138 女の子を泣かせてしまった
改訂版です。
アニスがエビカツバーガーの最後の一口を放り込み、じっくりと咀嚼してから飲み込んだ。
そのまま放心して心ここにあらずな面持ちとなった。
「おーい、大丈夫かぁ?」
呼びかけにハッと気付いたアニスが苦笑する。
「大丈夫やで」
「なら、いいんだけどさ」
エビカツバーガーになんか問題あったのかと冷や冷やさせられたじゃないか。
「賢者はんは凄いとこから来たんやなぁと思て感心してたんよ」
他の面々も一斉にコクコクと頷いて同意する。
「昼飯ひとつで大袈裟だな」
料理では現代日本が発達しているかもしれないがセールマールの世界では魔法が使えない。
まあ、ルベルスの世界でも誰もが不自由なく魔法が使える訳ではないけどさ。
それでも魔法のない向こうとは比べ物にならない便利な面がある。
一般市民の視線で見ると生活魔法が使える程度の魔法使いはそこそこいるらしく、洗濯屋とか風呂屋とかが重宝されているそうだ。
日常生活において手間が省け時間も短縮できるなら繁盛するだろう。
その生活魔法のお陰で文化の発達が遅れている部分はあるのかもしれないけれど。
「なんでや、大袈裟なことあらへんで」
「そうか?」
個人的にはダンジョン焼きとか遜色ないと思うんだが。
「せや! これなんか屋台で売ったら他の店は閑古鳥が鳴いてまうで」
「言えてる。今日に限らず聞いたことないメニューばかり出てくるし」
反論された上にレイナが援護してくる始末。
その上、皆に真剣な顔で頷かれると──
「そ、そうか……」
気圧されて言葉が出てこない。
「「今日のハンバーガーも凄かったけど、他のも凄かったよね」」
「ホンマや。正月とかいう休みの時に食べた箱に入ったお節料理いうのんも凄かったわ」
「確かにあれは味もさることながら見た目も豪華で圧倒された」
リーシャまで加わってくるか。
「それだけじゃないですよー」
ダニエラ、君もか。
「茶碗蒸しとかお雑煮とか他にも美味しいものがいっぱいでしたー」
「何よりカレーライスがごっつ旨かった。辛いのに旨いてどういうことやのって思たけど、ごっつ旨かった」
大事なことらしくカレー旨いが2回ですよ、アニスさん。
と思ったら何か様子がおかしい。
「ホンマに信じられへんくらい有り難いことや」
急にしんみりし始めた。
「行くとこなかったうちらを拾てくれて」
拾ったんじゃなくてスカウトですよ?
「こない旨いもんまで食べさせてもろて……」
あ、あれ? どんどん瞳に涙が溢れてきてますよ。
涙腺決壊コース入ってません?
「おまけにラミーナが苦手にしてる魔法まで使えるようにしてくれた」
いや、強力な自衛手段がないと国民が少ないから不安だっただけですよ?
「どんなに感謝してもしきられへん!」
しゃくり上げながら断言されてしまいました。
感謝されるのは有り難いことだけど、さすがに大袈裟じゃない?
もうちょっと落ち着こうなと言おうとしたら……
「うちは一生ついて行かせてもらいます!!」
感極まった感じで言い切った途端にアニスは「うわー!」と大声をあげて鳴き始めた。
まさに大号泣。
これ、俺が泣かせたことになるんだよね。
どうしてこうなった?
女の子を泣かせたことなどないから、どうしていいか分からない。
いや、大学の頃に一度だけあるか。
とはいえ守銭奴の彼女もどきを女の子とは呼びたくない。
それに奴の場合は弁護士の先生に引導を渡されたことによる悔し泣きみたいなものだからなぁ。
あんなのはノーカンでいいよな。
それならベリルママに泣かれた時の方が、よほど今の状況に近い。
ああ、あったね。女の子に泣かれたこと。
じゃなくて!
どうすりゃいいのかサッパリなんですよ。
ヘルプミー!
「えーと……」
何とかしようと思うも何も考えつかない。
その上──
「私も一生ついて行きますー」
ニコニコ顔のダニエラがアニスに賛同してきた。
同じことを言ってるはずなのに片や大泣きで片や笑顔って訳わからん。
「私もだ」
リーシャは涙を流すにまかせて宣言するし。
「「私たちも同じです!」」
双子は何とか堪えているけど泣きそうだし。
「私も……」
怒っているような顔でそっぽを向いているレイナ。
口を真一文字に結んで堪えているように見えるのは我慢しているからか。
なにがなんだかで大混乱だよ。
「くーう、くーう」
ローズを見ても頷くばかりだし、このままでいいってことなのか?
あー、全然わからん!
