111 住んでいるのは
改訂版です。
「あの島には誰もいないから心配無用だ」
ベリルママの援護の下、亜神や仙人たちが魔神率いる魔王や魔人たちを討伐したからな。
仕上げにベリルママが徹底的に浄化したから瘴気のしの字も残っていない。
実際に魔人が住んでいたという余計な情報は伏せておく。
神様とか亜神の存在は教えられないし、まかり間違って俺が倒したことにでもされたら厄介だ。
既に手遅れな気もするけど、今以上の化け物認定は今後のスカウトに差し支えかねない。
それはそれとして自分で言って気付いたことがある。
元魔人の島に誰もいない上に海が忌避されるということは所有者がいないことに他ならない。
だったら俺が貰ってしまおう。
で、広大な敷地を生かして農場や牧場を作り放題。
管理は自動人形に任せてしまえば手間も少なくて済む。
年が明けたら着手しよう。
「ちょっとぉ、何考え込んでんのよっ」
考え込んでしまっていたせいでレイナのクレームが入った。
「おお、すまん。島の利用法を考えていたんだよ」
ジト目を向けてくるレイナは明らかに引いている。
ドン引きじゃないだけマシだと思おう。
「いいだろ、誰のものでもないんだから」
「あんたがそういうこと言い出すとシャレにならないのよ」
疲れ切ったと言わんばかりに脱力しながら反論してくる。
「まあ侵略とかはしないだろうけど」
分かってるじゃないか。
喧嘩売ってくる奴がいるなら話は別だが好き好んで戦争したいとは思わない。
「国でもつくるとか言い出しそうだし」
あー、残念。
既に作ってますよ。
そう思うと、ついつい視線が可哀相な人を見るような目になってしまうんだよね。
俺だけじゃなくてローズもだ。
「ちょっと何よ、その目は」
すぐに反応するレイナは勘がいい。
それがどういう意味であるかを悟るまでには至らないようなので説明もしない。
ここで丁度お茶の用意が調ったので一息入れることにした。
お茶はホテルで用意されたティーセットではなく自前である。
つまりミズホ産ということだな。
取っ手のない丸みを帯びた湯飲み茶碗は珍しいようだ。
ちらちらと俺たちの方を見たり湯飲みを矯めつ眇めつして見たりしている。
「マナーなんぞ気にしなくていいぞ」
俺たちの方を見るのはそういうのを気にしてのことだろう。
一声かけてから先に一口飲んだ。
「昆布茶か」
独特の風味が鼻を抜けていく。
「疲れているときにはこれが良かろうと思ってな」
昆布茶は人を選びそうだしツバキの配慮は果たして吉と出るかな。
まずノエルとルーリアがお茶を口にした。
ノエルが無言で首をかしげるも表情には変化がない。
不思議な味ってところか。
「これは塩の味か……」
お茶としては風変わりだと感じたからか一口飲んだルーリアが小さく唸る。
「それに飲んだことのない風味だ」
更にそう感想を漏らしてから一気に残りを飲み干した。
「ノエル、どうなんだよ」
一口飲んで首をかしげたままのノエルにレイナが聞いている。
もしかすると匂いで敬遠していたのかもしれない。
「お茶とスープの融合」
なかなかユニークな感想だ。
昆布で出汁が出ているから言い得て妙だと思う。
「面白いことを言う。確かにそういう味だ」
ルーリアが賛同すると嗅ぎ慣れない匂いに躊躇していたらしい月狼の友の面々も恐る恐るではあるが飲み始めた。
「これがお茶?」
チビチビ飲みながら首を傾げるレイナ。
「「でも、美味しいよ」」
メリーとリリーの双子は率直に味わっている。
「これはもう塩スープだと言ってもいいんじゃないか?」
そんな風に言いながら味わうように飲んでいるのはリーシャである。
「いや、これ他のもんで味付けされとるけどお茶が下地になっとるで」
アニスはなかなか鋭いな。
「塩以外は、なに使こうてるか分からへんのがもどかしなぁ」
海を忌避する西方人が昆布の味を知っていたら驚きである。
「せやけどノエルがお茶とスープの融合言うたんは頷けるわ。斬新やけど旨いやん」
アニスは日本に行けばグルメリポーターとか評論家になれそうだ。
そういや、ダニエラが何も言わないな。
口に合わなかったかと思いながら見てみたら幸せそうな顔をして昆布茶を飲んでいた。
喜んでもらえたようで何よりである。
「ところで──」
ほぼ全員がお茶を飲み干したところでルーリアが話し掛けてきた。
「大山脈の東側というのは広いのだな」
レーヌ儀を見ながらしみじみと語る。
面積的には西方よりもやや狭いだろうけど。
国家が存在せず人が押し入ることの出来ない領域として見ると出鱈目な広さはあるか。
「賢者殿はここで人が暮らしていけると思うか?」
