第六十八話
「──トウマトウコ、ね。聞いちゃあいたが、マジであのクソ女と同じ名前かよ。……胸糞悪りぃ」
「字は違うわよ。私が"呼ぶ"と書いて、彼女は普通に子どもの"子"」
「あたしから見れば、大差はねぇよ──裏でこそこそ小細工するあたり特にな」
当真側の黒幕、つまり当真瞳子や優之助を敵に回せるだけの相手を前にしても成田稲穂のガラの悪さは微塵も変わらない──当真瞳呼と名乗った女の底知れなさは私以上に理解しているにもかかわらず。
おそらくあれが異能者が異能者たらしめる"性質"なのだろう。異能という力からくる妄信ではなく、その力の根源にある何らかの"確信"めいたものを核として我を通す──誰を相手にしたとしても。性格や言動を鑑みるに成田を尊敬できるものは何一つないが、その姿を見ていると悔しいが少し羨ましい。
だが、それはこのきな臭さを残す──至近距離で炸裂した雷のせいで物理的な意味でも──舞台の上で成田と私に対し、『新世代』と月ケ丘清臣のシャドウエッジ、そして当真瞳呼が入り乱れる圧倒的不利な戦局への火種が生み出されるという事でもあった。
「成──」
「──止めた方がいい」
成田を呼ぶ私を遮ったのは月ケ丘清臣。声は先ほどと同じく背後からだったが、もはや驚く事もない。ただ避難出来ていたのか、という感想くらいだ。
「戦えないと自ら評したわりによく出しゃばるものだな」
「これは手厳しい。私自身、責任感があると思うゆえの行動なのだが……。今もあの二人に割って入りかねない君を止めに」
「好意からくるものではないだろう? なら、それを感謝するいわれはないな──私とて二人をどうこうできるとは思わない。やり過ぎるな、と忠告するだけだ」
「──なるほど、思ったより肝が据わっているらしい」
もちろん嘘だ。このままでは取り返しのつかない事態へと進展する。である以上、止められるなら止めたい。だが、助勢しようとした私を押し留めたのは月ケ丘清臣の制止ではなく、散々見てきたガラの悪さに隠された成田の明確な"怒り"だ。
「──相当ご立腹ね」
とは、当真瞳呼の言。つい先ほどまで『新世代』を差し向けられ舞台は戦闘の真っただ中だったのだから、立腹も何もないだろう。むしろ差し向けた側がなぜああも親しげにいられるのか疑問だ。
「お怒りはごもっとも。ただ、こちらの言い分を聞いてからにしてくれるかしら。察しているようだけど、要芽があなたに生徒会室を襲わせたのは私の指示よ。だから、あまりあの子を責めないでくれるとうれしい」
「──ほう」
言質を取った、という顔の成田。怪しければ問答無用も辞さないタイプだが、それでも認めさせるとそうでないとでは違うのだろう──その身を走る雷が直撃すれば結果など一つしかないと思うが。
「いきなり私からの指示といったら断られるのはわかっていたから伏せたけど、ちゃんと目的があっての事なの。といっても、敵としてあなたを貶めるつもりはない──むしろ逆の事をする為にあえて遠回りな手段に出たの」
「はっ、あの当真瞳子との権力争いに巻き込んだだけだろ。それ以上もそれ以下もあるか」
「たしかに、目的は当真家当主の座にあるし、あなたの言う権力争いを使って場を用意したのは間違いないけれど、あなたを襲撃者に指名したのは理由あっての事よ」
「──もったいつけずに言ってみろや。戯言として鼻で笑ってやんよ」
「あなたをこちら側に引き込みたい。現序列一位、『雷と共にある少女』成田稲穂。あなたにはその資格がある」
「頭沸いてんのか?」
身も蓋もついでに言えばそっけもない返しだが、答えは十人が十人とも同じだろう。月ケ丘清臣も当真瞳呼のやろうとしている事は事前に知っていたはずだが、わずかに見えたその目からは理解という色は見えない──案外、組んでいて辟易しているというのは本心だったのかもしれない。
「本気よ。その為にわざわざこの学園まで足を伸ばしたの。普段表に出ない私なりの誠意と受け取ってもらえると嬉しいわ」
「その誠意とやらにどれほどの価値があるんだよ。あたしからすればゴミクズほどもねぇよ──まぁ、わざわざ出てきてくれた事には感謝してるよ」
言うや否や、成田の目が剣呑に光る。それが引き金となり生まれたのは唐突な刺激臭と耳障りな音を共にする再びの雷火──視線で狙いをつけ、一瞬のうちに発動するノーモーションの一撃だった。
虚を突かれた当真瞳呼にその雷撃をかわす術はなく、目を覆いたくなるほど激しい光が落とす人影は棒立ちのまま、その雷を受けている。『新世代』相手では火力不足でも生身の当真瞳呼だと話は別だ。
「──そんなてめえでも、強いて価値を求めるならその首だな。大人しくあたしに狩られろよ。それでせんぱいに褒めてもらうんだからさぁ……」
「(──まさか、あれで終わるのか?)」
成田の気性を考えるなら何らおかしくない奇襲。かわせるかどうかは別として、私ですら成田の暴発を警戒していたが、当真瞳呼にとってはさしたる脅威に映らなかったのかあまりにも無防備だった。そのまま数秒間、雷のただ中に晒されたのだ、最悪死んでいても不思議ではない。
にもかかわらず、この場に居る誰もが、その想像を否定する──私も即座に考えを取り消した──いまだに感じる異質な気配がそれを許さない。
「──せんぱいか。聞いていた通り、一途な子ね」
一瞬でも終わったと思った私を嘲笑うように平然した声が講堂の中を駆け抜ける。さして大きな声量ではないが、よく響くのは無意識の警戒が否が応でも拾うのか。眩んだ目がようやく収まり舞台へと視線を戻すと、その声と同じく無傷の当真瞳呼が変わらずそこに居た。
「(偽装で纏った制服にも焦げた形跡すらない。当真瞳呼の能力か?)」
「残念だけど、とりあえず説得は後にした方が良さそうね。しばらく大人しくしてもらいましょうか」
当真瞳呼の周りで景色が歪む。ついで薄く引き伸ばされたもやのようなものが歪みの部分から漏れ出し、発動者の望みのままに形作られる。
産み出されたのは手にした得物を彷彿とさせる武骨な薙刀、当真晶子が使っていたという能力だ。だが、会長から聞いた話よりも実物はなおも危険に映る。それは本来の使い手からか、本人の心象によるものか。
「上等だよ。要芽の前にてめえを黒焦げにしてやる」
その意思を表すように成田の全身を雷が踊る。それは期せずして二人の異能を対比する構図となった。雷と架空の刃、それぞれの化身が互いの威を相手に認めさせる──異能者同士の競いによって。




