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第四十六話

 見つめる瞳が否が応でも俺へと伝えてくるのは家族ゆえだろうか。


 カナ──声には出さなくとも、ハルの口とその表情がそう歪んだのがわかる。渦巻く感情は一瞬。眉間が強張るのを防ごうと人差し指の第一関節で抑える──責任感の強いハルが時折見せる癖──事で平静をどうにか保つ。思う所があるのか、カナ自身に後悔している様子はない。


「──カリキュラムの中に架空の生徒と学籍を題材に実際の業務に近い形での体験授業があると聞いて選びました」


 それがわかったのか、諦念染みた息を軽く吐いて(グループ分けの時を含めると二度目)、わりと細かな部分まで掘り下げて説明するハル。普段弱気な癖に意外な所で大胆かつ粘り強く動くカナと、普段はしっかりしてブレなく動きカナを引っ張るかと思えば、変なところで意気地なしが発動して妹に追い立てられるハル、たまに見せる二人の逆転現象。


「俺も同じだよ。それを知って──知ったからこそ、ここを選んだ」


 学園に居ながらも俺から避け続ける二人に接近する──その為に他クラス合同で行う選択授業で機会を狙っていたのは、割と始めの内から。ただ、瞳子から告げられた二人に真意が嘘偽りがないと知っている身としては、下手に近づいていいものか、そんな悩みはあった(二人の選択授業先を知るには当真から不正に聞き出すしかない以上、不信感を煽るだけというのもあり得る為)。


 しかし、選んだのが教育学専攻(俺と同じ道)だと知った時、二人の非難を受けてでも向き合う覚悟が出来た。


「(よれては立ち直り、立ち直った先にまたよれる──そんな情けない覚悟だが、な)」


 そんな起き上がりこぼしみたいな覚悟を奮い立たせ、二人を見据える。そんな俺を見て呆けていたのは指折り数えて片手分の出来事、文字通り我に返ったとばかりに目の焦点をこちらに引き絞ったのはハルだった。


「──でしたら、同じ進路を行く者同士、仲良くなれそうですね」


「(そう思うなら、もう少しフレンドリーぽい感じが欲しいなぁ)」


 社交辞令でも、もう少し愛想があってもよさそうな所、ハルの表情からはどこをどう探しても同士とやらに向ける"それ"ではない。まるで仇敵を前にした時のようであるが、ある意味間違ってはいないだろう。心情的なものはともかく、俺は今、立場上でハルとカナの敵なのだから。


「仲良くなれそう、ですか。何事も起こらなければ、なれますよ。いえ、こちらからお願いしたいくらいです──なにも起こさないでほしい、とね」


「どういう意味でしょうか?」


「そういう恍け方は少し間を空けてから方がいいですよ。始めからそう返されるの承知で言ったのがバレるので」


「全てわかった上でここにいる相手に恍けたつもりはありません。どういう意味と聞いたのは、事を起こした時、私達をあなたはどうするつもりなのか、それを伺いたかったのです──妹もそう望んでいるので」


 水を向けたハルを肯定するようにカナが頷く。いつものカナなら強引に促されれば容易く傾きそうな首も、ことこの場においては心からのメッセージとばかりに、雄弁に動く──話題を振られた際、背筋と肩が不自然に強張ったのは見なかった事にしておこう。


「──どうするも何も、俺は止めるとしか言えないぞ? そちらの()()()を押しのけてでも、な」


 再び、家族(御村)に向けて宣言する。単に他人設定を装うのが面倒になったからであって、特に深い理由があっての事ではない。ただ、向かいに座るハルとカナにとっては俺の意図が読めないのか、押し黙る──いや、違うな。俺の事とは別に何か、気にしている感じだ。


 急に大人しくなった二人に違和感を覚える。こちらを見ているようでいて、そうでない事に思い至り、視線の先を探る。俺の後ろの方へと──


「(──うぉ!)」


 振り返ると、俺達を除け者にした二つのグループがこぞってこちらを見ていた。俺が向くなり顔を逸らしたので正しく過去形になるのだが、そんな事はどうでもよく、ハルとカナが押し黙った理由にようやく気づく。


「(そりゃあ、初対面であんな物々しい雰囲気にならないよな、普通は)」


 いくら俺を放逐したとして、同じ教室の中には違いない。向こうからすれば見ざる聞かざるを決め込んでも伝わる空気を無視するのは難しい。俺達の他人同士とは思えないやり取りに好奇心が疼いたのだろう。


