108 課外授業
改訂版です。
「行くって何処に?」
怪訝な表情で聞いてくるレイナ。
何処に行ったところで何も証明できやしないと言わんばかりである。
「見通しが良くて比較的平坦な場所だ」
完璧など望むべくはないが、少なくとも小細工なしだと思ってもらえる場所は他にあるまい。
「そんな場所あるんかいな?」
アニスも疑わしそうに聞いてくる。
「あるぞ。海だ」
「「「「「海ぃっ!?」」」」」
引いてしまうほど激しい反応だ。
「何だよ? 海がどうかしたのか」
「どうかしたって……」
半ば呆然とした感じで何かを言おうとするリーシャ。
「「信じられないです」」
メリーとリリーなんて恐ろしいものでも見たとでも言いたげである。
「冗談きつっいで、大将」
誰が大将だ、アニス。
「海はさすがにドン引きです~」
君もか、ダニエラ。
そういや西方人にとって海は忌避すべき場所だった。
ベリルママに教えてもらったのに、すっかり忘れてたよ。
理由は聞いてないけど。
沖合に出れば海竜とかも出てくるようになるせいだろうか。
諸々の問題により行動が著しく制限されるからというのもあるな。
うちじゃ皆が漁をするようになって海竜さえ獲物でしかなくなったから感覚が麻痺していたよ。
月狼の友の中でレイナだけが落ち着いている。
「天変地異も起こすような賢者に常識なんて通用する訳ないでしょ」
酷い言われようだ。
まあ、雷連発と火災旋風を見せた後だと反論しづらいが。
「「「「「確かに……」」」」」
「あんなことを易々とやってのけるなら」
「「海でも凄い?」」
「大したことないとか思てそうや」
「ですね~」
怖がられるよりはよっぽどマシだけど、いじけたくなったさ。
既に心は充分に煤けている。
「ん?」
頭にふんわりした感触。
見ればノエルがいい子いい子といった感じで俺の頭を撫でてくれていた。
無表情だけど、誰より優しい娘さんである。
「みんな酷い言い方しない。賢者さんが傷ついてる」
くぅーっ、幼女じゃなきゃ間違いなく惚れてるね。
何にせよノエルの指摘により月狼の友の面々が謝罪してきたので俺もそれを受け入れた。
そういやルーリアが無反応だったような気がするんですがね。
まあ、過剰反応するんじゃなきゃ何でもいいか。
「とにかく魔法で結界を張れば海竜クラスの魔物でも弾くから安心だ」
「海竜クラスって、アンタね」
溜め息をついて呆れた目線を送ってくるレイナはもはや賢者とかヒガではなく、アンタ呼ばわりですよ。
「それ以前に、どうやって海まで行くつもりなん?」
「どうやってって、転送魔法だけど」
「もしかしてやけど」
「?」
アニスが何を言いたいのか想像付かなくて思わず首を傾げてしまう。
「賢者はんの転送魔法って、うちら全員を長距離転送できるんか?」
距離とか人数とか何かしら制限があると思っているんだな。
MPの枯渇が一番の懸念事項かもしれん。
「もしかしなくても普通にできる」
「普通て……」
「論より証拠ってね」
パチン!
