1-42 あー
「あー、いや、でも、やめときますです」
「遠慮しなくてもいいのよ?」
「いえ、遠慮とかではなく、本当に」
多分、私、お酒が全く飲めないタイプの女だと思われます。
「あら、そうなの」
トーチライトさんは、お酒を良く飲まれるんですか。
「お酒に強いとかはないけど、たまにはね」
おお、大人の女。
「何言ってるのよ」
障子戸の向こうから、失礼致します、という声が聞こえてきた。
「あ、はい、どうぞ」
トーチライトさんがそれに答えると、音もなく障子戸が開き、先ほどの女中さんが現れた。
「失礼致します、お食事をお持ちしました」
そう言って、女中さんが、あれ、なんていうんだろう、手押し車みたいな感じでご飯とか載せる台がついてるやつ。それを押して、部屋の中に入ってきた。
台の上には、黒っぽい陶器のお皿。その上に、お寿司がずらりと。一、二、三……十五個もある。お寿司だから、十五貫か。あと、お椀が四つ。大きいのと小さいの。
手早く女中さんが、お皿とお椀、箸置き、お箸、木製のスプーンをテーブルの上に並べていく。
スプーンがあるということは、小さい方のお椀は、茶碗蒸しかな。
「デザートはあとでお持ちしますね」
デザートもあるのか。
と思っていたら、どうぞ、と小さなメニューを女中さんから差し出された。
「えーと、これは」
デザート専用のメニューですか。
「好きなものを選んで」
トーチライトさんからの補足が。あ、なるほど。デザートは選択制、と。
むーん。
色々あるなぁ……よし。
「抹茶ティラミスで」
もう、私は転生者の尽力には、決して、驚かない。
「トーチライトさんは、どうします?」
「私は……そうねぇ。あ、大福餅を焼いたのって、今もやってる?」
まさかのメニューに載ってないやつ!?
「はい、ございます」
あるんだ。
「じゃあ、それをお願い」
「かしこまりました」
それでは、ごゆっくりどうぞ、と一礼をして女中さんが去っていったのを見届けてから、私は思っていたことを言ってみた。
「あのー。私の前世の記憶だと、大福餅って、わりと、お腹に溜まる食べ物だと思うんですけど」
目の前には、十五貫のお寿司。
回転するところでたくさん食べる人からすれば、物足りない量なのかも知れないけど、私の身体が、この量は多いと判定している。
「平気」
平気ときましたか。
「あ、でも、そうね、デザート、少し、シェアしない?」
「いいですよー」
なんか、女子会っぽい。
「じゃあ、食べましょう」
トーチライトさんが、小さな声で、いただきます、と言った。その習慣も、こちらの世界に根付いてるのか。
うーむ。あ。
「あのー、こういうお料理って、こちらの世界では、なんか、名前ついてます?」
「名前? お寿司じゃなくて?」
さすがに、江戸前寿司という言葉はないのかな。
「もしかして、江戸前寿司?」
「おぅ、その言葉もあるんですね」
「江戸って、あなたたちの前世の世界の、昔の時代のことよね」
「よくご存じですね」
「転生者組合の仕事をしているうちに、詳しくなってしまって」
なるほど。
ふむ。
「大きい方のお椀の中は……赤だしのお味噌汁」
鯛の切り身っぽいものが、贅沢にどんと入ってる。
「これって、鯛ですかね」
「そうよー」
あ、もう食べてる。
「お魚が、この辺りはよくとれるんですか」
「海のものは、だいたい、海竜の皆さんが持ち込むわねー」
……かいりゅう? 海のドラゴン?




