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第七十四話

「──姫君、ね」


 月ヶ丘清臣の気障ったらしい表現に鳥肌が立つのを感じつつ、表向き鷹揚に受け流す。名前と掛けたつもりだろうけれど、自分の名前にコンプレックスがある身としては全く響いてこない。──上手い事を言ったつもりか、そう叩きつけてもよさそうだが、それはそれで大人げない気もする。まぁ、どう呼ぶかなんてどうでもいい。それよりも──


「──それで月ヶ丘としての弁明は? 聞く耳はあるつもりだけれど、返答を間違うとしかるべき手段を即座に実行するつもりよ」


「いささか過激かつ挑発的だったのは言い訳しようもございません。ですが、私達月ヶ丘に弁明を問われるのだとすれば答えはただ一つ、“売り込み”です」


 差し向けた水に逆らう気はない、という事か、月ヶ丘清臣の態度は成田や桐条さんを相手にした時とは違い、その様は鳴りをひそめている。しかし、本人の言葉通り、目的も()()()も穏当とはほど遠い。


 何を売り込みに? ──と聞くほど察しが悪いつもりはない。月ヶ丘がこの学園で見せたものは一つしかない。


「人工的異能者『新世代』。月ヶ丘家は再び“武家”として生きる為、その力を誇示しに来た──今日はそのお披露目というわけです」


「つまり、天乃宮を相手にした営業というわけね」


「そう受け取ってもらって差し支えありません」


 ──天乃原学園(人の敷地)を散々踏み散らかしておいてよくも()()()()のたまえるものだ。 話し半分も聞く価値はない、そう結論に至った私の機微がわからないわけではないだろうに面の皮が厚いのか、月ヶ丘清臣の姿勢は崩れない。


「──あながち、丸々が嘘というわけじゃないのかもしれないよ」


「どういう意味かしら、篠崎空也」


 滞りがちになりそうな会話の間を縫って添えられたのは篠崎が発した月ヶ丘清臣の言い分を肯定する一言。あまり接点がない(どころかほんの少し前まで敵だった)篠崎がまるで私を手助けしている風で少しばかり困惑する。ただ、意図はともかく話の継ぎ穗がありがたいのは事実。妨げる事なく、続きを促す。


「月ヶ丘の主な事業は学校経営なんだよ。うろ覚えだけど、たしか小中高大の一貫校で規模は大きいし、その方面で手広くやっていたはず。でも結局はただの一私立校だから、自治体に影響をもつ当真と比べると少し落ちるかな」


 それでもすごいんだけどね、と細々しいフォローが入る。学校経営に同じく携わる天乃宮と比べなかったのはどこに向けた配慮なのか、それでもなるほどと、お家事情は透けて見える。


 元より隣人であったはずの当真家は地元に多大な影響力を持ち、権力・暴力問わず現代でも通用する一方で、月ヶ丘家は学校経営で財を成したとはいえ聞く限り武家の本質は失い、社会に通用する影響力も微々たるもののようだ。婚姻で結ばれたわりには──いや、そうして地続きになったからこそ、両家の格差は何かしらの影をおとしたのかもしれない。


「見たところ、そういう俗っぽい事には興味なさそうなのに意外ね」


 月ヶ丘清臣を見ながら言う。目の前の学者然とした男からは良くも悪くも金目や権力、旧家同士のしがらみといった社会的な()()()がしない。それらの価値に興味がないのは短いながらも察するのは容易い。


「武士は食わねど──というわけにもいかぬものでして、ね。霞だけで生きていける異能者に心当たりがないわけでもありませんが、月ヶ丘家も現状の事業だけでは先が見えているのでそういった俗も必要なのですよ」


 率直さが半分、あと半分は皮肉を混ぜた私の感想に温度を感じさせない受け答えが時折聞こえる剣撃に紛れて消える。初耳の情報もあって篠崎の注釈はたしかに傾ける部分はあったが、月ヶ丘清臣はもとより月ヶ丘本家、果ては『皇帝』や『王国』をはじめとしたこの一連の騒動に関わった全ての異能者がそんな理由で動くのか? そこのところがどうしても釈然としない。だからこその残り半分の皮肉だったわけだが、表向きはともかく、天乃宮に心からへりくだったわけではないとありありと分かるだけでも今のところは充分だろう。


 少なくとも“それ”がなければ、天乃宮の息のかかった学園で研究成果(『新世代』)の実戦テストなどとふざけた真似をするはずがない。つまるところ、あるのだ。私相手くらいなら言い逃れ出来る──出来ずとも困らないだけの理由が。逆に言えば、その理由は私にとって有益である可能性も──


「──やるね。()()()ちゃん」


 特徴的なイントネーションに思考が現実へと還る。私が皮算用をしている間にも当真瞳子と当真瞳呼、それぞれがちらつかせている刃が手加減の気配なく空間を削る。いったい幾度目の攻防だっただろうか、篠崎の言葉の意味が私の目から見ても納得の形となる。当真瞳子が均衡を破り優位に立ちつつあるのだ。


「──一位? ──十四位? いったいいつの話かしら? 今の私は純粋な剣技だけでも剣太郎(剣聖)相手にそこそこやれるのよ」


 ──まぁ、まだそこそこ止まりだけどね、と冗談混じりに悔しさをこぼす。ただし、そのほどは白鞘の刃から伝わる剣撃の重さが内心を表している。剣に詳しいわけではないのだけれど、案外そちらは正直なのかもしれない。かすかに漏れる吐息は刀山の苦笑か。負けず嫌いだ、とばかりに見る目はすでに当真瞳子の勝ちは揺るがないという見立てだろう。


