前に相応の恐怖を味わってもらわないとね。
「魔法を使うのなら眠らせるのではなく仕留めればいいではないか」
「派手な魔法を使えば前衛が異変に気付くだろうが」
「くっ」
「フハハ、さすがじゃな」
あれこれとしぶとかったハマーに対しガンフォールは余裕がある。
伊達に年を食っていない。
「そろそろ仕掛けてくるぞ」
程なくして矢が射掛けられた。
「「「「「うおおぉぉぉっ!」」」」」
ほぼ同時に野太い叫び声が聞こえてくる。
林から飛び出してきた前衛集団によるものだ。
お世辞にも足が速いとはいえない。
「なんじゃあの鈍ガメどもは」
「驚かせれば体が硬直して矢に当たりやすくなるとか考えてるんだろうな」
「相手の力量も見極めずじゃと?」
呆れた様子を隠そうともせずガンフォールは嘆息する。
「ああ。最初の矢が届くまで待てば相手が手練れか見極められたのにな」
そこから襲撃するか撤退するか判断しても良かったのだ。
飛んできた矢は風魔法で失速させてすべて落とす。
突っ込んでくる連中が近づくまで数回は射掛けられたけど全部落下させてやった。
ああ、弓の連中は呆然としているね。
『ローズさんや』
『くうっくーくぅ』
任せなさーいって、俺はまだ何も言ってないよ。
霊体化したまま飛んで行っちゃいましたよ。
こういうときに何もさせないでいるのは後でごねるかと思ったから声を掛けたけど正解だったかな。
さて、こっちの相手なんだが。
「おりゃあっ、死ねぇいっ!」
問答無用で殺して後で物色のスタイルですか。
「ひゃっほーい、女は殺すなよぉ」
ああ、下種野郎どもだ。
拡張現実の表示でも色々ついているから分かっていたけどさ。
声を聞いて実感すると心の中が冷え込むよね。
「そういう連中にはまず恐怖を味わってもらおうか」
ということで空間魔法を多重起動する。
「フォルトスラッシュ」
別に魔法名を言う必要はないのだけど、ちょっとした演出かな。
ちなみにフォルトスラッシュは任意の空間に断層を起こして切り裂く魔法だ。
形あるものはすべて綺麗にスッパリと切断される。
「うわっ!」
「け、剣がっ!」
「俺の槍!」
「ひいっ」
なんて声が聞こえてくることからも分かるが、狙ったのは連中の武器である。
使い物にならぬようにしてやると体格のいいオッサンが腰を抜かしそうになっていた。
「ばばば化け物ぉ─────っ!!」
脱兎のごとく逃げに転じる。
「お、お頭っ」
「頭が逃げた!」
「逃げろっ」
おいおい、強盗殺人の他にも色々やらかしてる盗賊の頭がアレか。
追いつくだけで、みっともなく命乞いまでしそうだ。
あそこまで情けない連中だと死んだ者たちも呆れているんじゃないかね。
自分たちの時は懇願しても無慈悲に聞き入れなかったのにと。
『くーくくっ』
準備完了ですか、そうですか。
さすがは我が相棒。
『くっくっくぅくくっくー』
地獄への案内よろしくー、だってさ。
もちろん1人も逃がしはしない。
林の中で倒れている仲間の所へ辿り着くまで待つ。
林の中に入れば逃げ切れるとでも思っているのか徐々に減速し始めている。
背中から安堵する様子すらうかがえた。
生憎と【魔導の神髄】スキルがあるから余裕で射程圏内なんだよ。
「なっ、なんで倒れているんだ!?」
「死んでるっ」
「バカな!?」
死体かどうかの確認もせずパニックに陥る悪党ども。
「ファントムミスト」
盗賊全員が濃い霧に覆われた。
「霧か。どういう魔法なんじゃ?」
ファントムミストは一見するとただの霧にしか見えないからな。
「闇属性の召喚魔法だよ」
「何を召喚するんじゃ。あの霧だけということはあるまい」
「霧の中にいる者に恨みを抱く霊魂だよ」
「召喚するとどうなるのじゃ」
「憎む相手に取り憑いて精神にダメージを与える」
「恨みが強ければ強いほど酷いことになりそうじゃな」
「ああ、あの連中に相応しい攻撃方法だろ」
「じゃが拘束しておらんのでは逃げられぬか」
中の様子がうかがえないからこその疑問だろう。
あの霧は視界だけでなく音声すらも遮ってしまうからな。
「途中で脱出できるのは取り憑かれていない者だけだ」
「罪に相応しい罰が与えられそうじゃな」
まず耐えきれないだろう。
「えらく持続時間の長い魔法じゃな」
「それだけ恨みが強いんだろうな」
「えげつない魔法を使うのう」
なんとも言えない困ったような表情になるガンフォール。
ハマーは無言でドン引きしている。
「そうか? 恨みが軽ければ大してダメージにならん魔法だが」
「言いおるわ。助かる見込みなど微塵もないじゃろうに」
そこから待つことしばし。
ようやく霧が晴れていった。
この魔法の欠点は恨みが強いほど時間がかかることだな。
「終わったようじゃぞ」
「どれ、確かめてくるとしよう」
ハマーが現場に向かおうとするが。
「生存者はゼロだ」
「だろうな」
「全員苦悶の表情を浮かべているから見に行くなら覚悟が必要だぞ」
俺の言葉にハマーは歩みを止めてしまう。
「死体の始末はどうするんじゃ」
聞いてきたのはガンフォールだった。
「ベリアル」
返事の代わりに魔法を使うと盗賊たちが地面に沈んでいき、やがて見えなくなった。
「なんじゃ、どうなった?」
「土葬する魔法を使ったんだよ」
「手間いらずじゃな」
「ああ。土の中で完全分解されるし光魔法の効果もあるから悪霊化してアンデッドになるのも防ぐぞ」
ゴーストなんかになられても厄介だしな。
あの連中じゃ、どう足掻いても上位アンデッドになるのは無理だろうけど。
「そろそろ行こうぜ」
「待て待て。動けぬ者がおるぞ」
「ん? ああ」
ガンフォールの指摘に目を向ければエリスが力なく乾いた笑いを漏らしていた。
読んでくれてありがとう。




