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117 なんで怯えるの?

改訂版です。

「あー、長かった」


 商人ギルドを出て冒険者ギルドへ向かう道すがら、つい独り言が漏れてしまった。


「そうか? 普通だと思うがな」


 呟きに等しい声量だったが並んで歩くハマーの耳にはしっかり届いていたようだ。


「家畜とか即決で商談がまとまると思ってなかったんだよ」


 そのお陰で家畜を選ぶ羽目になったのが時間のかかった主な要因である。


「むしろ手間が省けて良かったではないか」


「想定していた予定は崩れたけどな」


「仕方あるまい。世の中、己の思い通りに行くことなど少ないものだ」


 日本にいた頃からそういうことの連続だったから、それはよく分かっているつもりだ。

 幼くして訪れた両親の死だけでもショックだったのに波瀾万丈だったと思う。

 人間不信にさせてくれたあれやこれやがあったからなぁ。

 決してそれだけじゃなかったけど。

 不幸の数々は俺から魔力を吸収するために仕組まれたものだったが。


 おそらく魂喰いに襲われなければ長生きはしても不幸が続く一生を送っていただろうとは思う。

 回り回って結果オーライになることもあるんだから愚痴るより前を向こう。


「では、せめて人を待たせないようにしないとな」


 冒険者ギルド前で待っていた3人組に近づいていく。


「すまんな。待たせた」


 3名とも首を振る。


「中で待てば良かったのに」


「話し掛けてくる連中が鬱陶しくてな」


 苦笑交じりにツバキがそう漏らした。


「よく揉め事にならなかったな」


「さほど馴れ馴れしくはなかったのでな」


 ナンパではなかったか。


「それでもギルド長に隔離させられた」


 ボソリとルーリアが付け足す。

 ゴードンの指示でとなると、やむを得なかったんだろう。


「それで中に入るのは禁止されているのか」


「うむ。主が来るまでは厳禁だと言われてな」


 俺の方が時間のかかる用事だったのだから商人ギルドで待ち合わせるべきだったな。


「とりあえず入ろうか」


 声を掛けて冒険者ギルドに入っていく。

 妙に静かだった。

 ピンと張り詰めたような空気が漂っているのは、固唾をのんで見守るという感じで食堂側から視線が集まっているせいだろう。


「何があったのかと問いたくなるな」


 隣にいるハマーが溜め息をつくように呟いた。


「何もないからこうなったんだろ」


「む?」


「ギルドの外で3人を長いこと待たせることになったからだと思うぞ」


「ふむ、ぞんざいな扱いをさせたことでハルトが怒るかもしれんと」


「そういうことだろうな。そんなことで怒ったりはしないが」


 俺のミスなので待たせた3人に詫びることはあっても他の者を責めたりできるものではない。


「気の毒にな。今頃は脂汗でも流しておるかもしれん」


 勝手にビビられても責任は持てんよ。

 とりあえず受付に向かうと受付嬢がビクビクしていた。

 昨日のお姉さんとは違う人だな。


「いいいいらっしゃひまふぇ」


 なんというか可哀相なくらいガチガチで噛みまくっていた。


「怒ってはいないから、落ち着こうか」


「ひゃい」


 声を掛けるとビクッと反応して直立する。

 他の受付嬢を見るが目線を合わせようとしないし、不自然なくらい自分の仕事に没頭しようとしている。

 可哀相だが援軍はなさそうだ。


『ローズさんや』


 気になることがあったので念話で語りかけてみた。


『くくっ?』


 なあに? と可愛らしく返事をしてくるのが逆に怖い。

 外で長々と待たされたのを根に持ってなきゃいいんだけど。


『どれくらい待たされた』


『くくぅくうくーくぅ?』


 小一時間くらいかな? だそうですよ。

 返事の具合からすると機嫌を損ねた感じではない。


「あっあっあのっ!」


 ローズの様子に内心で安堵していると目の前の受付嬢ちゃんが何とか喋ろうとしていた。


「ギルド長がお待ちです?」


 疑問系になったことで思わず「知らんがな」とツッコミを入れそうになったのをどうにか我慢する。


「執務室かい?」


「はゐ」


 今度はイントネーションがおかしい。


「ゴアンナイシマス」


 重症だ。


