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142 ラミーナは鼻が命

改訂版です。

 ダンジョン実習は次の日も行われた。

 新しい攻撃魔法ライトサーキュラーソーのおかげで素材を吹っ飛ばす心配も減った。


 ただ、鬼面狼とかは虫系のように爆散したりしないので氷弾を使っている。

 不味くて食べられたものじゃないから肉の状態は無視できるし、切断するとドバッと血が出てしまうのでね。


 そんなこんなで順調にダンジョン攻略は進んでいるものの遭遇したのは鬼面狼とゴブリンだけなのが微妙だ。

 低品質な毛皮と舗装路用の素材くらいしか回収できないからね。


「よし、このフロアもクリアしたな」


 地下10階層のマッピングを終え、リーシャが大きく息を吐き出した。


「次、行こうぜ」


 レイナが先を促す。

 現状のMP平均値は4割減といったところか。

 大きいダンジョンだと、そろそろ帰ることを考慮しなければならない。

 安全マージンってやつだな。


 行きより帰りの方がキツいのは誰にでも分かることだ。

 深く潜るほど疲労する訳だし魔法使いならば魔力の残量も気にしないといけない。

 そのあたりを計算できず潜りすぎてしまう初心者は少なくないとギルドで登録した際に口頭で注意された。


 あの時は夏休み前に海水浴などでの注意喚起をされる小学生みたいだなと思ったさ。

 海では戻る時に倍の体力を使うから岸から離れるような泳ぎ方をするなとか離岸流は対処を間違えると無駄に消耗するとか。

 ある意味、ダンジョン攻略と似たようなものと言えそうだ。

 正しい知識を身につけて遵守することで生存確率を上げると考えればね。


 自分の実力や体力を弁えず過信した初心者が痛い目を見る。

 詳しくは聞いていないが月狼の友がトラウマっぽくなっていたのも、そのあたりが原因じゃないかな。

 問題は失敗から学べているかだ。

 今回の縛りはMPポーション制限だから、そろそろ分かる頃合いだと思う。

 魔力の回復手段が休憩に限定されてしまうのでペース配分を考えないとダンジョン攻略は成し得ない。


 現状は黄色信号が灯っていると言える。

 ローラー作戦で帰りの安全を確保しているつもりならアウトだ。

 うちのダンジョンがいくら広くないとはいえ現状の彼女たちが虱潰しに攻略できるほど甘くはない。


 次は地下11階層だが──


「ん?」


 階段が近づくにつれ違和感が増していくことに気付いた。


「ストップだ」


 突然の制止に驚いて振り返る一同。


「どうしたんですかー?」


「ルーリア、分かるか」


 ダニエラの質問には答えずルーリアの反応を見る。

 静かに頷かれた。


「どういうことだ?」


 今度はリーシャが尋ねてきた。

 何かヤバそうだと直感したのかもしれない。


「この下のフロアにはアンデッドがいる」


 俺の言葉に月狼の友の面々がルーリアを見た。

 風上にいるせいで彼女らの嗅覚では感知できないため専門家の感知力を頼ろうというのだろう。

 皆が否定してくれと言わんばかりの目で見ている。

 鼻の良いラミーナにはゾンビなどがいれば最悪だからな。


「間違いない」


 故に肯定で断言されてしまうと絶望感をあらわにする者も出てしまうわけで。

 一瞬で老け込んだように肩を落とすレイナがそれである。

 双子もかなり顔色が悪い。

 いつもニコニコなダニエラでさえ能面のような無表情。

 気丈に振る舞おうとしているリーシャも余裕はなさそうだ。


 気持ちは分からなくもない。

 以前、妖精組を率いて戦ったことがあるけど、魔法で匂いを遮断しないと満足に戦えなかったからな。


「念のために聞くんやけどゾンビはおりそう?」


 そこが重要とばかりに鼻息が聞こえそうな勢いで聞いているアニス。


「さて、どうだろうな」


 ルーリアは困惑気味に返事をする。


「現時点では可能性は否定できないとしか言えない」


 月狼の友が一気に絶望した表情を見せた。


「負の波動が弱いからスケルトンかゾンビかだとは思うが、もっと接近してみないことには細かな判別は無理だ」


 絶望していた月狼の友の面々がピクリと反応した。


「骨かもしれん可能性があるんやな」


 今度は希望が残されていたと言いたげな表情に変わっていく。

 骨だけなら臭いはずはないもんな。

 ルーリアは微妙な表情をさせながら俺の方を見てきたけれど。


「ハルト殿は、この位置からでも判別できるのだろうか」


「ああ」


 返事をした途端にギラギラした強い視線が俺に集中してきた。

 視線だけで脅迫されている気分になるな。

 そんなことしたって結果は変わらないというのに。

 俺はおもむろに倉庫からマスクを取り出した。