フィンガースナップで指を鳴らした次の瞬間には俺たち全員が転送されていた。
「「「「「えっ!?」」」」」
周囲の見た目が瞬時に切り替わったことに驚く面々。
「ちょっ、えっ、下─────っ!」
アニスがパニックを起こして飛び退こうとしているが、出来るはずもない。
俺の理力魔法で海面から十数メートルのところに宙吊りされている状態だからね。
現在地はブリーズの街から遥か南東に進んだ洋上。
東方の海だから西方人に目撃される恐れはほぼない。
望遠鏡でもあれば話は変わってくるけど、ないっぽいし。
ミズホ国の近くならその心配も無くなるけど時差の問題が出てきて混乱されかねない。
中途半端な場所に来たのはそういう訳だ。
「心配しなくても俺の魔法だから落ちない」
この説明で大きく溜め息をついて肩を落としたので信用はされているのだろう。
「落ちないのは分かったが、落ち着かない」
リーシャの言葉にアニスが全力でブンブンと首を縦に振って頷いている。
高所恐怖症って訳じゃなさそうだけど足場がないのが不安なんだろう。
「かといって水面に近づくと色々近寄ってきそうだしなぁ」
今度はレイナがギョッとした表情をする。
「そこはご自慢の結界魔法でしょうが!」
「それもそうだけど──」
言いながら俺は倉庫からフェリーサイズの船を引っ張り出した。
即席だから上は甲板だけで真っ平らだし理力魔法で動かすからスクリューや舵もない。
「なんじゃこりゃあ!?」
レイナさん大興奮で尻尾の毛とか逆立ってますよ。
とりあえずスルーして船を静かに着水させると甲板へ降り立つ。
「デカッ!」
降り立つなり甲板の上を走って全方位を確認して回っている。
「子供か」
「放っておけば、すぐに静かになる」
とリーシャが言ったので放置して課外授業を始めることにした。
「まずは水平線を見てくれるか」
リーシャが首を捻った。
アニスも何かを思い出そうとするような顔をしている。
「賢者殿、水平線とは何だ? 少なくとも私は初めて聞いた」
ルーリアが代表するかのように聞いてきた。
「私もだ」
「右に同じや」
最初に首を捻っていたリーシャとアニスが続く。
他の面々も同意見のようだ。
海が忌避される世界なら無理からぬことか。
「地平線は聞いたことがあるよな?」
これが分からなきゃ説明は難しい。
「そんなん当たり前やん」
月狼の友の他の面子もアニスと同様の返事だ。
これなら説明は楽だと思ったところで……
「なるほど」
というルーリアの声が聞こえてきた。
「地平線と同じように晴れていても水面がそれ以上見えなくなる場所が水平線なんだな」
「はい、正解」
おおーという感嘆する声がハモっている。
パチパチパチという拍手のおまけ付きだ。
そのせいか幾分ルーリアが照れくさそうにモジモジしている。
そういう姿を見ると、童顔と相まって俺より二つ年上の18才とは思えないんだが。
「別の言い方をすれば海と空との境界と言えばいいのかな」
今度は、ふむふむという頷きが返される。
「それじゃあ水平線に注目ぅ」
俺が促すと皆が一斉に視線を向けた。
いつの間にか走るのを止めていたレイナも一緒だ。
「賢者さん、水が膨らんで見える気がする」
最初に言葉を発したのはノエルであった。
リーシャとメリー、リリーの三姉妹が頷いている。
「不思議ですねー」
首を傾げながらそう言っているのはダニエラだ。
「えー、扇状に広がってて滝とかになってるんじゃないのぉ?」
レイナはなかなか疑り深い。
「せやったら水煙とかあがってへんのはなんでやの?」
アニスの質問に答えに詰まってしまったが。
「平らになるはずの水面が丸みを帯びるか」
ルーリアが言いながら唸っている。
「あの丸い地図が正しいと証明する材料のひとつにはなりそうだ」
慎重に考えているようだな。
もちろん、これだけで証明できるとは思っていない。
「じゃあ、こっち見て」
皆の注目を集めてからバスケットボール大の白いガラス玉を用意する。
理力魔法で浮かせて皆の死角に爪楊枝を立てて前へと回転させていった。
「今この爪楊枝はどう見えた?」
「一番上から徐々に見えてきた」
ノエルが真っ先に答えた。
「素晴らしい観察力だ」
そう言うと、ちょっとはにかんでいるように見えた気がする。
「では、いま乗っている船と同じものを遠くに送り出せばどうなるでしょうか」
「海に面している部分から徐々に見えなくなる?」
呟くように答えたのはレイナだったので、ちょっとからかってみることにした。
「それなら滝になっていても同じなんじゃないの」
「んな訳あるかぁっ」
ちょっと向きになった感じで反論してきた。
「こんだけ奥行きがあるもんが滝に落ちるならひっくり返るに決まってるじゃないのっ」
「つまり徐々に見えなくなるなら丸いことの証明になるよね」
「うっ」
返事に詰まるが渋々頷いた。
「他に反論ある人、手を上げてー」
軽いノリで聞いてみたが、いないようだ。
「では実験を開始するとしよう」
同じ船を出して着水させるのだが実験をするにあたって甲板に柱を立てた。
高さによって赤青黄と塗り分けている。
「これなら、更に分かり易いだろ」
読んでくれてありがとう。




