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第九十三話

「──構わないよな? 月ヶ丘の使者殿()


 念押しの確認とともに若干の皮肉を込めつつ、月ヶ丘朧にそう呼びかける。思えば当真晶子の初顔合わせの時や始業式後の打ち合わせの時といい、会長が絡むとこうやって仲裁ばかりやっているような気がする。正直、ガラでもないので誰か代わってほしいものだが……期待するのは難しそうだ。


「──あぁ、構わないさ、当真の代理人殿()


 自分でいうのもなんだが、俺のとりなしあっての交渉再開にもかかわらず皮肉を皮肉で返すあたり、どうやら本来はいい性格をしているらしい。素顔の読みづらい余所行き満点の言動から垣間見える反応に、しかし表向き取り合わず、あごをしゃくることで続きを促す。


「天乃原学園が当主選定にこれ以上ないアピールの場だというのは君の言う通り。しかし、一方で他家の事情に巻き込まれる形となる天乃宮の不興を買いかねないというのも同じく君が懸念する通りだ」


「なら、なぜ一騎打ち──だったか? を申し込んだ?」


「無断で行えば、際限なく争えば、そうなる。逆に言えば、管理された競い合いなら交渉次第で実現する目はある。そう踏んだ」


 そして、その思惑はうまくいったのだろう。でなければ、この場で話を持ちかけられるわけがない。


「その交渉には学園の問題解決についても含まれてるのか? その場合、俺達との関係はどうなる?」


「含まれている。天乃宮の手前もあるが、学園に関しては我々にとっても優先順位が最も上だ。なので君達とは状況次第で行動を共にする可能性があるかもしれない──まず有り得ないとは思うが」


「なぜだ?」


「どちらの陣営が問題の一端に直面しても手に余ることはないはずだからだ。相応の地位や権力はあっても所詮、相手は()()()だ。そんな連中に負ける想定はしていない」


 たしかに言われてみればもっともな話だ。おそらく情報共有が多少あるくらいで実際は早い者勝ちになるだろう。下手に足並みを揃えるより効率がいいとも思う。それならそれで──


「──別に一騎打ちしなくてもいいんじゃねぇの? この学園にどれだけ貢献出来たかでも白黒はつけられるだろ。次期当主を選ぶなら、むしろそっちの方が資質や適性を測るのにふさわしいだろうに」


「その貢献度が数値に表せられるなら一つの案だが、明確な基準が作れない以上、結果に疑義が出る。ひいてはその判定する人物も完全に中立かすら疑わしくなる──こちらとしては天乃宮家の令嬢をそのような非難の対象にしたくはない」


 それは遠回しに会長が判定に手ごころを加えると言いたいのか。同じ結論に達したらしい会長が顔を赤くしながら絶句する。……せっかく仲裁したというのに火に油というか、下火を煽ってどうすんだよ。


「だから完全に白黒つけるなら一騎打ちを、ってか? じゃあ、複数行う理由は?」


「異能者を束ねる当真の当主である以上、優れた異能者の支持を集めるのは必須のはず。強く、数多くの支持をどれだけ集められるか。少なくともその最低条件を満たせているのか。当真家、時宮の住人が納得出来るいい手段だろう。それに──」


「それに?」


「思いの外、早く次期当主候補が絞られたので当真本家からそれらしい競技を設けろとお達しがあったそうだ。異能者達を束ねる当真家当主が盛り上がりに欠ける催しで決まるなど断じてならない、とも」


 ようはイベントがしょっぱいと立場やその後の活動にケチがつくというわけだ。アイドルの集客力のなさを強引な動員で誤魔化すんじゃあるまいし、顎で使われる側からすれば微妙に白ける情報だ。……もっとも、隣で同じ話を聞いているはずの空也は反対の感想のようだが。ちっ、この戦闘民族め。


「──納得したくはないが、理屈は……まぁ、わからなくもないな」


 俺のそんな感想に、理解があるようで助かる、と月ヶ丘朧。社交辞令だ! と言いたいところだが、俺がどんな反応しようが大差はないようで、話を具体的な流れへと続けていく。


「とりあえず、まだ確定ではないが今月から月に一度、計十戦を行い、その勝ち数が多い方が当然ながら勝利だ。月一にした理由は、その間のインターバルを学園の調査・問題解決に充てるためと、次期当主への引き継ぎ準備を想定してだ。……選定があっけなく決まらないようにするとの意図もある」


 十戦ってことは来年の二月が最終──あくまで星取り勘定がそこまでもつれた場合だが──か。どの道、俺は契約で今年度いっぱいは学園に残るので当主選定が早めに片がついても、学園が卒業前に正常化の目処が立ったとしても──その場合はお役御免にされる可能性はあるが、無理矢理引っ張ってこられた以上、その線は薄いはず──特段困ることはない。長引くのが確実の面倒ごとが一つ余分に増えたくらいでしかない。


