1-50 それでは
「それでは、桜餅はどうですか」
落ちてきた桜の花びらを捕まえようとしては失敗しつつ、新たな問いを私はトーチライトさんに投げかけた。
「桜餅?」
「あれ。もしかして、こちらの世界にはありません?」
絶対、あると思ったんですけど。
「桜餅はあるわよ。でも、どうですかって、どういうこと?」
「関西風と関東風の二種類に分かれてるんですが……」
むー、そういえば、さっきのお店のデザートメニューに桜餅は、あったっけかな。
抹茶ティラミスに気を取られてしまっていたか。
「関西と関東って、地域の名前よね?」
「そう……ですね。前世の世界……というか、転生者の母国を、西と東に大雑把に分ける時に使う言葉です」
「その、西側と東側で、地域差が桜餅にはあるの?」
「あったと、思うんですが」
なんか自信なくなってきた。
「トーチライトさんが知ってる桜餅は、どのような?」
「桜の葉に包まれているお餅にお米の形が残っていて、中にあんが入ってるんだけど」
「それ、関西風のやつです」
なんか、お寺の名前が付いてたような気がするんですけど……むぅ、忘れた。
「関東風のは?」
「えーと、桜の葉っぱで包むのは同じなんですけど、お餅の種類が違ったはずです。お米の形が残ってない……ような」
むぅ。これも自信がない。
「あなた以外にも、覚えてる人って、いるのかしら」
「むーん、どうでしょう」
そもそも、自分でも、どうしてこんなことを覚えているのか、良く分からないんですけれども。
「転生者の前世の記憶って、必ずしも、自分自身の記憶ではないんじゃないかという気がしますです」
思い出す内容は、自分の実体験に根差したものというより、漠然と見聞きしたもの、という印象がある。その見聞きが、自分自身の経験なのかどうかが、はっきりしない。
「転生者全体で前世の記憶と称するものを共有していて、その断片が不意に出てくる、といいますか」
前世の私は桜餅を好きではなかったかも知れないし。であるならば、好きではないはずの桜餅のことを、ここまで覚えているとも思えない。
でも、嫌いだから覚えてる可能性ももちろんある。
あー、頭がぐるぐるする。
「そうね……その辺りのことは、過去に議論になったことがあるらしいのよね」
あー、そうなんですね。
「結論は出たんですか?」
「簡単に言うと、分からないし考えてもしょうがない、だったと思う」
うん。私もそう思う。ただ、言えるのは、過去の自分がこうだった、という、自覚のようなものがきれいさっぱり消えているということだけだ。
家族のこととか、そういう、人にまつわる郷愁めいたものはなくて、風景とか匂いとかに、私自身が感じる懐かしさは今のところ、限られている。
「あ」
桜の花びらが鼻先に落ちてきた。
「とぅ!」
両手で蚊を叩くようにして、花びらを捕まえ……よし、捕まえた!
「やっと、桜の花びらを――」
これ、何の音ですか?
「馬車みたいね」
揺れる明かりが、転生者組合第三支部の建物がある、脇道の方に見えていた。




