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20.カゲとスミ2

「カゲくん英語の課題見せて~」


 授業合間の休み時間にスマホゲーへ勤しんでいると、机の正面から澄恵が声をかけてきた。

 夏休みが明けて三日目にして、澄恵はさっそく宿題をすっぽかしてきたらしい。というか、端から俺に見せてもらうつもりだったのだろう。


 さすがにそれでは澄恵のためにならないと思った俺は、あえてあしらうような態度をとる。


「今いいとこだからムリ。英語の課題くらいなら、昼休みに頑張ればできるよ」


 すると、例のごとく澄恵は俺の背後に回り込んで縋りついてくる。


「むむぅ、課題を見せてくれないならこのまま祟り殺してやる~!」


 次に澄恵がとる行動はわかりきっている。俺は澄恵の腕を先に捕まえ、首絞め攻撃ができないように拘束した。

 すると、暴力を諦め脱力した澄恵は、俺の耳元で囁くように呟く。


「イジワルしないでよ……私、カゲくんのこと大好きなのに……」


 近頃の澄恵は、すぐにこうやって俺との関係を引き合いに出す。

 もちろん俺は澄恵が大好きだ。世界平和と澄恵のどちらか一方を選べと言われたら迷わず澄恵を選ぶくらい澄恵のことが好きだ。ぞっこんだ。首ったけだ。


 何も俺は嫌がらせで宿題を見せないわけではない。愛しの澄恵のためを想っての行動なのだ。

 澄恵も澄恵でわかっているクセに、すぐにこういう挑発をしてくる。学校は周囲の目があるため、余計にタチが悪い。


 というわけで、少し釘を刺す必要を感じた俺は、振り返って澄恵のぷにぷにほっぺを両手でつまむ。

 そして、無言で左右に引っ張ってやった。


ひいふい(DV)はんはいはんたい!」


「いいかスミちゃん。これは愛のムチなんだ。わかってくれ……」


あいはあいがあうなああるならやはひふひほやさしくしろ~!」


 頬が引っ張られてカエルのような顔になった澄恵もなかなかかわいい。というか、澄恵はどんな顔でもかわいい。

 そんな調子で俺と澄恵が戯れていると、俺たちの聖域に近づこうとする危険因子の存在に気付いた。


「今日もお熱いねぇお二人さんよぉ。もう付き合っちまえよ」


 そんなセリフと共に姿を現したのは、クラスの陽キャ四天王が第一位の夏川だ。

 毎度のごとく、からかい目的で声をかけてくるのはやめてほしい。というか、すでに付き合っているので非常に返答しづらい。

 しかし、無視するのも悪いので何かしら返事をしておく必要があるだろう。


「ええと……」


 と、澄恵の頬から手を離してから適当な言い訳をしようとした瞬間だった。


「私たち、もう付き合ってるよ」


 なんと澄恵は、夏川に対してキッパリとそう告げた。これには俺も驚かされた。

 俺と澄恵は付き合っていることを隠しておこうという約束はしていないが、それにしたって自らバラす必要もない気がする。

 そしてもちろん、澄恵の発言を聞いた夏川は目を点にし、驚きで表情を固めていた。


「……冗談だよな?」


「うんん、ホントだよ。ね?」


 さすがに澄恵の前で否定できないと思った俺は、観念したように首を縦に振る。

 すると、夏川はなぜか茫然自失のようになり、「そっか、お幸せに……」とだけ言い残して去っていった。


 自分で話を振っておいて、このテンションの下がりようは何なのだろうか。

 そういえば、夏川は以前「昔は澄恵のことが好きだった」と告げていたが、まさか未だに少し気があってショックを受けているのだろうか。

 だとしたら、少し優越感に浸れるというものだ。


 しかし、澄恵の爆弾発言は夏川だけでなく多くのクラスメイトが耳にしており、微妙に俺と澄恵は注目を集める存在になってしまった。

 危機感を抱いた俺はこっそりと澄恵に耳打ちをする。


「あんな正直に言ってよかったのかよ」


「別にいいじゃんホントのことなんだし。それに、隠してなければ堂々としてられるじゃん」


「そりゃそうだけど……」

 

 なんだか、今日の澄恵は随分と強気だ。

 先日澄恵は、髪を切った理由を「素直になりたかったから」と答えていたが、その影響がもう出ているのだろうか。


 そういえば、昔の澄恵はこんな感じで何でもはっきり言う元気な女の子だった。

 澄恵は、今までの自分の感情をごまかし、はぐらかしていると言っていた。もしかしたら、これが澄恵の『素』なのかもしれない。


 そんなことを考えていると、間近で俺と向き合った澄恵は、どこか感情の読めない視線を送ってくる。


「ねえ、英語の課題見せてよ」


 何かと思えばそんなことか。

 俺は自分の意思を貫くと同時に、拒否したらどうなるか興味があったので変わらず厳しい態度で応じる。


「ヤダ」


「見せてくれたらちゅーしてあげる」


 その言葉を聞いた俺は、再び澄恵のぷにぷにほっぺをつまんで左右に引っ張ってやった。


「ありがたみがなくなるから、そういうのはやめなさい」


「う~! ふーしはいちゅーしたいふへひくせに~!」


 俺は、文句を言う澄恵の顔が面白く、笑い出してしまった。

 そして、澄恵のほっぺを解放してやると、澄恵も釣られて笑い出す。


 なんだかんだ澄恵と付き合いだしても、こうしてふざけ合って笑い合う日々に変わりはない。

 それは楽しく、幸せな日々だ。


 結局、俺と澄恵の関係は、付き合う前も後も、さして変わっていなかったかもしれない。

 それでも、俺と澄恵は以前より素直になれた。

 お互いを好きと認め合い、自分の気持ちを隠さなくなった。それだけで、告白した意味はあったと言えるだろう。


 これからは堂々とデートにも誘えるし、学校でも堂々とイチャイチャできる。(まあ節度は考えるが)

 それもまた、幸せなことなのだろう。


「それじゃ、答えは見せないけど勉強は教えるよ」


「うん」


 そんな言葉を交わし、机を挟んで向かい合った俺と澄恵は共同で英語の課題に取り掛かる。

 しばらくすると、チラリと顔を上げた澄恵と目が合う。


 その時見せた澄恵の笑顔は、心の底から愛らしく見える、最高の笑顔だった。

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