「十戦だと引き分けもありえるわけだが、その時はどうするんだ?」


「それはない」


「えらくはっきりと断言するな。……そのこころは?」


「こちらの用意する代表者で五敗以上するなどとは微塵も想像しないからだ」


「……ようやく素を見せやがったな、この野郎」


 曲がりなりにも交渉役、天乃宮のいる前ではそつのない振る舞いも傲然とした本性をいつまでも隠しきれるものではない。ヒトならざる能力を備えるという自負が支える異能者の我の強さ──それがぶつかり合おうというのにたとえ言葉の上だけでも謙遜の文字はない。


「──そんなに自信があるなら、別に今ここで決着をつけてもいいんじゃないかな」


 そして、“それ”があてはまるのはなにも向こうだけではない。普段の緩さが失せ、冷え冷えする口ぶりと共に空也が前に出る。もうこの時点で何を考えているのか明白だが、止めようと突き出した腕もむなしく月ヶ丘朧に突進する。


「──ほう、これがそうか」


 直線距離を詰めての襲撃ではなく、自らの代名詞となった異能と脚力を用いる空也に月ヶ丘朧のトーンがわずかに感慨を漂わせる。さして広くもない室内をまるで惜しみなく塗りつぶす絵筆のごとく縦横無尽に動く──ゆえに空間殺法。


 もはや触れることは困難、視認すら怪しい身となった空也が月ヶ丘朧を襲う──


「──あれ?」


 そんな困惑を抱えた呟きが届くと同時に空也の体が教室の隅へと墜落する。まるで鉄砲玉のように飛び出したかと思えば、止める間もなく勝手に自爆した。端から見ればそうとした言いようがない。


 しかし、目の前にいる月ヶ丘朧がなにかしたとしか思えない。でなければ類まれなる運動能力とバランス感覚を持つ空也が力場干渉の足場を踏み外すなどという失態をピンポイントで今都合よく起きるわけがないのだ。


「当真瞳呼も人の話を聞くタイプではないが、血の気の多さという点に関していえば、君達もたいがいだな。だがこれで──」


 その言葉を遮るように再びの墜落音。二度目の攻撃失敗となった空也が結果とはうらはらに妙にぎらついた笑みを浮かべていた。とっさの受身の見事さといい、いったいどういった神経なのか友人ながら二重の意味で少々ドン引きせざるを得ない。


「──なるほど、普段どおりに動いたつもりなのに失敗したということは五感を乱されてる? その実感もないのに効果が発動しているのは対象の精神に干渉する催眠系の特徴異能……当真の血筋が入った月ヶ丘の人間なら瞳術を介していると考えるのが自然かな」


 自らの被害などおかまいなしとばかりに淡々と考察

を漏らす空也。いざ戦闘に入れば性格が変わるタイプは珍しくないが、空也の場合、どんなテンションになるのか読めないのが恐ろしい。普段の緩さすらその一部のようで。常在戦場という言葉があるが、普段と戦闘の()()()()を感じさせないという意味ではないだろう。


「なるほど、とはこちらの台詞だ。時宮で黄金世代ともてはやされるゆえんを垣間見せてもらった」


 ──たしかに相手取る必要があるな、と俺ほど露骨にドン引きはしないものの、月ヶ丘朧が案外素直に認める。まぁ、たしかに未知の能力をもった敵にここまで向こう見ずに立ち向かうなんていくら異能者でもそうそうないだろう。自分の身を削って情報収集なんてなおのことだ。


「納得してもらってなんだが、一息つくには早いぞ。空也は運動神経に自信があるからな、階段を踏み外した時のような己の意思に反した浮遊感を味わうのが新鮮なんだろうさ──悪いが、本人が納得するまで付き合ってくれないか?」


「──どこまで能力が持つのかな? 効果範囲は? 優之助の『制空圏』をも謀られるのかな? カロリー消費は? 視覚外からでも能力は発動出来るのかな? それとも発動や仕掛けが目である必要はないのかな? さあさあさあさあ──僕の運動神経をもっとかき乱しておくれよ」


空也の足が小気味よくシューズのゴムを鳴らす。今度は逃さないとばかりに。


「──そこまでにしてもらおうか! うちの交渉役に非がないとはいわないが、その身を損なわれては自分がついてきた意味がないのでね」


 この場の誰のものでもないはつらつとした声が空也の機先を制する。声のする方向を見ると壁に激突した衝撃にも揺るがなかった扉が大きく開け放たれ、廊下から一人の男子生徒がこちらを伺っている。


 まず間違いなく声の主だろう。何らかの武術を修めているとわかる体格と体幹、くっきりとした──というより“濃い”──顔立ち、腹の底から押し上げたような声量、どれをとっても先客とは対極だ。


「──今度はどちらさん?」


 と聞いてはみたが、その答えはだいたい予想の通りだろう。こんな修羅場一歩手前で子供の使いがくるわけがない。そこの交渉役のお目付け兼、護衛兼、記念すべき()()()()()()()()だ。


「おそらく君らの察しの通りだ! 朧、下がりたまえ、ここからは自分の役目である──諸君、改めて紹介させてもらおう! 自分は当真十槍一番手『一意(いちい)』、『騎士の極み(ナイトマスター)騎士峰(きしみね)(たける)だ」


ある意味、月ヶ丘朧以上に型に則った喋り──こちらは装っているのではなく、常からのようだが──でそう名乗った男子生徒は誤解する余地なく、自らを敵だと認めた。

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