115 商人ギルドに行ったら耳目が集まった
改訂版です。
奥の部屋に案内されるまでの時間は人前で特別扱いされることに慣れていない俺にとって拷問に等しいと言えた。
「誰かしら?」
「さあ? 存じ上げませんな」
「私も見たことがないですね」
「なんか若いけど金持ちのボンボンとか?」
「護衛も多いから、そうかもしれません」
こんなのが聞こえてくるせいでね。
冒険者のように明け透けにジロジロ見てこないとはいえチラ見で注目の的だし。
「あれってジェダイト王国の偉いさんじゃ?」
「言われてみれば確かに」
ハマーも有名人なの忘れてた。
「それなのに若い人が優先されていますね」
「重要取引先の関係者かもしれませんな」
間違ってはいない。
それくらいは簡単に想像がつくか。
「それはないでっしゃろ。護衛の格好が見窄らしすぎますがな」
おいおい、リーシャとかはともかくレイナを刺激するようなことを言ってくれるな。
過剰反応しそうなレイナは静かにしているけど聞こえているのは間違いない。
不機嫌オーラが出ているもんな。
「わかりませんよ。あえてあんな格好をさせて外では目立たないようにしているとか」
「護衛を雇うなら目立ってなんぼでっしゃろ」
「いや、最近はそうでもないですよ」
「金持ちだけを狙うという盗賊団ですな」
「嫌な世の中になったものです」
話がそれたかと安心していたら……
「それにしても、あの若者は何者でしょう?」
「見当もつきませんな」
「まったくです」
話題が元に戻ってしまった。
勘弁してくれっての。
「諦めろ」
職員が案内してくれた部屋からいなくなったのを見計らってハマーが言った。
俺の心境はお見通しということか。
「金クラスというのはそれだけ特別なんだ」
そんな特別はいらないが、なければないで不便なものだというのは分かる。
ホールで続く噂話を思うと胃が穴だらけになりそうだ。
「わかっちゃいるが、後のことを考えるとな……」
面倒ごとに巻き込まれる予感がしてならない。
「それは確かに、な」
そろって溜め息をつく。
「ねえ、ちょっと」
不機嫌そうなレイナから声がかかる。
「なんだ?」
「金クラスってどういうことよ」
「どうって、ジェダイト王に紹介してもらった結果としか言い様がない」
試験もあったけど受ける意味があったかは疑問である。
あれで酷い点数を出す奴は商人になるべきではない。
「念のために言っておくが、そっちと出会った後に知り合ったからな」
「それにしたって王族って何よ」
「ただの偶然だ」
疑わしげな視線を向けられる。
「別に信じなくてもかまわん」
「そんなことは言ってない。偶然とか実に疑わしいけど」
「信じてないって言ってるようなもんだ」
「フンだ」
結局そっぽ向いちゃったよ。
何が不満なんだろうね。
「ところで君ら、相手に失礼のないようフードは下ろしておこうね」
「大丈夫なの?」
レイナが警戒心をのぞかせながら聞いてくる。
「これから会う相手は大丈夫だ」
昨日も月狼の友のことを見て差別的な目を向けたりはしていなかったし。
まあ、レイナはシャーリーが来るとは思っていないだろうしな。
「ああ、すまない」
リーシャがフードを下ろすと次々とそれに倣った。
素直で助かるよ。
ラミーナであるというだけで色々と苦労しているはずなんだが。
この国は比較的差別的な意識はないようだけど。
ただ、何事も例外はいる。
油断しないのは悪いことではない。
月狼の友がブリーズに到着するのがもう少し早かったらギブソン一味から誘拐の標的にされていたと思うし。
「来たか」
早足で迫ってくる足音が……4人?
