第四十七話
授業の終わりを告げるチャイムに合わせ、監督役の男性教師が頼りなさげに音頭を取り、場を締める。はたしてその声に従って──かは疑問だが生徒達は潮が引いていくように教室を後にしていく。
「──時間です。この続きはまたいずれ」
ハルとカナもそれに倣い、手早く椅子を片す。気まずさからではなく、これ以上語り合うつもりも"向こう側"に立つ相手と長居するつもりもないのだろう。
さすがは双子というべきか、目鼻立ちそっくりな二つの顔がお互いの動きを予測して阿吽の呼吸で片づけていく姿はその所作の一つ一つが淀みなく、躊躇いの欠片一つ見せない。それだけでもこれからやろうとする事への覚悟が見て取れるような気さえする。
「少なくとも今の私達からはこれ以上話す事などありません。それが不服というのなら──」
意図的に言葉を切って、強いまなざしがこちらを射抜く。それは紛れもない、宣戦布告。
「──力づくで止めて見せてください」
その放課後、生徒達の間で海東姉妹主導による生徒会解任要求活動が始動したという出所不明の噂がまことしやかに語られるようになった。
「"火種"というのはそういう事よね」
「だな」
瞳子の呟きに同意する。すっかりおなじみとなった空き教室は赤みを増した夕日によって染めていく。それは駄弁りやすいように真ん中に据えた机を囲む俺や瞳子、空也に剣太郎といったいつもの面子。そして──
「──そんな悠長な感想よりこれから先どうするのかを聞きたいのだけれど?」
ハルとカナの動きについて、何事かを掴みに来た会長を始めとする生徒会役員を同じ一色にまとめていた。
「まだ解任要求が発動したわけじゃないでしょ? 何を焦っているの?」
「発動してからでは遅い、と言っているのよ。噂では発起に必要な人数をすでに揃えているそうよ。ひとたび解任要求が発動すれば、例え、その場は凌げてもそれ以降の生徒会運営への打撃は避けられない」
「すでに揃っているなんて、よほど信用されていなかったのね、会長として」
そう言って茶化す瞳子を会長が物凄い表情で睨む。こういう時まで喧嘩するなよ。
「──冗談よ。いくらなんでも手際が良すぎる。天之宮と当真が張っているこの学園で水面下にそれだけの人数を集めるなんて尚更ね。となれば、答えは一つ──身内の恥になるけど、当真の一部が関わっているとしか考えられない」
「それが件の当真瞳呼?」
「ええ、そうよ。海東姉妹を焚きつけてか、元々その気だった彼女達に手を貸したのかは知らないけど、間違いはないでしょう。──優之助、こうなったらわかっているわね?」
「あぁ、二人を止める──だろ?」
「止めるって、どうやってかしら? あなた達と違って異能者ではないのでしょう? 戦ってどうにかなるとは思えないのだけれど──それとも、本当に力づくで二人を排除する気?」
微かに匂うきな臭さを察してか、非難の意を込めた目を向ける会長。いいや、と首を横に振るが納得した様子はなく、曖昧に片づけるのは許されないと悟る。
「おそらく、二人の目的は別にある。もちろん、会長のやり口が気に食わないと過去に言った以上、不満があるようだけど、その為だけにこんな手段を取るとは思えない」
ハルとカナが当真瞳呼の一手先程度の存在なら、やり口からして大差のない会長に反抗などしないし、こんな大それた真似など始めない。反抗するほど合わない思想を持つ相手の手を借りてまで敵対したからには何かしらの理由があるのだ。
そんな背後関係と信念との矛盾をはらむ言動を指摘すると会長は納得したように首肯する。断られてた本人だからこそ、二人の生真面目さがよくわかるのだろう。
「もしかして、二人と知り合いなのか?」
そう質問したのは飛鳥。俺達の言葉の裏を読んでの結果だが、それ以前に、どこか琴線に触れたのか、反応が他の二人よりも鋭い。
「まぁな。だから俺は知りたいと思っている。あの二人がなぜこんな事をしでかしたのか。それを知る事が出来ればおそらく今回の騒ぎを沈静化させられるはずなんだ。──会長に言った止めるというのはそういう意味だよ」
「つまり、講堂の時と同じと言う事ね、おおよそは」
「ただし、規模は前回の比ではないけどな。まぁ、そうはいっても毎度毎度力技で押し通るわけでは──」
「──別に押し通しても構わないわよ」
「何言ってんだ? 会長」
「向こうは生徒会、ひいては学園の自治を乱そうとする、いわば問題生徒。当然、生徒会自治組織における処罰、制圧の対象となる」
「いやいや、生徒会解任要求を目的として動いているだけだろ! それ自体、生徒に許される権利を行使しただけだ。それを処罰した日には生徒会がただの独裁組織に成り下がってしまう」
真田さんの言葉が俺の脳裏にハルとカナの退学を描き出す。そんな俺を会長がかわいそうな子供を見るような目を向けながら、諭す。
「あのね、御村。相手は噂で解任要求をする"かもしれない"集団であって、実際解任要求をしたわけではないの」
「どういう事だ?」
「仮にお前が"学園を辞める"といって、すぐさま退学になると思うか?」
「──そうか、手続きか」
真田さんの口添えで会長の意図を理解する。
「そう。実行するだけの一定数は集まったようだけど、まだ正式に受理されたわけじゃない。今の段階ではあくまで生徒会に不満のある反抗的集団というわけ」
「手続きはどこでやるんだ?」
「この学園において、中立・公平性がある程度望める組織──理事会よ」
「正確には教職員を管理する事務局だ。入学や学籍登録といった対外的活動を司る理事会の下部組織である天乃原学園事務局──大学にあるようなものだとイメージすればわかりやすいだろう」
