126 蕎麦食ってカラオケ大会
改訂版です。
「ゲホッ、ゴホッ! ──────ッ!」
レイナが酢の物の匂いを無防備に嗅いでしまったせいで床に転がって苦しそうにむせている。
ラミーナは鼻がいいせいかダメージが大きそうだ。
注意したんだけどな。
どうして人は酸っぱいと聞くと匂いを嗅ぎたがるのだろうか。
まあ、テーブルの上のものを引っ繰り返さないために床に逃げたのは見事だと思う。
「「レイナちゃん、大丈夫?」」
メリーとリリーの双子が慌てて駆け寄って背中をさすっている。
声を掛けられても返事をする余裕のないレイナは手を挙げて応えていた。
回りの皆も心配そうに寄ってくる中でションボリしたカーラとキースもやって来た。
責任を感じているのか。
「しょうがないな」
そう言いながらオリジナルの生活魔法でレイナの鼻粘膜を洗浄。
半ドライでミスト洗浄するので鼻水が出ない上に低刺激となっている。
「これでどうだ?」
「ありがと。楽になった」
ヨロヨロと立ち上がったレイナの目は、むせた影響で充血していた。
「すまない」
「面目ない」
被っていた三角巾を取り払ったカーラとキースが詫びを入れた。
「アナタたちは何も悪くないわよ。私の自業自得だから」
レイナは大人の対応をしているな。
その割には俺のことを恨みがましい視線で見てくるのは八つ当たりのような気がしないでもないけど。
「俺の忠告が遅れたせいだから、お前たちは気にするな」
こう言うとレイナには意外な顔をされた。
てっきり言い返されると思っていたんだろうな。
そんなことで無駄に時間を使えば蕎麦が伸びてしまうじゃないか。
ちゃちゃっと手打ちにして晩御飯タイムにするのが最善の選択だと思うんだけどな。
全員で「いただきます」をして蕎麦を食う。
ズルズルというすする音があちこちから聞こえてきた。
すすって食うのが定着しているのは動画効果だな。
もちろん、俺もズルズルとすすっている。
「ん?」
ふと、ノエルにジーッと見られていたことに気付いた。
行儀が良くないとか思われていそうだ。
「蕎麦ってのはこうやって啜って食うのが粋なんだよ」
そう言ってみたが、頭を振られてしまった。
「箸の使い方を見ていた」
思った以上に麺類を食べるのは難しいようだ。
見れば、他の新国民組も悪戦苦闘している。
「こういうのもあるぞ」
麺が食べやすいようにしたフォークを出して蕎麦をフォークでクルクルと絡め取って食う実演をしてみせた。
「どうする?」
「うちは使わせてもらうわ」
「私も頼む」
結局、フォークを選んだのはリーシャとアニスだけのようだ。
残りの新国民組はあくまで箸を使うことを選択した。
単なる意地なのか先々のことを考えてなのかは人それぞれだとは思うけれど。
先端部分に滑り止めの加工をしてるから、箸を選んだ皆もなんとか食べることはできている。
そんな中で一口すするごとに箸の扱いが良くなっていく者がいた。
ルーリアだ。
生まれ変わっても魂に記憶が刻みつけられているのだろうかと愚にもつかないことを考えてしまったほどである。
いや、あながち否定もできないか。
素質の片鱗を見せていると考えれば、前世であるルリ・シンサーすら超えるレベル300も夢ではないかもしれない。
とはいえ経験値を稼ぐのは年が明けてからだ。
同時に月狼の友やノエルも鍛えなきゃならないし、当面はノエルを基準としたメニューになるだろう。
さて、あれこれ考えている間も食は進む訳で。
ふと気付いたのがエビ天やかき揚げがあるのに麺汁にあまりギトギトした油が浮いてないこと。
油揚げがブロックしていたからのようでカーラとキースの気遣いだな。
体調次第では食欲なくすこともあるし。
それにかき揚げのサクサク食感が残っているのが嬉しい。
問題があるとすれば……
「ノエル、量が多くないか」
「大丈夫」
特に無理をしている様子もなく普通に食べていた。
ゆっくりたくさん噛んで食べているから進みが遅いようだけど。
「油ものが多いから酢の物もちゃんと食べておくんだぞ」
俺がそう言うと、首を傾げている。
「賢者はん、これ油の多い料理の時に出てくるもんなん?」
アニスが聞いてくる。
「油ものが多いときに酢を摂ると胃もたれしにくくなるんだよ」
「へえ~」
「慣れるまでは少しずつ食べるようにしろよ」
でないと配膳直後のレイナみたいになるからな。
今も酢の物であることを失念してがっついたせいで、むせそうになっているし。
口を押さえて顔を真っ赤にしながらも根性で耐えていたのでミスト洗浄でフォローしておいた。
いやはや、食べ物を粗末にしない根性は凄いね。
これなら某掲示板のマズメシスレで話題になるものでも気合いで食うんじゃないかな。
見た目は普通だけど、すべてに酢がジャブジャブかかっているとか。
動画で試食していたイチゴミルクうどんとか。
栄養ドリンクで炊いたご飯とか。
炭かと思うような魚や肉。
逆バージョンで生焼けもあるな。
あるいは味の大半がケチャップに侵食されたカレーとか。
いずれも逆飯テロと言っても過言じゃない代物だ。
ちなみに最後のカレーは俺が学生時代に喫茶店で味わったものである。
お残し厳禁で食べきったけど一口が苦行レベルの味だったから完食までが地獄だったよ。
程なくして廃業したのは言うまでもない結末だろう。
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腹ごしらえが終わったら予定通りカラオケ大会である。
妖精組が楽しそうに談笑しながら準備を進める中、新国民組も積極的に手伝っている。
え? 俺は手伝わないのかって?