「ああ、不要だ。悪いけど勝手に行かせてもらう」


 言うが早いか行動に移した。

 あの調子で案内させていたら事故になっていた恐れがあったからな。

 恐れというか受付カウンターの中で転んでるし。

 悪いけどスルーさせてもらおう。


 受付嬢ちゃんが同僚に助け起こされている間に俺たちは階段を上って2階へと向かった。

 廊下を進んでギルド長の部屋のドアをノックする。


「入れ」


 横柄な返事がゴードンらしい。


「入るぞ」


 俺が声をかけるとガタガタッと室内から派手な音が聞こえてきた。

 何やってんだかと思いはしたが気にせず中に入る。

 音がしたのも当然でゴードンが転んでおり、向かいに座っていたらしいケニーも引っ繰り返っていた。

 職員が来たと思ったら俺だったので焦ったのだろうか?

 昨日のお姉さんだけが平然と立っているので判断が難しい。


「ようこそ賢者様」


 転んだ2人のことなど眼中にないかのように落ち着き払って挨拶してきた。

 この中で一番の大物かもしれん。

 実は裏のギルド長とか言われても納得させられそうだ。


「やあ、元気そうだな。昨日は大変だっただろうに」


「いいえ。これも冒険者ギルド職員としての義務を果たしたまでです」


「ところで2人はいつまで引っ繰り返っているつもりだ?」


 俺がそう声掛けしてようやく再起動のかかる両名。

 体の使い方を忘れたような不器用な立ち上がり方をして並んで座る。


「座ってくれ」


 ゴードンはそう言ったものの椅子が足りていない。


「用意します」


 すかさずお姉さんが手配に回る。

 とりあえず俺とハマーだけ対面に座った。


「昨日はお疲れさん」


 俺としては軽い挨拶のつもりで言っただけなんだが。


「いや、そんなには……」


「疲れてはいないかと」


 こんな感じで反応がぎこちない。

 俺がガンフォールと友達だと知った直後に似ている。


「ひとつ聞いていいか」


「お、おう」


 何故そこでビクビクしながら頷くんだ?

 入室する時も変だったけど思い当たる節がまるで無い。


「俺、何かやらかしたか?」


 身も蓋もない質問であるにもかかわらず、ゴードンは首をブンブン勢いよく振るだけで要領を得ない。

 しばし待ってみたものの、それ以上の返事はなく途方に暮れちゃうっての。


 そこに受付のお姉さんがベンチシートを運び込んできた。

 月狼の友とルーリアがすかさず手伝いに回る。


「すまんな。任せっぱなしだった」


「いや、我々はすることがないからな」


 ルーリアが応じる。


「あら? 手続きはありますよ。昨日の報酬の支払いはまだですし」


 やはり、このお姉さんだけ普通である。


「受付のお姉さん、ちょっと聞いていい?」


「あら、賢者様でもナンパするんですね」


 無言で抗議すると「冗談です」とか言いながら舌をぺろりと出した。


「周りの人間がどう見ても俺に対してビビりすぎな気がするんだが」


「ああ、そのことですか」


 お姉さんが苦笑する。


「おそらく賢者様の予言が影響しているのではないかと」


 予言という単語にギルド長とケニーがビクッと反応したので間違いなさそうだ。


「赤イナゴの群れが天変地異のような事象により消え去ったという話はご存じですか」


「商人ギルドで一応な」


「それについても賢者様が予言されていたのではないかという話が出てきているのです」


「そんな訳ないだろ」


 立て続けに予言なんかしていたら超怪しすぎるっての。


「ですよねー」


 と言いながらお姉さんはコロコロと笑う。


「なのに皆さん、賢者様が神の使いかもしれないとか言い出して」


「なんだそりゃ!?」


 荒唐無稽な話に驚きの声が出てしまうのも無理ないよな。


「神の使いなんていないぞ」


「ですよねー」


「宗教関係者が宣伝のために神託を受けた聖職者をそう言ってるだけだ」


 神託だって世界が危機に陥ったとき限定だから本物はそうそうあるもんじゃないのだ。


「でも、ギルド長は信じちゃったみたいですよ」


「アンタは神の使いそのものを信じていないようだな」


 お姉さんはニッコリと笑った。


読んでくれてありがとう。

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