154 実は凄い人でした
改訂版です。
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「証人だって?」
ケニーは衛兵の職を失いかねないからダメだと言ったんだが。
いや、違うな。
むしろ予言を聞いていなかったケニーより最適と言える人物がいる。
「行ってくれるか」
「はい、もちろんです」
ゴードンの問いに満面の笑みで即答する受付のお姉さん。
そういや彼女も予言を聞いていたな。
問題なのは緊張感が感じられないことだ。
「大丈夫なのか」
本人にではなくゴードンに聞く。
「仕事ができるのはお前も知っているだろう」
だが、今回の話は仕事ができればいいってものでもない。
王族を相手にしなきゃならんからな。
お姫様を前にした途端に緊張してまともに喋れませんでしたなんてことになったら……
それはないか。
このお姉さんなら、むしろ普通に与えられた仕事としてこなしそうな気がする。
思い返してみればゴードンやケニーが土下座したときも慌てた様子を見せなかったし。
それどころか今みたいにニコニコでウキウキした雰囲気を放っていたくらいだ。
本当に受付嬢なのかと聞きたくなってしまうほどである。
だから余計に不安になるんだが。
シリアスな状況に似合わない今のような雰囲気で説明されても説得力に欠けるだろうし。
つかみ所のなさは、うちのダニエラを思わせてくれる。
これが世を忍ぶ仮の姿として演じているというのならば大した役者だ。
隠密な同心とか暴れん坊な将軍とか時代劇なんかでよく見るお忍びパターンなのに誰も気付いていない訳だからね。
もしそうだとするとギルド長より上の役職なのは間違いあるまい。
まさかなぁ……
ただ、俺はお姉さんのことは何も知らないに等しい。
俺が知っているのは見た目と、この街の冒険者ギルドの受付嬢ってことだけ。
ブルネットの髪と銀色の瞳を持つお嬢さん。
可愛い系は卒業して美人系に移行しつつある感じだ。
背丈は俺よりやや低い程度で、年齢は20過ぎくらいに見える。
他には見事に情報がない。
名前すら知らないんだから。
「それでは、よろしくということで」
「はい、よろしくお願いします」
「ところで、ひとつ聞きたいんだけど」
「何でしょうか?」
「名前は何というのかな」
一瞬、目を丸くしたお姉さん。
「言ってませんでしたか」
「聞いた覚えはないね」
「これは失礼いたしました。私、エリス・フェアと申します」
「エリスね」
どこかで聞いたような名前だ。
そういやお姫様ってクリス様って呼ばれてたよな。
本名はクリスティーナだけど。
エリスにクリス、よく似ている。
「覚えておくよ」
ふと馬鹿げたことを考えてしまった。
エリスお姉さん、王族説。
いくら何でもそれはないだろう。
何か理由があって隠遁生活を送っているにしてもギルドの受付嬢に扮する必要はないはずだ。
まあ、万が一ってこともあるから鑑定しておこうかな。
今まではギルド職員だから身元も確かだろうとスルーしていた。
面倒だったというのもあるけど正体不明じゃさすがにね。
さあ【天眼・鑑定】スキルでレッツ鑑定。
[エリス・フェア(偽)/人間種・ヒューマン/冒険者ギルド職員(他)/女/26才/レベル45]
偽名とはね。
おまけにジョブが複数とか怪しすぎる。
深く掘り下げてみないといけないだろう。
まずは残りのジョブを見て世を忍んでいるのかを確かめないとな。
[冒険者ギルド・ゲールウエザー本部長]
どうりでゴードンより偉く見えた訳だ。
筋肉タヌキめ、知ってたな。
だが、もうひとつジョブがあるぞ。
[元第1王女]
シャレにならんわ!
まさかのジョーク仮説がほぼ正解だったとか笑うに笑えない。
とはいえこの肩書きはギルド本部長に成り上がるためには何の役にも立たなかったはず。
冒険者ギルドは国の干渉を嫌うって話だからな。
実力で成り上がったのは間違いあるまい。
思いの外レベルが高いし、スキルも【格闘】に【二刀流】なんて戦闘向きのと【交渉】を持ってるし。
濃密な時間を過ごしてきたのは火を見るより明らかだ。
「どうかなさいましたか?」
「いや、何でもない」
何でもなくはないが、ここでぶっちゃけることでもない。
最後のジョブについてはゴードンも知らないだろうし。
念のために本名も見ておこう。
[エリスティーヌ・ゲールウエザー(元)]
……ジョブが元王女になる訳だ。
本名のはずが(元)なんて引っ付くあたり自分で名を捨てたとしか思えないからな。
何があったか真相は本人のみぞ知るってところだが。
にしてもクリスお嬢さんの姉とはね。
髪の色は黒と褐色で異なるが瞳の色は銀で同じ。
面立ちだって似ている。
性格もな。
天然っぽいのに締めるところは締めるところとか。
とりあえず仕事をしてくれるなら問題ない。
そういう意味ではピンチじゃなかろうかと思うのだけど。
余裕の笑みを浮かべてますが妹に再会するって大丈夫なのかね。
だが、本人が拒否しないんじゃどうしようもない。
ガンフォールも何か言いたげにしているところを見ると【鑑定】スキルを使ったな。
自分の国に連れて行くのだから当然か。
その割に口を挟もうとしない。
ならば俺も腹をくくるとしよう。
「さっそくで悪いが支度してくれるか」
「おいおい、今すぐだってのか」
エリスが返事をする前にゴードンがクレームをつけてきた。
ダンジョンが深化した現状だと忙しいのは分かる。
エリスが案内後も残ったのは繁忙期ではない証拠だ、とは言わないさ。
受付に来る人の流れが常に一定なんてことがあるはずもないからな。
役所でも経験がある。
しかも部署によって繁忙期が変わるから暇な所から助っ人を呼べばいいとかクレームをつけられやすいんだよな。
役所の業務は幅広い上にどれも専門性が高いため同じ課に所属していても班が違うだけで対応できないことなど珍しくもないのに。
しかも短い期間にあれやこれやと変更があるため異動で出戻りしてきても即応できなかったりする。
外からでは分からないことがあるのは、どの業界でも同じはずだ。
「そうさ」
故に下手な反論などするつもりはない。
切って捨てるだけである。
押し通らねばならない事情があるからこそ、ここに来ているのだ。
対策が進まない状態で飢饉が発生すれば犠牲者がどれだけ増えるか見当もつかない。
「立場的に引き継ぎなんて必要ないだろ」
本部長様のお忍びが事実なら引き継ぎの必要な仕事はしていないはずと踏んで言ってみた。
「うっ」
ゴードンの頬が引きつっているということは図星だったのだろう。
こういうところはタヌキになりきれないんだよな。
「どうやら思った以上に深刻なようですね」
すかさずエリスがフォローに入ってきた。
「他にも根回しに奔走せにゃならんのでね」
「なるほど、そういうことでしたか」
エリスが真顔になって頷いている。
「支度ができしだい商人ギルドに来てくれ」
「はい」
これで予言の証人は確保できた訳だ。
残るはダンジョンの対応か。
「ダンジョンの方は何とかなるように手配しよう」
「何とかって、どうするつもりだ?」
ゴードンが怪訝な顔で聞いてくる。
「うちの連中を何人か派遣する」
「マジか!?」
「期間限定だがな」
本人たちも西方のダンジョンに挑戦したがっていたし、丁度いいんじゃないかな。
読んでくれてありがとう。




