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第五十七話

「……どうしてそう思ったのですか?」


 平井の質問は私の指摘で追い詰められたからではなく、ただ会話の定型に則っただけらしい。それが証拠に動じる様子もなく戻ってきた文庫本のページを再び左から右へと流す。こちらも『氷乙女』がみっともなくうろたえるとは思っておらず、あらかじめ用意していた根拠を挙げる。


「襲撃の際、お前の手際が良すぎたからだ。私との合流、生徒会員、一般生徒を含めた混乱の対応、そして襲撃を受けた会長へのフォロー全てにおいて、な」


「あれくらい普段からやっているはずですが?」


「そう言われてしまえば、それまでだが、成田の襲撃の迅速さは異様と言っていいほどだった──それこそ事前に襲撃があると知っていなければ防ぐのが不可能なくらいに」


 生徒会室の場所は本校舎の一番高い部分にあり、外観からでも一目でわかるが、そこへ行くまでの道のりはあらかじめ把握していない限り、たどり着く事はない。いくら腕に自信があったとしても短時間で落とせるものではない。成田も平井もお互い示し合わせた上での行動でなければ説明がつかない。


「出来るから間に合った(そうなった)。私にはそうとしか言えませんよ。成田の襲撃の手際にしても、情報を流したのが別の人間という可能性もあるはず。いずれにしても、手際が良すぎる、を根拠にするのはいささか薄弱です」


 確たる証拠は? ページに手を掛ける合間を縫って、平井の瞳がそう問いかける。いくら私が気づこうとも、いかに辻褄の合った根拠を挙げたとしても、所詮は状況証拠に過ぎない。


「ないな」


 素直に認める。そんな私が意外だったのか、規則的に動いていた平井の手元が一拍ほど止まる。


「少なくとも私には用意は出来ない。そんな下手を打たないのは自分が一番わかっているはずだろう? ただし、私の考えを会長に話すとなると、どうだろうな」


 そう私は警察や探偵のように犯人を前に動かぬ証拠を突きつけて屈服させる必要がない。それなりに筋さえ通っていれば、状況証拠でも会長を通じて平井の動きを封じる事が出来る。


「──変わりましたね、桐条さん。以前のあなたなら、そんな開き直った立ち回り方などしなかったでしょうに」


「それで誤魔化されたりするとでも? 聞かせてもらおうか。どうして生徒会を襲う事を良しとしたのかを。どうして海東姉妹についたのかを。どうして、()()()の──」


「──そうそう、とっととその女に聞かせてやればいいじゃん。てめぇがただの裏切者だってさぁ!」


 悪意というスパイスをふんだんに練り込んだ声が私の追及を遮る。その大元は広場の中心から数えてかなり手前の腰掛け席、出入り口の非常灯がギリギリ届かない場所。やや見辛いが、目が暗がりに慣れた事もあってかどうにか相手の輪郭を捉える。


 小柄な体躯に着崩した天乃原学園の女子用制服、薄い唇を嘲笑で歪め、鋭いというよりただただ目つき悪くこちらを見据える女が一人。天乃原の制服を身に纏っていながら女生徒と表わさないのは、調べた結果、在籍した事実はなく、単に制服があれば怪しまれにくいという向こうの事情から。言うなれば、平井への疑惑に対して"確たる証拠"と呼べる人物。


「──成田、稲穂」


 一週間前に起こった襲撃事件の実行犯がそこにいた。

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