「私も同じ気持ちだ。居場所を作ってくれてありがとう」
落ち着いた雰囲気で礼を言うルーリアがいるだけマシかもな。
「ああ、うん。気にすることはない」
生返事になってしまったのは思った以上に動揺しているからのようだ。
こんな大勢の娘さんたちに泣かれるとか、どんな罰ゲームだよ。
俺の罪悪感ゲージがレッドゾーンを余裕で振り切ってしまうじゃないか。
というか現在進行形で振り切ってるし。
どうでもいい相手なら何を言われようと「あっそ」で終わらせられるのになぁ。
まあ、この状況でさすがにそれはしないけどさ。
ダニエラやルーリアに助けを求めるのもダメだろう。
もちろんノエルもな。
それをしたら、あまりにも情けなさすぎる。
なんとかしたいが何も思い浮かばない。
データの蓄積がないと行動できないとかダメすぎだろ。
まずは落ち着こう。
焦っても何も解決しない。
そのためには状況を整理しようか。
切っ掛けは食べ物の話だった。
食べ物の恨みは恐ろしいって言うけど逆も怖い。
ここから拾われたとかアニスが言い出したんだから。
それについては否定しておこう。
感謝されたのは嬉しいが彼女らを拾ったつもりはないからな。
そこから一生ついて行きますに流れていくとは思いもしなかった。
うん、ここで動揺したんだな。
更に子供のように泣きじゃくられてアウトになったと。
俺の精神は二段構えで責められた訳だ。
特にレイナの台詞が大いに動揺させられたね。
まるでプロポーズだもんな。
ぼっち街道を歩んできた俺にはあり得ないほど縁遠い言葉だ。
そういうつもりで言ったんじゃないのは分かるんだけど。
少しは落ち着けたか。
些か時間はかかったが無駄に費やしたのではないと思いたい。
「賢者殿」
そこにルーリアが声を掛けてきた。
「いや、陛下と言うべきだな」
ここで口を挟むべきだったのだが何も言えなかった。
まだ完全には落ち着けていない証拠だ。
「これからもよろしく頼む」
「ああ、よろしく」
どうにか返事ができたことに安堵する。
「賢者さん、私も陛下って呼んだ方がいい?」
ノエルの追い打ちが俺の弱メンタルに突き刺さる。
どうして急に変わろうとするんですかね、君たちは。
「陛下は勘弁してくれ」
ノエルが小首を傾げた。
そりゃそうだ。妖精組は俺のこと「陛下」と呼ぶし。
彼等の感覚からすると「お兄ちゃん」とかの意味合いが十割な気がしてならないけどね。
ツバキは「主」と呼ぶのがメインだし。
「皆には国外でも活動してもらう予定だからな」
異論はない様子だ。
完全に賛同した風でもないけれど。
「他人の目があるときに陛下とか俺のこと呼んだらどうなると思う?」
少し上を見上げて視線をさまよわせて考え始めるノエル。
どうやら具体的に空想しているようだ。
「普段から呼んでいるとクセになる、か」
ルーリアが代わりに答えた。
「そういうことだな」
「では、妖精ちゃんたちは?」
君も妖精組のことを妖精ちゃんと呼ぶのか。
鋭い目つきしている割に言うことが可愛いな。
童顔だから元々可愛いけどさ。
「妖精組が国外に出るときは着ぐるみの着用が前提だし」
例外はツバキくらいのものだし、彼女も変装はしている。
「あれって喋った言葉を変換する機能もあるから失敗しないんだよな」
それはまた何ともという目で見られてしまった。
ああ、その鋭い目つきで生暖かい視線を送るのはやめてくれる?
マゾの気はないのにゾクゾクしちゃうだろ。
「なんて呼ぶのがいい?」
空想の世界から戻ってきたノエルが無表情ながらも首を傾げながら聞いてくる。
なんか、この表情にも慣れてしまったな。
微妙な変化も分かるようになってきた。
ちなみに今はワクワクしている感じだ。
「ハルトでいいよ」
名前が無難だよな。
お姫様とかに賢者ってことも知られている訳だし肩書きは良くない気がする。
「じゃあ、ハル兄」
言いながら「ダメ?」という目で見てきた。
そんな反則級の仕草を見せられたら反対できる訳ないじゃん。
「それでいい」
認めたら認めたで嬉しそうに目を細めてくれるし。
「「じゃあ、私たちもハル兄でいいですかー」」
双子がちゃっかり便乗して聞いてくるし。
「呼べるものならな」
冗談めかしていたので本気じゃないだろうってことで受け流す。
他の面子だって真に受けたりはすまいと思っていたら……
「私は年上だからなぁ」
まさかルーリアが悩み始めるとは思わなかったさ。
同じように残りの面子もうんうん唸っている。
それで気付いたんだけど、いつの間にかアニスが泣き止んでいた。
はー、助かった。
読んでくれてありがとう。




