1-51 これが
これが、土を蹴る蹄の音なのか、と思った。急がせているのだろう、車軸の軋む音も聞こえてくる。私たちは足を止めて道の端に寄り、馬車が通り過ぎるのを待っていた。
間もなく、揺れる光が馬車道へと入り、聞こえてくる音が変わった。
蹄が石畳を打つ音は、思いのほか軽い。そのリズミカルな音を、車輪が追っている。
星明かりの淡い光の下、はっきりと見えるようになった馬車は二頭立てで、馬の背の鞍には、ライト代わりの魔道具なのか、光る何かが取り付けられている。馬車の本体部分は箱型で、御者さん以外には見えるところに人はいない。
一瞬、御者さんがこちらに会釈をしたようにも思えたが、見る間に馬車は私たちの前を通り過ぎ、風を巻き上げながら星明かりの届かない闇の奥へと消えて、見えなくなった。
はー。なんか、緊張した。
「少し、お急ぎのようでしたね」
「ええ」
馬車が現れたのは、転生者組合第三支部の建物がある脇道から。ただ、あの脇道は色々な国の騎士さんたちが住むお屋敷の方にも枝分かれしている。
猛スピードで私たちの前を駆け抜けていった、というほどではないにせよ、のんびりと夜の散歩を楽しむ速さでもなかった。
転生者組合ないしは、どこかの国の騎士さんのお屋敷からやってきた馬車は、鐘楼広場か、広場から通じる道の先に用事があって、急いでいた。今の私に分かるのは、ここまでだ。
「えーと」
組合の方から来たのかどうかは、トーチライトさんに聞けば、今すぐにでも分かるだろう。ただ、それを分かって、私はどうしたいのか。
「馬車って、間近で見ると、大迫力ですね!」
広場に止めてあった二台の馬車が、こうなってくると気になってくる。
それでも。
「横殴りの風が、ばーっと来て、髪がばさばさになってしまいました」
手櫛で髪をとかしながら、私が先に歩き出す。
「髪を切ってもらえるところって、あるんですか?」
これ、なんとかしたいです。
そう言って、長い髪を指先に巻きつけて持ち上げ、トーチライトさんを振り返った。




