139 トラップ&バグ
改訂版です。
全員が御飯を食べ終わった頃合いでローズがアニスの真正面に立った。
いきなり両手でバッテンを作ったかと思うと──
「くくーっ!」
ダメーッ! だそうです。
訳が分かりません。
「な、なんやの?」
言われたアニスが一番困惑しているだろう。
どう反応していいのか分からずオロオロしている。
「くぅくーくくぅくっ!」
ローズストップ発令! とか言われてもね。
ドクターストップみたいなものか?
「えっ、え?」
「ダンジョンアタックは中止ってことでいいのか?」
アニスがまともに答えられないようなので俺が代わりに確認してみた。
「くーくー」
コクコクと頷くローズ。
「えっ、ちょっと待ってえな」
さすがにアニスが慌て出す。
自分のせいで仲間に迷惑がかかるというのは混乱した状態でも分かっただろうし。
「監督者の指示は絶対だ。何のために一緒に来ていると思っているんだ?」
「そんなん言われたかて」
納得がいかないというのだろう。
「別にアニスだけがダメって訳じゃない」
大泣きした後で精神面が最も不安定になっているのがアニスってだけだ。
「くうっ」
俺の言葉にその通りとばかりに頷くローズ。
「みんな今の精神状態で魔法を使うのは暴走を引き起こしかねないから危険なんだよ」
「くうっ」
またも頷くローズ。
ちょっとは説明してくれよ。
「という訳だから撤収な」
「えろう、すんまへん」
「アニスだけの問題じゃないさ」
リーシャがアニスの肩に手を置いて言った。
「そうそう。アタシもこのまま魔法使うとヤバそうな気がするし」
レイナがそんな風に言ったが本当かウソかを確かめようとするのは野暮ってものだろう。
「「ダンジョン内だと逃げ場が少ないもんね」」
「そうなったら防御の魔法も失敗しそうです-」
「ん。メンタルの安定は大事」
「引き際は見誤ってはいけない。時に命にかかわるからな」
落ち込んでいたアニスを責める者は誰もいなかった。
それでもアニスは感極まった様子で顔をくしゃっとさせて頭を下げた。
仲間っていいよな。
そんな訳で転送魔法でササッと帰還。
ダンジョンから外に出ると重苦しい感じがなくなるから気分も軽くなる。
たとえ出てきたのが初級ダンジョンだったとしてもね。
皆のお通夜みたいな雰囲気も少しは晴れたようだ。
アニスの表情も和らいでいるから間違いないだろう。
「皆、よく頑張ったな」
俺が声を掛けると、そうは思えないと言いたげな視線を返されたけど。
「充分に結果を出してるんだぞ」
「えっ!?」
驚きの声を発したのはアニスだった。
「途中で帰ったやん」
「勘違いするなよ。何かあればすぐに帰るという話だっただろ」
「せやけど……」
「ルーリアも言っていただろう。引き際を見誤るなって」
「ああ、言った」
「今回の実習はそういう感覚を身につけるためのものでもあったんだ」
事前に説明してあったんだけどなぁ。
「それが結果を出したちゅうことなん?」
「それも、だ」
「どういうことなん?」
「皆には説明してなかったが、縛りを入れて魔法を使ったことで成長が加速するんだよ」
「「「「「ええっ!?」」」」」
一斉に驚きの声が上がった。
「ほな、レベルが上がったん?」
アニスが恐る恐る聞いてくる。
「まさかぁ。アタシら雑魚しか相手してないじゃん」
俺が答える前にレイナがそれはないと否定した。
気持ちは分からんではない。
そういう仮説を立てて実証したら上手くいったというのが真相なんだし。
「ノエルが5レベルアップして73になった」
「えっ!?」
事実を告げるとレイナはギョッとした表情になった。
初級ダンジョン2階層分の攻略でこうもレベルアップすれば無理もない。
「その次がルーリアでレベル70」
「妖精たちの背中が見えてきたかな」
ルーリアは手応えを感じているようだ。
「リーシャとダニエラがレベル63で残りのメンバーは62だ」
「なんということだ。全員がそこまで上がるとはな」
リーシャが呆然と呟いた。
「「縛りって凄いね」」
双子のメリーとリリーは何か勘違いしているようだ。
「何でもかんでも制限をつければいいってことではないんだぞ」
魔法の同時制御と精密制御をほどよく行えるかが鍵だ。
制限をつけすぎれば集中を乱して魔法が行使できないし、逆は経験値にならない。
現在のレベルに丁度良い負荷が掛けられるかが鍵なのだ。
既に日課となりつつある負荷ありの走り込みも、そのうちのひとつだった。
今では慣れてしまったせいで初期の頃より経験値は得られなくなっているが。
それでも瞬間的にシュバッと消える動きもできるようになった。
まだまだ妖精組には及ばないしトップスピードを維持したまま走り続けるのも難しいけどね。
そしてダンジョン実習から何日かたった頃。
「今日の実習は新しい魔法にチャレンジしてもらう」
俺のオリジナル呪文である氷弾を新国民組に伝授することにした。
理力魔法の精度が安定してきたのが確認できたからだ。
「何?」
興味深げに聞いてきたのはノエルである。
「これだ」
標的のゴーレムを離れた場所に召喚して氷のつぶてを理力魔法で射出した。
