125 演奏と年越し蕎麦
改訂版です。
ノエルが楽器の具合を確かめ、そのままの流れで弾き始めた。
ギターのようでギターでない緩やかな音が曲となって流れていく。
もの悲しげな曲調なのに空気が柔らかくなるというか、ゆったりした気持ちになる不思議な感覚。
何とも言えない居心地の良さがあるね。
ノエルが弾き終わったときには食堂全体が静まりかえっていた。
皆が注目し耳を傾けていたようだ。
曲が終わるまで長いと感じるようなこともなかったけど、ずっと長く弾いていたような気がする。
体の内側に残るような芯に響くような演奏だった。
余韻があると言えばいいのだろうか。
「相変わらず見事なもんやなぁ」
「草笛とはまた違う感じね」
アニスやレイナの口ぶりからすると月狼の友は聞き覚えのある曲のようだ。
「久しぶりに聴いたが、いつ耳にしてもいい曲だ」
「いいですよねー」
「「よねー」」
月狼の友が絶賛するのも当然だろう。
他の国民たちも称賛の気持ちを拍手で表している。
「ありがと」
ノエルはそう言って恥ずかしそうに頬を染めて俯いた。
一瞬、泣き出すのかとドキッとさせられたが大勢から褒められて、はにかんでいるだけのようだ。
こういう多人数に囲まれる状況に慣れていないんだろう。
やっぱり、この娘さんもぼっち気質みたいだね。
ぼっちにはぼっちの気持ちが分かるから類は友を呼ぶのかもな。
自慢にゃならんが……
いやいや、元はぼっちでも皆で集まればぼっちじゃなくなるんだ。
「これ」
ノエルが楽器を渡そうとしてきた。
「そのまま持ってるといい」
フルフルと頭を振るノエル。
「自分で作る」
無遠慮に踏み込めない思い入れがあるように見受けられる。
深く追求するのも野暮ってものだろう。
「そういうことなら」
俺は受け取って倉庫に仕舞った。
「なんか急に熱っぽくなってきた気ぃせえへん?」
「熱心な雰囲気という意味でなら、そうかもな」
アニスの問いかけにリーシャが同意する。
「壁に向かって座り込む人数が増えてるせいじゃない?」
「あの曲に触発されたのかもな」
原因について推理を口にしたレイナにルーリアが答えた。
皆のテンションが急上昇してカラオケ大会の練習を始めているので、それが正解なんだと思う。
「歌ってみようかな」
「自分も」
「私も」
「いいんじゃない?」
「応援するよー」
聴く専門から歌う方に予定を変更する者も出てきた。
「カラオケ大会、楽しみだね~」
「どんな歌が聴けるかなぁ」
とにかく賑やかになってきた。
これなら成功間違いなしだろうと思ったのだけれど。
盛り上がるほどに緊張するタイプには荷が重いらしくテンションが下がった者もいた。
「どうした?」
表情を強張らせていたルーリアに声を掛けたのだが。
「無理だ」
「何が?」
「とてもじゃないが聴かせられるような歌じゃない」
そんなの気にしなくてもいいのにとは思うんだけどね。
得点を付けたり優勝を競ったりもしないんだからさ。
「強要はしないから思い詰めなくていいって」
そう言って聞かせると安堵したようでいて苦しげな表情を見せた。
ぼっち気質ゆえに参加しないと輪の中に入れないような気がしているとか、そんな感じかもしれない。
こればかりは一朝一夕でどうにかできる問題でもないだろう。
色々とイベントに参加していく中で馴染んでいってくれればと思う。
荒療治で演奏させてみるというのも手かもしれないけど馴染みのある楽器はないだろうしな。
今から練習して間に合いそうな楽器があるだろうか。
オカリナ、リコーダー、ハーモニカ、ギターは音楽の授業で使ったことがあるけど。
尺八と三味線と琴は祖父母の趣味だったので実家にあったけど難易度が高いと思う。
トランペットも厳しい。
和太鼓だったら何とかなるかもだけど初心者の単独演奏じゃ何とも言えないところだ。
え? そんな偏った楽器ばかりでカラオケの音源はどうするのかって?