突拍子もない疑問に月狼の友の面々がギョッとして固まってしまう。
一方で聞いた本人は平然としており、どういう意図を持って発言したのか読み取れない。
「強力で凶暴な魔物がそこいら中にいて弱肉強食が茶飯事だから無理じゃないか」
うちの国民でもなきゃね。
「賢者殿でも?」
「俺は結界魔法を使うから不可能じゃないけど住みたいとは思わない」
「それはまた何故?」
割と粘るな。
ますますルーリアの意図が分からない。
「飯食ってる目の前で血飛沫とか派手に飛び散るのは勘弁してほしいからな」
グロは嫌なのだよ。
誰だってそうだとは思うけど特に飯時は嫌だね。
「ふむ、見当が外れたか」
「どういうことだ?」
「てっきり賢者殿は大山脈の東側で生活していると思ったのだ」
半分正解と言うべきだろうか。
もっとも、ルーリアの認識の中に極東の島は含まれていないとは思うけど。
「そりゃまた、どうしてだい?」
「若いのにあれだけ強いとなると過酷な環境で修行したのだろうと」
ぜんぜん違うけど、そんな風に考えるのも無理からぬことかもな。
ただ、神様が手出しを控えるくらい魔法を暴走寸前で使った結果ですなんて言っても信じてもらえまい。
「私も聞きたかったのだが」
今度の質問の主はリーシャだ。
「賢者ヒガはどこに住んでいるのかと」
疑問に思わないはずがないもんなぁ。
「国に部下がいるとか言っていたのも気になった」
あの話、忘れてなかったか。
「でも誰かに仕えているって感じがしないし」
なかなか鋭いな。
「宮廷魔導師とかありそうやけどな」
アニスも話に乗ってきた。
「これだけ凄い宮廷魔導師なら噂になってないとおかしいですよ~」
ダニエラが鋭い。
「「で、どこに住んでいるんですか?」」
双子はストレートだ。
まあ、いいか。
住んでいる場所を明かすくらいは。
「東の果ての島だ」
幻影魔法のレーヌ儀を回転させて彼女らが見やすい位置にセットする。
そして赤い点を明滅させた。
「国の名はミズホ。この赤い点の場所が王都ミズホシティだ」
「遙か東の果てとは聞いたが……」
唖然とした様子を見せるルーリア。
「そう。俺たちはここに住んでいる」
「何だかんだ言って魔物の巣窟みたいな所に住んでるんじゃない」
レイナが呆れたような声を出して割り込んできた。
西方人にとって大山脈の東側は魔境だから気持ちは分からんではない。
故に誤解を解く必要がある。
「国元には弱い魔物しかいないぞ」
「ウソでしょ!?」
「島国だから魔物だって海を渡らなきゃならん」
「ワイバーンみたいな空飛ぶ魔物だっているじゃない」
「前に大陸からワイバーンが飛んで来たことがあったけど対策したしなぁ」
「本当に雑魚だけなんでしょうね」
「出かける前に話した万を超えるゴブリンも湧いたが、あれはイレギュラーだったし」
月狼の友の視線がノエルに集まる。
「本当」
その返事に張り詰めそうだった空気がゆるんだ。
「聞いたことのない国だが、もしかして古い国だとか?」
自信なさげにリーシャが聞いてくるのは魔人伝説とかを聞かされて育った影響だろうか。
「いいや」
俺はおもむろに頭を振った。
「次の春で建国して丸2年だな」
「えらい具体的やんか」
「そりゃあ建国宣言した本人だからな」
マジマジと見られてしまった。
視線に威力があるなら結構痛い思いをしたかもしれない。
「非常識というか、桁外れというか、もうね……」
レイナは呆れ果てて二の句が継げないと言わんばかりだ。
「桁外れってのはどうだろうな」
俺としては首をかしげてしまう反応なんだけど。
「建国した時なんか俺だけだったし、今でも国民は50人ちょっとしかいないぞ」
「そないな場所で建国するんが桁外れやで」
首を傾げたら溜め息のハモりを聞かされてしまった。
月狼の友の中では言葉を交わさずとも意見が一致しているらしい。
「そんなとこまで行って建国しようとかいう発想がないわー」
「そうそう、今まで山の向こう側に行って帰ってきた人なんていなかったのよ」
レイナの言葉に思わずツバキを見てしまった。
ローズもハリーも見ている。
「な、なんやの?」
見られた本人ではなくアニスが困惑している。
「300年ほど前に大陸横断してミズホに至った人がこちら」
ツバキを右手で指し示す。
「ふぁっ!?」
奇妙な声が出たのはアニスだけだったが、皆一様に驚いている。
「俺の場合は2年前に君らの知らない場所からミズホに降り立った」
「知らない場所とは?」
ルーリアが聞いてきた。
「ミズホ国民になる覚悟があるなら、すべて話すよ」
魂喰いの話や異世界のことまで含めてね。
縁があるなら家族も同然ってことで隠し事はなしだ。
読んでくれてありがとう。