2人は足音の特徴からギルド長のシャーリーと副ギルド長のアーキンだと分かるのだが、残りが不明だ。
俺は今日帰る予定なんだから厄介ごとは持ち込んでくれるなよ。
「なんか面倒くさいことになる予感がするんだが」
「どうした?」
俺の言葉を受けて真っ先に反応したのはハマーだった。
「シャーリーとアーキン以外に2人ここに向かってる」
「ふむ、幹部の紹介といったところか」
「それだけで済むといいんだけどさ」
足早で向かって来るというのが怪しいんだよ。
「他に何がある?」
ハマーは俺の危惧するところが想像つかないらしく首を捻っているが。
細々と説明している時間はない。
シャーリーたちが到着したからな。
「こーんにーちわー」
ひょこっと子供のような仕草でシャーリーが顔を覗かせたのだが、アラサーでそれをするとはね。
「ああ、どうも」
素っ気ない返事になったが苦笑を我慢したからだ。
向こうは気にした様子もなく部屋に入ってきた。
続くアーキンは仏頂面で頭を下げるだけ。
ただ、顔を引きつらせているので何かを我慢しているように思える。
「それにしても昨日は大変でしたね」
「そうだな」
「赤イナゴと聞いたときは血の気が引きましたが」
ああ、穀物や野菜を取引する商人には蝗害は恐怖の象徴だろうな。
ギルド長という立場からすればフォローする必要もあるから他人事でなくなるだろうし。
「急に嵐が来て落雷と炎の柱で消え去ったとか」
「らしいな」
「昨日はその前にも嵐があったでしょう。もう驚くばかりです」
シャーリーは興奮気味だ。
「不思議なこともあるものだな」
白々しいとは思ったが、これで押し通す。
「自然現象ですもの。何が起きるか分かりませんわ」
俺は不自然現象だと思うんだが。
あれだけ派手にやると荒唐無稽に感じて人為的な匂いが逆に薄れてしまうのかもな。
この調子なら俺に疑惑を抱いている形跡はなさそうだ。
「案外、神の御業かもしれませんな」
ここでアーキンが会話に入ってきた。
意味ありげにシャーリーを見たかと思うとチラリと部屋の外へ視線を向けている。
連れてきた2人を待たせているのを気にしているようだ。
「今日はお客さんがいます」
「ああ、そのようだな」
出入り口の方へ視線を向けた。
「どうぞー」
シャーリーの合図と共に入ってきた相手を見て俺は固まりつつも、そう来たかと思った。
同時に面倒なことになりそうだとも。
表情だけはどうにか変えずに済んだけどね。
「はぁっ!?」
「なんでおるんやー」
「「びっくりです」」
「あらあら~」
「これはまた……」
俺以上に驚いている月狼の友。
驚きすぎたのか尻尾を立てて毛まで逆立てている約1名までいるくらい。
そんな中でノエルは平常運転で本当にどっちが大人なのかと思ってしまう。
「まさか、こういう形で再会するとはな」
俺が声を掛けると肩を縮こませて頭を下げる長身痩躯の男たち。
言うまでもなく、ボーン兄弟である。
「えーっと、申し訳ありません。毛皮のことで色々と喋ってしまいました」
「面目ありません」
兄のマシューが頭を下げると、弟のロジャーもそれに続いた。
この様子だとベアボアから剥ぎ取った皮の品質が良すぎて根掘り葉掘り追究されたな。
「いや、構わんよ」
「何だ、お主ら知り合いか」
ハマーが不思議そうに聞いてくる。
「月狼の友が護衛をしていた商人だ」
「おお、探す手間が省けたな」
後ろを振り向いて声を掛けている。
「で、ハルトはどういう知り合いだ?」
「前にノエルたちと一緒の所を助けたことがあってな」
それだけで何か悟ったような表情になったのは何処かの王女様を助けた時のことを思い出したのだろう。
「「その節は本当にお世話になりました」」
似たもの兄弟がハモると双子に見えるな。
「ああ、気にしなくていいから」
「とりあえず座ってちょうだい」
促されて俺たちと向かい合う形で席に着く。
「いや、まれに見る見事な毛皮でしたな」
アーキンの言葉にボーン兄弟は縮こまってしまった。
「さすがは副ギルド長。専門外でも見る目は一級品ということか」
「いえいえ。年を食った分だけ色々見る機会があっただけです」
謙遜しているアーキンだが表情はやや硬い。
何かあると踏んだ方が良さそうだ。
読んでくれてありがとう。




