116 職業学校を提案してみた
改訂版です。
「簡単に同じものが手に入ると思われても困るぞ」
在庫は余り気味だけどペースを握られると面倒なことになりそうなので釘を刺しておく。
「これは参りましたな」
乾いた笑いで応じるアーキン。
「実は加工した職人を紹介していただきたいのです」
阿吽の呼吸でシャーリーがバトンタッチした。
その口ぶりからすると直接仕入れがしたいという訳でもなさそうだが。
「目的は?」
「弟子を送り込んで技術を習得させることができればと」
「職人がいないのか?」
「いない訳ではないのですが、この国の毛皮職人は非常に少なくなっているのです」
ふむ、理由としてはシンプルだな。
原因は単純ではなさそうだが。
「毛皮関連の商品は輸入頼みなのですが国内での価格が高騰して困っているのです」
「言いたいことは分かったけど無理だな」
「それはまた、どうして」
「俺は暇じゃない」
その一言で職人が誰かを察したようで商人ギルド組が遠い目をしてしまった。
「そもそも商人ギルドが介入していいのか?」
職人にだってギルドはあるはずだし手をこまねいていたとは考えにくいのだが。
「向こうから助けて欲しいと依頼を受けておりますので大丈夫です」
アーキンが語る。
「それに我々としても革製品の値段が高騰するのは頭の痛い問題でして」
「にしたって職人一人に弟子を何人送り込むつもりだよ」
まさか見落としてはいないだろうとツッコミ入れてみたら──
「「あ」」
2人してそんな状態とか頭を使うのが専門の商人ギルドの人間がそんなことでどうする。
「そんなことするくらいなら他所から革職人を招聘すればいいだろうに」
「いえ、大量に呼び寄せるとなると他国との軋轢が生じかねませんので」
その問題点に考えが至るだけ、まだマシか。
「そこは色んな国から少しずつ呼べばいいだろう」
「「あ」」
……頭痛くなってきた。
「あ、しか知らんのか」
「いやはや、面目次第もございません」
シャーリーとアーキンの2人はぺこぺこ頭を下げている。
「別に俺に謝る必要はないだろう」
「いえ、つい……」
シャーリーが恥ずかしそうにモジモジしている。
まあ、それだけ困っていることの表れだというのは分かった。
「そのあたりの問題を解決する手がない訳ではないな」
「「本当ですか!?」」
身を乗り出して聞いてくるシャーリーとアーキン。
「即効性は当然ないぞ」
職人の技術は経験を積んだ時間がものを言う世界だからな。
「「構いません!」」
2人ともどんだけ困ってんだよと言いたくなるくらい激しく首肯している。
「そこまで期待されるほどのもんじゃないんだが」
こう前置きしているにもかかわらずシャーリーもアーキンも鼻息が荒い。
「ギルド主導の職業訓練校を作るってだけだ」
職人の育成をベテランの職人任せにせずシステム化するのが目的である。
学校だから徒弟制度のように少人数制ではないのがミソだ。
カリキュラムを策定して単位制を採用し一定期間内に必要な単位を修得できたら卒業だ。
留年する場合は金が必要になるということにしておけば生徒も必死になるだろう。
そう説明すると──
「なんという独創的な発想……」
「起死回生の策となりそうですな」
「おいおい」
問題点に気付いていないな。
「暖簾分けじゃないんだから卒業後は顧客を一から開拓する必要があるだろう」
「「あ」」
二度あることは三度あると言うが、その「あ」はまさにそうだ。
「商人ギルドが責任を持って斡旋する必要がありそうですね」
人心地ついたような顔をするシャーリーだが、まだ問題はある。
「卒業したからといって腕が良いとは限らないのを誰が保証するんだ?」
商人ギルドが後ろ盾になるなら、そこまで考えておかないと大変なことになる。
信用を失うと回復させるのは並大抵のことではないからな。
「「あ」」
まったく……
「この問題は学校でどれだけどのように学ばせるかにも関連してくるぞ」
「どういうことでしょうか?」
シャーリーが首を捻っている。
アーキンも表情を渋くさせているので似たような有様だろう。
「学校での修業年数は外部の者にとって分かりやすい指標になるからな」
「確かにそうですね」
「それに教える人間の質しだいで予算と結果も変わってくる」
「「あー」」
「工夫のしどころではあるがな」
2人は困惑した表情を見せている。
「現役の職人を教員として迎えるのは無理があるだろう」
特に腕が良い者は給料より己の稼ぎの方が上になるのは明白だからな。
「「はい」」
とにかくお金の問題は難問である。
ギルドの運営費用に学校関連の予算が増えるとなると何処かにシワ寄せが来てもおかしくない。
「予算については国にお伺いを立てるといいぞ」