一瞬で終わると情緒なんて吹っ飛んでしまうだろ?
こういうイベントは準備から楽しまないと盛り上がりにも影響しかねないもんな。
せめてBGMで盛り上げてみるかとオカリナを出したところで──
「それ、なーに」
「なんだニャン」
「いーなー」
幼女たちが興味津々で集まってきた。
「これはオカリナという楽器だよ」
言いながら追加で作って子供組全員に配る。
「ほら」
「うわー、陛下ありがとう」
「ありがとニャ」
「ありがとー」
「「ありがとです」」
喜びながら走り去っていく。
さっそく練習するつもりみたいなので、被らないよう別の音源としてハーモニカを出した。
「あれー」
「見たことない楽器ですねえ」
「それ何ですか?」
今度は黒猫三兄弟だ。
子供組と同じパターンになった。
ちなみにリコーダーと尺八でも似たようなことになって以下略って感じである。
「琴はさすがに引っ張り出せないかな」
邪魔にならないよう移動しながら演奏なんてできないからね。
そんな訳で三味線を引っ張り出したら皆に遠巻きにして見られる感じになってしまった。
てっきり誰かが食いついてきてコピーして渡すパターンだと思ってたのに。
「なんか調子が狂うな」
とはいえ引っ込めるのも無粋だろう。
そんな訳で予定通りBGM係になることにした。
手始めの選曲として妖精組にはお馴染みのアニメとか歌い手ロイドの曲をチョイス。
でも、三味線って弦が少ないので結構難しい。
悪戦苦闘していると我が相棒ローズさんがギターで助っ人に来てくれましたよ。
まるで古い特撮ヒーローの登場シーンを見ているかのようだったのは御愛敬。
そのうち子供組や三兄弟が練習もそこそこに参加してくれる。
これが結構上手いんだ。
気がつけばリコーダーや尺八も加わっていた。
何故か出した覚えのない和太鼓まで。
こういうのはノリのいい妖精組らしいよな。
俺も負けていられないとばかりに熱を入れて桜が一杯ある曲を演奏していたら歌い出す者が出てきた。
そして歌い手は徐々に増えていく。
しまいにはカラオケ大会の歌組が全員参加だよ。
妖精合唱団の迫力に圧倒されそうだ。
負けじと楽器組も風魔法で食堂内に響き渡るよう調整して気合い入れ直しているし。
「「ふわー」」
メリーとリリーが惚けたような声を出している。
「こんなん初めてやわー」
周囲を見渡して感想を漏らすアニス。
「確かに……」
圧倒されながら同意するリーシャ。
レイナなどは言葉を失っている。
一方でダニエラはニコニコしていたけど天然と大物は紙一重なのかもしれない。
やがて曲が終わると、そのままの流れでカラオケ大会が始まった。
トップバッターの選曲はレースとロボットアクションを融合したアニメの主題歌だ。
楽器組が演奏しながら俺を見てくるお陰で離脱に失敗した。
一観客でいるつもりだったけど、まあいいか。
「なんちゅう激しい歌なんや」
アニスがあんぐりと口を開けている。
まあ、こっちの世界じゃ初物と言っていい曲調なのは確かかな。
続いて2人目。
同じアーティストが歌ってたバスケアニメの主題歌を選択している。
というより妖精組はこちらの方が先に知ったんだよな。
ボウリング大会の予習で見た動画の中に含まれていたから。
「ちょっと何なのよぉっ!? この曲はぁっ!」
レイナが喚いていたけど、歌と演奏と歓声にかき消されている。
すでに食堂は熱気あふれるライブ会場と化しているからなぁ。
聞く耳を持ってもらえそうにない雰囲気の中、リーシャがレイナの肩に手を置いて頭を振る。
それで吹っ切れたのか自棄クソになったのかレイナは最前列で踊っている妖精組に突撃していった。
そしてノリノリの妖精組に交じって踊り始める。
一心不乱という言葉がピッタリなんだけどカラオケ大会は始まったばかりなのに大丈夫かな。
この後も3曲連続でアップテンポなアニソンが続く予定だし。
魔法で戦うロボットアクションにガールズバンド、幼女が博士で猫が喋る不条理アニメといった具合にね。
しばらく休めないと知ったら、どうなるんだろ。
読んでくれてありがとう。