 たしかに当真瞳呼の逆境は演技ではなさそうだ。かたや息をつかせぬ連撃、かたや防戦一方でどうにか追い払っている印象、その防御もほんのわずかではあるが反応が徐々に遅れている風に見てとれる。


「でもそれはあなたに関係はない。本当にどうでもいい話。──だからとっとと返してもらって終わりにしましょうか」


 当真流剣術の構えがさらに低くなる──そこから繰り出される技といえば、私の知る限り、一本指歩法『不知火』からの刺突、『火竜』。しかし──


「──本当に大丈夫なの?」


 ただならぬ構え、様相に疑いようもないけれど、ここまで当真瞳呼は半歩ほどしか動いていない。武器の特性を込みにしても圧しているのは間違いなさそうだ。


 しかし、切った啖呵の割りに手の打ちようもないほど追い込んでいるとは思えない。それでも篠崎、刀山の二人にこれといった動きはない。完全に観戦を決め込んでいる。そうこう考えを巡らせていると──


「──!」


 ひときわ強く跳ねる金属音。それに比例して上へと弾かれていく白木拵えの日本刀──当真瞳子の得物だ。やはりというべきか、当真瞳子の爆発的な加速にのった突きをピンポイントで捉え、返り討ちにしたのだ。地下を半円にくりぬいた講堂の天井は同じく丸みを帯びたドーム型の作り。つまり下手な建物よりも高く作られているけれど刺さるのではないかというほど上がっている。腰を支点に運用された馬力はそれだけに恐ろしいということ。


「ちょっ──」


「──誘ったね」


「あぁ」


 抗議に放り向いた私に被せる篠崎と刀山の台詞。言葉の意味を忖度する間もなく、聞こえるのは強く踏み込む音。当真瞳子のものだ。


「そうそう、薙刀が相手ならなおのこと内へ入っていかないとね」


 暢気にうそぶく篠崎。どうやら“誘った”とは得物をあえて弾かせる事で逆に隙を作ったという意図らしい。


 たしかに長柄の分取り回しは難しく小回りも比較的効かない上、一方で身軽になった当真瞳子は内に入れば入るほど勝算は高くなる。だがそんな簡単な話でもないはず。


 当真瞳呼も弁えているとばかりに体軸をコントロールし迎撃した薙刀を引き戻すと、近寄りつつある当真瞳子に対して横へ文字通り薙いでいく。たかが柄とて侮れない。人を害する為の作りは総じて頑強に出来ている。そのままいけば当真瞳子のわき腹は粉砕されかねない。仮に腕で受けても無事では済ます、最低でも足は止まる。そうなればじり貧──いや、もはや詰みだ。


「──とうこちゃんなら大丈夫」


 それはもはや予定調和の一言だった。私があれこれ心配する間もなく答えがでる。当真瞳子の空いた両の手のひらが迫る柄を受け止めんとばかりにわき腹のあたりに添える。まるで誰かの異能を連想させる光景。


 しかし、効果はもちろん違う。突き出された薙刀の勢いをむしろ手助けするように後ろへと流れていく。威力は増したが切っ先の向こう側には当然ながら誰もおらず、虚しく空だけを突いて斬るだけ。端から見れば引っ張られたに近いがその程度で当真瞳呼は揺らぎはしない。だが、受け流した方の当真瞳子の腕は伸び、その分だけ内側、当真瞳呼の懐へと進んでいく。


「当真流合気、『(ながし)』。ま、つまりは入り身の事だよ」


 手繰るように伸ばされた腕が長柄の手元、さらに反対側へと届く。反対側と言えば、腰に回す形で成田を抱き止めた右手。その手首を取るとわずかに外側へ捻る。たいして力をいれた感じではないけれど、そこは柔、いや、合気の妙だろう。成田を固定していた空間が開かれ、支えを失った成田の体が崩れ落ちる。


「救出成功──だね」


「──あぁ」


 そういいながらいそいそと準備を始める篠崎と刀山。


「ちょっと、どうする気!?」


「俺達が付き合うのは成田救出までだ」


「元々付き合う義理もなかったんだけどね。多少なりともサシでやらせないと瞳子ちゃんの機嫌が怖いんだよ」


 相変わらずの端的な物言いと、緩いイントネーションでそう言い残すと、二人がこちらが止める間もなく飛び出していく。


「──ここまでかしら、ね」


 ひとりごちる当真瞳呼の声色にはどことなく諦念がみてとれる。どちらにしても当真同士の剣劇に決着がつけばどうなるか理解していたという事か。それでも薙刀の切っ先は近づく者を許さじと、間合いに侵入する敵を斬り捨てようと動く。だが、真っ先に迎撃に向かった相手が悪過ぎた。


「ソードウィップ」


 不自然に曲がる刀身がカーボン素材の柄を音もなく断ち割る。重力に従って落ちる薙刀の先はさすが名刀いうのか舞台にその切れ味を発揮し深々と沈んでいく。


「(──正直、当真瞳呼に同情するわ)」


 桐条さんと成田が『新世代』に囲まれた時ですら感じなかった居心地の悪さが鎌首をもたげる。私が何をするでもなくどうにかなりそうなのはもちろん、悔しくも同盟相手が頼もしすぎるからだ。だが、そこにとらわれるほど余裕があるわけもなく、決して依存しないよう心に留め置いて、今はただ勝ち馬に乗る。


「しばらく寝てなよ──当真瞳呼」


 当真瞳子(同音の友人)にするような間延びした調子は失せ、冷めた物言いの篠崎が自身の間合いまで詰める。『空駆ける足』での回避・反撃が困難な位置取りからの、変則的な軌道──ブラジリアンキックだったか──の蹴りが当真瞳呼の肩甲骨あたりを目掛けて振り落とされていく。

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