「「え?」」
「商人ギルドと職人ギルドの共同計画として様々な職業の養成学校を設立する計画を立てて国に援助させるんだよ」
「そこまで……」
「なんと大胆な」
シャーリーは息をのみ、アーキンは大きく目を見開いている。
「なんだったら冒険者ギルドも巻き込めばいい」
「冒険者ギルドもですか?」
「どうやってですか?」
シャーリーは見当もつかないと困惑した顔をのぞかせた。
何も言わないがアーキンも同様のようだ。
「引退する冒険者の職業斡旋になるじゃないか」
「そうでしょうか?」
「冒険者とは畑違いですからねえ」
シャーリーもアーキンも職業斡旋には懐疑的なようで訝しげな顔をしている。
「様々な職業の養成学校と言ったはずだが?」
「それはつまり職人だけに限らずということですか?」
シャーリーが目を丸くさせて驚きの声を上げる。
「ふむ、冒険者のノウハウを新人に教えれば色々とメリットがありそうですな」
まず死傷者が減り全体の技術水準が向上する。
それは冒険者が持ち帰る様々な素材が安定して供給されることにもつながる。
商人ギルドや職人ギルドにとってもメリットは大きいはずだ。
「それに革職人が不足しているなら引退した冒険者は打って付けだぞ」
「先生の仰っている意味がよく分かりませんが……」
困惑の表情を浮かべるシャーリー。
「ベテラン冒険者なら解体に慣れている者もそれなりにいると思わないか?」
「「あ」」
どうやらベテラン冒険者がどういう技能を持っているかまで考えが至らなかったみたいだな。
「何の素養もない者を一人前に育てるよりは短期間で職人が得られそうだろ」
「確かにそうですわね」
「盲点でしたな」
「加えて商人を集めやすくなる」
「「えっ!?」」
意外なことを聞いたと言わんばかりの表情で固まる2人。
「どういうことでしょうか?」
「そんな夢みたいな方法があると仰るのですか!?」
「夢でも何でもない」
風が吹けば桶屋が儲かる的な発想だから確実とは言えないが上手くいけば好循環でそういう結果になるはずだ。
「引退した冒険者のうち何割が悠々自適に暮らせると思う?」
2人は俺の質問が何の脈絡もないと感じたようで面食らっている。
「多くはなさそうですなぁ」
戸惑いつつもアーキンが答えた。
「そのうちの何人が新しい働き口を得られる?」
「半数もいればいい方ではないかと」
「あぶれた連中が困窮すれば裏家業に入っていく奴も出てくるだろうな」
現役の冒険者にまで手を回して積極的に集めたりするギブソンみたいなのもいたしな。
「頭の痛い問題です」
窃盗や強盗の被害にあう商人も少なくないということだろう。
「手に職をつけた者が真っ当に稼げるなら犯罪に手を染めると思うか」
ここで商人ギルド組の2人が何かに気付いたような表情を見せた。
「どうしようもない奴もいるだろうが、普通は食い扶持を失いかねない真似をしようとは考えないものだろう」
大きく頷いている2人の目にもはや先程までの困惑や懐疑の色はない。
「結果的に街の治安が良くなり商人も安心して訪れることができる訳だ」
「「おおっ」」
2人して感嘆の声を漏らしているが、そう大した発想ではないと思う。
「上手くいけば好循環になってという話だぞ」
「いえいえ、それでも我々にとっては悩みのタネを消すことができる希望の手となります」
「そうですね」
アーキンの言葉にシャーリーも賛同する。
「どんなに障害が多く困難でも何の解決策もない状態よりはずっといいです」
「となれば冒険者ギルド長だけでなく衛兵隊長も話に乗ってくるでしょうな」
「衛兵隊長に話を持って行くのは止めておけ」
「何故です?」
意外だと言わんばかりに目を見開いて驚くアーキン。
「どうせなら国との交渉材料にしろってことだ」
「「え?」」
治安の話まで街から国にスケールアップするとは思わなかったらしく2人は再び固まった。
「ブリーズの街だけ治安が良くなっても他がダメなら交易は難しいだろう?」
「「あ」」
今日は本当に「あ」ばかりだな。
「治安が良くなれば商材だけでなく人材も集まるようになって経済的に潤うようになる」
2人は目を丸くさせたまま頷いている。
「国のレベルで被害軽減による経済効果の見積もりを出して根拠を添えれば国庫から支援金が出やすくなると思うんだが、どうかな?」
「「………………」」
あ、ポカーンとしてるよ。
その後はボーン兄弟の今後の予定を聞いて俺の方も商売の話をした。
兄弟はこのブリーズの街で貸店舗を借りて雑貨店を始めることにしたようだ。
その流れで紙の商談を持ちかけたら商人ギルド組にまで食いつかれたけど。
こちらとしては好都合ではあるか。
色々と忙しくなりそうだけどな。
読んでくれてありがとう。




