112 ノエルの決意
改訂版です。
ルーリアが振り向いて月狼の友の面々を見た。
切れ長の目が更に鋭くなってて、怖いですよ?
童顔で殺気なんてまるで込められていないのに、やたらと迫力がある。
「そこまで勢い込まなくてもいいだろう」
俺としては覚悟があるかだけ確認できればいいのだが、ルーリアはこちらが思う以上に前のめりだ。
まあ、月狼の友やノエルの事情を知らないせいもあるだろう。
両親を亡くしたノエルは一族が住むリーフバルト大森林に行く予定だし。
彼女を送り届ける月狼の友だって自分たちの故郷の様子を見に行きたいはず。
彼女らを嫁にしようとした有力氏族のロリコン族長が死んでいる可能性もあるからな。
かなりの高齢だというし寿命や病気になることも考えられる。
双子がまだターゲットになり得る年齢だがバカ正直に真正面から確かめに行く必要はない。
そういった事情を考慮すれば今すぐミズホ国民になるとは考えづらい。
興味があるなら将来の布石となるので俺としては充分なんだよ。
勢い込んでいるルーリアの方が驚きだ。
「私は行ってみたい」
「覚悟はあるかい?」
「受け入れられるなら何処だっていい」
ちょっ、それは極端すぎやしませんかね。
投げやりなのは感心しない。
「言い忘れたけど、国元に残してきた者は全員がパピシーかケットシーだから」
「構わない」
人間種は俺だけだと知ってなお動じないルーリア。
「住んでいるのが人間かどうかなど些細なことだ」
平然と言ってのけるところを見ると自棄クソになっている訳ではなさそうだ。
「じゃあ、ルーリア。今日から君はミズホ国民だ」
「軽っ」
レイナのツッコミが入った。
「そんなので、ええんかいな?」
アニスも呆れた様子で思わず疑問を口にしている。
「いいんだよ」
まどろっこしいのとか面倒くさいのは不要だ。
「明日ジェダイト王国に寄ってから帰る予定だから、そのつもりで」
ルーリアに予定を伝えておく。
「心得た。よろしく頼む」
ルーリアは深々と頭を下げた。
話がまとまったと思ったんだが、妙な空気になっている。
ルーリアはスッキリした表情でいるのに対し月狼の友がお通夜のような重苦しい空気を漂わせているのだ。
「どうしたんだ?」
「行く所がないのよ」
レイナが自棄クソな感じで深い溜め息を吐き出した。
「そりゃまたどうして……って聞いていいのか?」
「愚痴になっても良いのなら」
諦めたような表情でリーシャが語り出した。
それによると、彼女らは俺と別れてから大森林には行ったという。
ルボンダ子爵の根回しがあったのを察知して裏をかいた結果だそうだ。
しつこいな、段ボールの奴。
「大森林に行ったんなら、なんでノエルがここにいるんだ?」
「エルフがいなかったからよ」
「意味が分からん」
「以前まで交流のあったエルフの集落がもぬけの殻になっていた」
それだけではない。
知る限りのラミーナの集落までもが同じ有様だったという。
出身集落は言うに及ばず例の有力氏族の所も、である。
「何者かに襲撃でも受けたとか?」
「そんな痕跡は一切なかった」
「せやな。自然に朽ち果てた感じになっとったわ」
ここでアニスが捕捉してきた。
「つまり人がいなくなって相応の時間が経過している訳か」
ふと、廃村という単語が頭に浮かんだ。
ネットで見た画像も連動するように思い出されるが、きっと似たような感じだと思う。
そういう所は陰気くさくて背中がゾワゾワする感じがすることが多いんだよな。
リアルでなんて絶対に見たいと思わない。
が、一度だけ近くまで行ったことがある。
高校の時の部活の合宿でキャンプをしたときのことだ。
夜になると肝試しとか言って半数くらいの奴らが近くの廃村に向かった。
直感に従って俺は行かなかったけど、皆がなかなか帰ってこないので途中まで迎えに行くことになった。
案の定というか、進めば進むほどゾワゾワが強くなって体も徐々に冷えていった。
そろそろ限界かなと思っていた所に肝試しに出かけていた連中とばったり遭遇。
結論から言うと奴ら道を間違えていやがった。
いつまでたっても廃村に着かないので諦めて帰ってきたんだと。
それはそれで肝が冷えたさ。
もっとも合宿から帰ってきてからの方がゾッとさせられたけど。
後日、明らかな脇道へと逸れていたことに納得がいかず色々調べた奴がいたのだ。
引き返す決断がもう少し遅かったら崖の上から転落していたという。
しかも、その地域に伝わる民間伝承では姥捨てなんかの現場だというのだ。