「これはマスクと言ってな」


 見慣れない掌に余る大きさの白い布地に首を傾げる一同に対しマスクを装着してみせた。

 即席で作ったけど出来は悪くないと思う。


「こうやって耳に引っかけて使うものだ」


 声がくぐもらないのは、そういう魔道具にしているからだ。

 マスクを全員に配布して装着させた。

 用途を説明する前からリーシャが遠い目をして天井を見上げている。

 レイナとアニスも絶望の表情になっていた。


「くっさいのんが来るんかー! 生き地獄やー、堪忍してえなー!」


「鼻が曲がる! いや、もげる!」


 双子なんて涙目である。

 鼻の良さも善し悪しだよな。

 ルーリアがなんとも言いがたい困ったような目で俺の方を見てきた。


「現実逃避しているだけだ。引きずると次の行動に影響するから気にするな」


「……了解した」


 神妙な面持ちで頷いたので戦闘時にミスはないと思いたい。


「どうしても匂いに耐えられないなら風魔法を使ってもいいぞ」


 魔道具のマスクがあるから大丈夫なはずなんだけどね。

 どうも気休め程度に思われているみたいだし。

 月狼の友が一瞬にして「マジで!?」という顔になった。

 たった一言で死んでいた目が復活するというのもどうなんだろな。


「よっしゃー、うちはやったるでー!」


「その手があったか!」


 約2名がうるさい。

 気合いを入れ直すのは結構だが、静かにできないものだろうか。

 聴覚のない下級アンデッドが相手だからと油断しすぎである。

 やる気になったのは良いことだけど虫系の魔物よりヤバいという認識はあるのだろうか。

 スケルトンはともかくゾンビは病気を媒介する元だから浄化するか燃やし尽くすかしないといけない。

 地下の閉鎖空間だから浄化一択になるけどな。


「ルーリアはシンサー流の技を使ってもいいぞ」


「いいのか?」


「ゾンビは病気の心配もあるから浄化するのが最適だ」


「確かにそうだが」


「俺は皆に成長して欲しくて色々と制限したけど、病気になったら元も子もないだろ」


「確かにハルト殿の言う通りだな」


「それに今ならシンサー流の技を魔法と組み合わせられると思うんだが」


 ここで意外なことを聞いたという顔をされてしまった。

 そういう発想がなかったらしい。

 なにやら考え込み始めた。


「確かに光魔法などは浄化と同じ波動を放っているが……」


 独り言まで漏れ出す始末である。


「皆も変にこだわらず制限なく魔法を使え。接近戦は可能な限り回避しろ」


「ええんかいな?」


 ルーリアとの話を聞いていたはずなのにアニスは恐る恐るといった様子を見せている。

 今までの縛りが影響しているな。


「安全が最優先だ」


「勿体なくない?」


 考えなしでレイナが聞いてきた。


「何処がだ? 素材は使えないしコアだってカスみたいなもんだぞ」


「あ」


 発言はもう少し考えてからにした方がいいぞ。

 なんにせよ、やる気になっているのは確か。

 これなら不注意でヘマをするようなことはあるまい。


「アンデッドは光魔法を使って攻撃しろ」


 念押しするようにアドバイスをして皆の表情を確認する。

 双子が緊張気味だが恐れているという感じではない。

 これなら大丈夫か。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 地下11階層に下りて最初に遭遇したのはスケルトンであった。


「試したいことがある」


 そう言ったルーリアがライトサーキュラーソーの魔法を縦にして撃ち出すと胸の位置に光の円盤が突き刺さった。

 意図的に止めたな。

 アンデッド相手だと、この方が継続してダメージが入る。

 現にスケルトンはその場で動きを止め痙攣し始めた。


「「あっ」」


 双子が軽い驚きの声を上げた次の瞬間、骨がバラバラに崩れ落ちた。

 コアにはヒットしなかったが負の波動が消えている。

 あの程度の光魔法では考えられない効果だ。


「シンサー流の技を乗せたようだな」


 でなければ説明がつかない。


「ハルト殿のアドバイスの賜物だ」


 ルーリアが軽く笑みを浮かべた。


「剣以外に退魔術を乗せることができるとは思わなかった」


「呆気ないと思ったら、そういうことだったのか」


 一同が呆然としている中でリーシャが最初に再起動した。


「うちらやったら一発では終わらんちゅうことやな」


「コアを破壊すれば即終わらせられるぞ」


「「「「「おおっ!」」」」」


 その手があったとばかりに沸き立つ月狼の友。

 これって冒険者としては必須の知識なんじゃないの?


読んでくれてありがとう。

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