妖精たちがチョイスする曲は大半がアニソンとか特撮系だし動画再生で万事解決。
声だけ魔法で消去すればいいのだ。
選曲的にカオスなことになりそうだけど……
さてさて、どうなりますやら。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
今日の食事当番であるカーラとキースによって夕食の準備が整った。
「皆の衆、準備は良いか?」
カーラは何処で皆の衆なんて単語を覚えてくるんだか……
「「「「「おおぉ─────っ!」」」」」
妖精組が右の拳を突き上げて雄叫びで応じているし。
そのせいで新国民組がついて行けずにキョロキョロしてるじゃないか。
「なに、なんなの!?」
真っ先に困惑の声を出したのはレイナだ。
「異様に盛り上がるんだな」
気圧されたように語るリーシャ。
「賢者殿?」
ルーリアでさえ俺に助けを求めるような視線を向けてくる。
「この後のカラオケ大会が楽しみで仕方ないせいだな」
「そういうものなのか?」
「極度のお祭り好きなんだよ」
「なるほど……」
理解はしたものの戸惑いまでは払拭できないようだ。
俺の隣で服の裾を掴んでいるノエルも似たような感じに見える。
あのノリは、ぼっちにはハードルが高いか。
「大丈夫だ」
ノエルの頭にポンと軽く手を乗せ、ゆっくりと頭を撫でながら言った。
俺も慣れたし。
「わかった」
なでなでと俺の言葉で落ち着いてもらえたようで何より。
「それって慣れろってことよね」
レイナは勘弁してくれという空気を漂わせているけれど。
「おいおい、大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
「言っとくけど、ここから後は目まぐるしいぞ」
「マジで?」
「マジで」
カーラとキースが何かパフォーマンスをするつもりなのは目の前の鉢が空で並んでいることからも明らかなのでね。
ちなみに鉢はこの日のために作ったうどんや蕎麦専用のものである。
他にもラーメン鉢や丼鉢があってエビ天丼とかカツ丼なんかが特に好評だ。
カツ丼はオーク肉なんだけど。
あいつらヒューマンより背が高めで丸々太ってるから獲物としておいしいんだよな。
カツ丼だけでなくカツカレーも人気メニューなので助かっている。
そういう意味では親子丼と牛丼はメニューに加えたいけど供給に難があるのが残念なところだ。
いずれ異世界初の味として食す日も来ることだろう。
そういう意味では今日の年越し蕎麦も新しい味である。
俺にとっては久々でワクワクしている。
元日本人としては蕎麦やうどんは外せないからな。
「それでは行くぞ!」
割烹着スタイルのカーラさんが狩りの時のような気合いの入れようですよ。
「「「「「おおぉ──────っ!」」」」」
妖精組よ、君らもか。
「総員、深く椅子に腰掛け姿勢正せ!」
なんだなんだ?
「えっ、どういうことや……」
狼狽えるアニス。
他の新国民組も程度の差はあれ似たようなものだ。
「とりあえず指示には従っとくが吉だぞ」
俺の忠告に新国民組も従い深く腰掛けて背もたれに体を預けた。
「では、参る!」
シュババババッ!
食堂の中を駆け抜けるカーラ。
それにわずかに遅れて、やはり割烹着のキースが続く。
「「「「「──────────っ!」」」」」
新国民組が一瞬で目の前を駆け抜けていく2人の動きに圧倒されていた。
「うわっ、器になんか入っとるがな!」
「あの一瞬で入れて回ってるの!?」
アニスとレイナが驚愕の声を発している間も、カーラが蕎麦をキースがつゆを凄まじい勢いで入れて回っている。
この様子ではキースが風魔法で空気の流れを制御して無風状態を保っていたことには気づけていまい。
そしてテーブルを土足で踏まぬようカーラが理力魔法で宙空に足場を作っていることも。
しぶきが飛ばないのは倉庫からギリギリの距離で出している証拠である。
別の魔法を展開しつつ空間魔法も制御するとは、また腕を上げたな。
「まだ終わりじゃないぞ」
「へ?」
キョトンとした顔で俺の方を見ようとしたアニスの前を食事当番の2人が再び駆け抜けた。
「ふわっ、なんやの!?」
「2週目は具を乗せていったんだよ」
油揚げと掻き揚げとエビ天というのは、ちょっと油っこくないかとは思ったけど。
そしたら3週目で付け合わせが置かれていった。
「酢の物か」
確か酢は油を分解するかなんかで消化を助けるんだったよな。
揚げ物に酢を直接かけるわけにはいかないから工夫したってことか。
「酢の物って何?」
ノエルが聞いてきた。
「酢という酸っぱい調味料を使った料理で今回はちりめんじゃことワカメを具に使っているな」
「ちりめんじゃこ? ワカメ?」
「ちりめんじゃこは海の小魚の子供で、ワカメは海藻という海の野菜みたいなものだよ」
「初めて。楽しみ」
「むせるから迂闊に匂いとか嗅がないようにな」
レイナが小鉢に端を近づけていたので注意を促したのだが……
「ぶほおっ!」
むせた。
言わんこっちゃない。
読んでくれてありがとう。