「「速っ!」」
「氷か」
凍り付いたゴーレムの頭部を見てリーシャが真剣な面持ちで唸るように呟いた。
イメージできるのかと不安を感じているようだ。
まあ、そのあたりは杞憂に終わるんだけど。
問題があるとすればアニスのメンタル面だろう。
既に数日がたっているにもかかわらずローズから色よい返事は得られない。
アニス自身はいつも通りの口調や態度であったのだが。
『ローズさんや、アニスはヤバそうかい?』
氷弾の練習の合間に念話で確認してみた。
『くーくくっ。くうくーくっくぅくくぅくっ』
要経過観察。そのうち落ち着く可能性高し、ですか。
『ひょっとして、いまダンジョンに行くのはマズい?』
『くうー』
イエス、と。
専門家がそう言うなら従いましょう。
ダンジョン以外の課題はいくらでも用意できるからね。
氷弾もそのうちのひとつだ。
ちなみに割と苦戦している。
「アカン。デカなってまうわ」
「大きさが安定しないわね」
「小さくすると当たっても弾けるだけで終わってしまいます-」
アニス、レイナ、ダニエラは氷のサイズや強度に問題を抱えている。
「突き抜けたか」
「遅い。これでは躱されてしまう」
ルーリアやリーシャは理力魔法の調整で難儀していた。
「「どうしても四角くなっちゃうね」」
双子は氷の形成で悩んでいる。
すぐに習得できたのはノエルだけだ。
今は同時展開の数を増やしたりと意欲的に練習している。
そうこうするうちに皆も自力でコツをつかんで形になっていった。
威力とか微妙なところだけどね。
ベアボアは倒せるけど翼竜は急所狙いでないと難しいってくらい。
ダンジョンで使えるように縛りを少し緩めておきますか。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
さらなる魔法の特訓を幾日か続けて再びダンジョンにアタックする日がやってきた。
前回とは異なる国内のダンジョンだ。
同じ所だとアニスの心理状態が不安定になることを考慮してのことである。
ただし、今日選んだ所は失敗だったかもしれない。
今日は既に地下5層目に達しているが戦闘はオール虫系だったのでね。
「ええい! 次から次へとしつこいわっ!」
このフロアで散々相手をしてきた虫型の魔物が広い室内を飛び回っていた。
質の悪い召喚型トラップに引っ掛かった結果だ。
敵は全長1メートルほどの大きいカマキリやらカミキリムシやら様々である。
結構な数だが、これでも減らした方だ。
クモはいるが毒持ちはいないので対処は新国民組でもなんとかなるだろう。
俺やローズは余程のことがない限り手助けするつもりはないので部屋の隅っこに結界を展開して観戦中である。
「嫌らしい罠だったな」
「くーくっ」
まったく、とローズも同意する。
「機械的な仕掛けがないから油断させられて」
「くう」
「フタが開けば召喚と同時に部屋の出入り口がロックされる上に閉じなきゃロックは解除されない」
「くー」
「次から次へと召喚されるからフタを閉じに行くのもままならない」
「くぅ」
無限かと思うほど虫の魔物が湧いてくるので倒した魔物は俺が倉に引き込んで焼却処理している。
灰にしてしまえば肥料くらいにはなるのが救いかな。
「ゴブリンより質が悪い!」
魔物の攻撃をかいくぐりつつ氷弾を生成しては撃ち抜くレイナ。
これだけ多いと威力調整をする余裕もなく派手に魔物の体液を飛び散らせている。
カブトムシのような外骨格の堅そうな奴もいればカマキリみたいに柔そうなのもいるからな。
それでも体液を浴びずに済んでいるのはさすがと言えるだろう。
理力魔法での防御も上手くなったものである。
「「いやー、気持ち悪い! こっち来ないでー!」」
双子のメリーとリリーはキャーキャーと騒ぎながらも交互に氷弾を撃っている。
弾幕と言うには心細いが単独対応しているレイナやアニスよりは回避行動にも余裕がある。
「油断するなよ!」
リーシャが皆に注意喚起するが今更だろう。
余裕がない証拠だ。
それは他の面子も同じであることは返事がないことからも明らかだった。
最初からだんまりのダニエラも黙々と作業のように回避と氷弾を繰り返している。
普段とは違ってニコニコ顔は鳴りを潜めているが見続けていると笑っているように見えてくるから不思議だ。
一方でノエルとルーリアは若干の余裕があった。
いつの間にか互いに背中を預ける格好で死角をなくし、同時に複数の氷弾を展開して向かってくる魔物を殲滅。
持久戦略としては良い判断だと思う。
「宝箱の魔力が切れるのを待つ気だな」
「くーくくぅ」
それも正解、だそうですよ。
「魔法陣をぶっ壊した方が手っ取り早いけどな」
その後すぐに召喚は止まり、どうにか危機を脱した一同であった。
「またグチャグチャにしてもうたがな」
「「こっちもー」」
「アタシもだよ」
俺が室内の洗浄を終えるとアニスたちはへたり込んだ。
休憩は必要だろう。
が、気付いているだろうか。
召喚トラップを無視したとしても魔物が多いことに。
それ以外は特に変わったところはないので微妙なところだ。
嫌な予感がする。
読んでくれてありがとう。