「今日の事務受付時間は過ぎたから、決行は明日以降。手続きするまではただの烏合の衆よ。自治を乱す不正集団を粛清する名目なんて取り締まった後でいくらでも作り出せるわ。いつもなら。──でもまぁ、別に私達が真っ先に"そう"しなければいけないというわけではないし、どうしようかしら?」
「そもそも、今の私達では複数の異能者を抑えられない」
こちらの事情をおぼろげながらも掴んでか、どこか人を食ったように結論を焦らす会長と現状を冷静に判断した結論を躊躇いなく口にする真田さん("今の"と強調するところから見るに一定の悔しさが見て取れる)。翻って見れば会長や真田さんによる一連の会話の中に俺達に協力を要請しない辺り、"最悪、俺達の暴走という事にして"、生徒会が被りかねないリスクに対する保険を掛けたといったところか。それは別に構わない。
ともかく、これで"お墨付き"を貰った事には変わりはなく、こちらとしては"何か余程の事がない限り、敵対はしない"のならば、それで充分なのだ。言質の取り合いでお互いを契約でがんじがらめにするつもりもなければ、いざとなれば切り捨てられてもいい。
少なくとも俺はハルとカナの二人を会長が思うきな臭い何かから切り離し、真意を知る事が出来ればいいのだから。
「さすが、天乃原学園生徒会長。詭弁を織り込んだ下種な企てはお手の物というわけだ」
「あら、あなたの流儀に合わせてあげただけよ。お気に召して何よりだわ」
「いや、今更汚れの押し付け合いなんてしなくていいから。知ってるから」
「という事は、ハルちゃんとカナちゃんを捕まえれば僕達の勝ちって事? ならその事務局に張っていたらいいんじゃない?」
空也がルールの確認とばかりに質問を投げる。……険悪オーラ絶賛展開中の瞳子と会長が前にいるのに、よくもまぁ、緩さを保てるもんだと、妙に感心する。
「いや、そういうわけにはいかない。事務局はあくまで公正・中立の立場だ。現場で抑えるということは、同時に衆人環視の場で俺達が解任要求を妨害した現行犯になる。向こうからしたら諸手を挙げて喜ぶ事態になるだけだ」
「そうならないようにあらかじめ身柄を抑えるのが理想なんだけれど──」
「残念ながら、尾行をまかれて放課後以降の足取りが掴めないそうだ」
会長の先手に不可と返したのは、珍しく会話に加わった剣太郎だった。携帯をいじりながらという姿を見るに、おそらく青山達からのメールでハルとカナの行方不明を知り得たのだろう。慣れた手つきで短い返信を送り、懐にしまうと腕を組んで再び傍観者へと鞍替えする。
「やられたな。こうなってしまうと、今日中に身柄を押さえる、なんて手段は打てないな」
──そんなつもりは毛頭ないが、後手をつまされた感は否めない。
「あなたの『制空圏』とやらで居場所を探れないの?」
「今から探っても、多分無理だ。射程外にいると思う。もしかしたら学園に居ないのかもしれないな。仮にいても見分けがつくかどうかは怪しい」
「どういう事?」
「脳の情報処理が追いつかないんだよ。取捨選択のさ。戦闘に関しては問題ないけど、本当なら500mでも持て余し気味でな」
「自分の異能を持て余すなんて意外に役に立たないわね」
「──ほっとけ」
「私も、たまに持て余すわ。異能ってそういうものよ」
庇ってもらってなんだが、お前の場合は単に異能の核に素直なだけだろ──とは言わない。
「──明日が勝負だな」
「あぁ」
ぼそりと要点を挙げた飛鳥に同意する。いつの時代でも、為政者を突き崩すのに必要なのは仕掛けるタイミングとその準備、そして何より、実行する為の速さ。狙ってかはともかく、噂が流れた時点ですでに賽は投げられている。明日中に不服申し立てとしての解任要求を提出しなければ、その前に生徒会が治安維持を建前に賛同者もろとも首謀者を退学にするだろう。噂にあった解任要求の動きなど見られず、ただの暴徒だった、として。そういう筋書きになる。
だが、その結果は俺も望まない。ハルとカナの決意をただのテロリスト扱いにはさせない。生徒会に仕立て上げさせたりはしない。
「それはともかくとして、人数が足りないのが痛いね」
「どうしてかしら? 頭数ではあなた達の方が上でしょう」
「ところが、そんな単純な話じゃないんだ」
「月ケ丘帝は戦闘力をもたないし、仮にロイヤルガードが全員で掛ってきても負けはしない。だけど、こと、守り、陽動、足止め、攪乱に限ってなら、序列持ちクラスの異能者が複数いても渡り合えるんだ。あいつの『導きの瞳』を軸としたコンビネーション──通称、『神算』はそういう目的なら無類の強さを誇る。正直、あと一人か二人は欲しい所だ」
「ま、そのあたりは私がなんとかしてあげるわよ」
「──別に『皇帝』の専売特許ってわけじゃないよ。僕だって、陽動や、足止め、攪乱は得意だしね」
「と、するなら、俺が国彦か」
瞳子が、空也が、そして剣太郎が展開を見越したそれぞれの役割を口にする。時宮時代なら割と見受けられる光景。スポーツの作戦会議を彷彿とさせるが、その実、触れれば人の五体を蹴散らす異能の応酬を理解してのやり取り。
それは今や学園を舞台にして、一対一から二対三、そして今度は、多数対多数へと規模が大きく、そして本家本元に近くなってきている。
「(──会長が釘を刺したくなるわけだ)」
つい先日までの自分なら及び腰だったであろう状況に少しずつ"染まっていく"のを実感しつつ(戻っていくというべきか)、さらに深まっていく外を一瞥する。山の冷ややかな空気と共に夜がやってこようとしていた。