崖の下が川になっていて流されるから処理が手間取らないって……
血の気が引いたのを覚えている。
不幸な犠牲者が出なくて良かったよ。
次の合宿から、そこが外されることになったのは言うまでもない。
嫌なことを思い出してしまった。
地味にミステリーだが、今はそれよりも行く所がないと言った彼女らのことを優先しよう。
ションボリしている一同を見ると捨てられた子犬か子猫を見ている気分になってしまうしな。
「事情は分かった」
ただ、彼女らの心情までは実体験のともなわぬ想像で推し量れるものでもあるまい。
故郷に帰ってきたら誰もいませんでしたとなれば喪失感は如何ほどのものか。
軽々しい態度で接するのは慎むべきだろう。
「で、どうするかは決めてないんだよな」
全員が深くガックリ落ち込むような頷きを見せた。
いや、ノエルだけは小さくだったな。
いつもの無表情で通しているので分かりづらい。
けれども変に強がっているようには思えなかった。
今まで体験してきたことが彼女を鍛えた結果なのだとしたら、それはそれで悲しいものだ。
「何か希望はあるか?」
選択肢があって決めかねている可能性もないとは言えない。
「特にない。冒険者として放浪するしかなさそうだ」
リーシャが引っ掛かる言い方で答えた。
「ボーン兄弟の護衛を続けてきたんだろう?」
「この街に伝があるから店を構えることができるかもしれないそうだ」
街中の店と行商じゃ危険度が雲泥の差である。
ボーン兄弟がどちらを選択するかは考えるまでもあるまい。
そして最初は貸店舗で小さい商いから始めることになるだろう。
家賃や店舗を維持するための経費を考慮すれば誰かを雇う余裕はないはず。
ブリーズの街の治安が悪ければ時代劇に出てくるような用心棒も必要になっただろうが。
衛兵の対応力は悪くはなさそうだし悪党の組織は潰した後だ。
故に「先生お願いします」的な状況は発生するとは考えにくい。
当然、護衛も御役御免という訳だ。
必然的にリーシャたちは冒険者として活動するしかない。
そうなるとノエルはどうするんだ?
如何に大人びていようと子供である彼女に自立は無理な相談というもの。
保護者は絶対に必要だ。
ボーン兄弟かリーシャたちが引き取る話になっていそうだけど……
そんなことを考えながらノエルに視線を向けるとジッと見つめ返された。
「賢者さん、お願いがあります」
「何かな?」
「私を弟子にしてください」
そう言ってノエルはペコリとお辞儀した。
「「「「「なんですとー!!」」」」」
月狼の友の面々が取り乱し始めた。
「どどど、どういうこと?」
「うちら何かした?」
「訳わかんないわよ」
「「ノエルちゃんが壊れちゃうー」」
「あらあら~、どうしちゃったんでしょうかー」
おい、どさくさに紛れて失礼なことを言ってる奴がいないか。
頭の中では他の面子も似たようなことを考えているっぽいけど。
この様子だとノエルを引き取るのは月狼の友か。
悪い選択ではないと思う。
街中にいて何かの拍子にハイエルフであることがバレると面倒なことになりかねないし。
月狼の友に守られる方が安全性は高いだろう。
ただ、ノエルはそれで良いと思っている訳ではなさそうだ。
でなければ弟子にしてほしいなどとは言うまい。
「それはつまり、うちの国民になるって言ってるのと同じなんだが」
ノエルは躊躇うことなく深くコクリと頷いた。
今までと目の色が違うし意地でも曲げないって顔に書いてますよ。
「知り合いのドワーフ王に頼めば保護してもらえるぞ」
迷ったり考え込んだりする間もなくフルフルと頭を振られてしまった。
「リーシャたちもそこを拠点に活動すれば放浪せずに済む」
やはり頭を振られてしまう。
「旅を続けるのが負担なら何処かで定住してもいいんだぞ」
リーシャが言ってもダメ。
そこからレイナたちがあれやこれやと説得を試みたがノエルは決して首を縦には振らなかった。
筋金入りの頑固さんだね。
「皆が私のことを大切に思ってくれるのは嬉しい」
でも、ごめんなさいとノエルは頭を下げた。
「本当の家族みたいで楽しかった」
「だったらっ」
レイナが言い募ろうとしたものの言葉は続かなかった。
「でも、守られるだけじゃダメになる」
こんな風に言われてはね。
「両親がいないからとか子供だからとか、そういうことを理由に逃げたくないし負けたくない」
決意は相当に固そうだ。
確かに子供っぽい甘えは微塵も感じられない。
「家族に守られるだけじゃなくて私も皆を守れるようになりたい」
読んでくれてありがとう。