「──わかってもらえたようですね、御村君」


 他人であると強調する為か、これ見よがしに苗字を区切るハル。ここへ来る前、周りの生徒などお構いなしに接触していた帝とは対極の振る舞いだな、とどうでもいい感想がよぎる。


「別に聞かれて困る所まで踏み込んだつもりはないんだがな。そう過敏にならなくてもいいだろ」


「どうしてそう余裕なんですか?」


 俺の態度に不審なものを感じたハルが他の生徒を意識してか小声で問いかけてくる。カナに至っては思いもよらず晒された視線に固まって、すっかりハルの後ろ定位置に戻ってしまっていた。今この教室で平常を保っているのは俺と監視役の教師(最初の態度と変わらないという意味では合っている)の二人くらいだろう。


 それはさておき、どうして俺が周りを気にせずいられるのか? 察しのいい人は気づいているかもだが(誰に向けて言っているのか自分でもわからないが)、春休み前、衆人環視の元で瞳子を相手に遠慮なく異能を振るって暴れた時点で俺が一般人として学園に潜入するという当初の目論見は跡形もなく崩れている。


 また、それ以前に俺を学園に連れ込んだのは瞳子の独断であり、当真家にとって見れば、俺は計算に入れられない不純物でしかないのだ(これは後から当真家に協力している赤谷、青山、緑川(剣太郎の追っかけ達)が即座に仕事を割り振られている点を考えても間違いない)。


 まとめると、俺個人はハルとカナが血縁関係にある事、年齢に関する事以外、バレて困る情報はない。前者は騒ぎの中心異能者が身内にいるせいで二人の学園生活に支障をきたして学園に居られなくなるから、後者は俺がこの学園に居られなくなるからだ(当真家の手先である事も、異能者である事も容認する天之宮家でもさすがに年齢と経歴詐称にはいい顔をしない)。今のハルとのやり取りにしても、兄妹を示唆する内容はない。精々、関係を不審がられる程度。むしろ──


「──なぜそこまで意識するんだ?」


 自分が目立つ存在だと自覚している事を差し引いても、やや過剰な反応。多少きわどい会話を混ぜても、ただの一生徒に背後関係を探るのは難しい以上、そこまでビクつく必要はない。


「なにかを意識したつもりはありません」


 もう少しマシな返し方はなかったのかよ、ハル? これでは、"なにかある"と言っているようなものだ。


「──わかっているくせに」


 ますますフラグを立てるハルの斜め後ろ、完全にハルの影に引き篭もってしまったカナが呟く。他の生徒が顔を逸らした分だけ前に出た形。兄としてはその引っ込み思案ぶりが心配だぞ、カナ。


 カナへの心配はともかく、彼女の小さな反抗はたしかに的を射ている。帝と国彦、そしてハルとカナが当真瞳呼と繋がっているのはとうに割れている。意地の悪い質問であるのは間違いなく、チクリと言いたくなるのは無理もない。それならと、率直にこちらの考えを二人にぶつける。


「当真瞳呼に協力するのはやめるんだ、ハル、カナ。お前達が手を貸す女は単なる異能者上位主義というだけじゃない。それ以上に非異能者を蔑視──いいや、人としてすら扱わない最悪の人間性なんだ。利用する価値がなくなればすぐに排除されるのがオチだ」


「直接会った時にそういう人物であるのはわかっています。隠しもしなかったので。彼女からすれば交渉と言うより、計画に組み込んでも支障がないか──まるで芸を仕込んだペットの調教具合をわざわざ確認しに来た。そんな瞳で私達を見ていいました」


「それがわかっていながらなんで──」


「──り、利害が一致しているから」


 カナがどもりながら答える。意図して遮ったのではなく、会話が苦手なタイプによくあるタイミングのズレで起こった被せは、結果的にこちらの追及を半ばで挫く。


「当真瞳呼が当真家当主の座を狙っている事は知っています。それが実現すれば、異能者と非異能者双方にとって望ましくない舵取りをするであろう事も察しはつきます。──ですが、次期当主の選定が天乃原学園ここでの出来事に直接関わると思いますか?」


 双子だからこそわかる間の空気だろう、間隙を縫ってハルが反論を予測した牽制を流暢に紡ぐ。


「いや、待て。学園が当主の選定に関係しないって、どういう事だ? 次期当主は学園の理事長も兼任するんだ。関係ないはずがないだろう」


 学園は将来的に当真家の(正確には当真家に属する異能者達の)社会進出への鍵と目されている。瞳子自ら学園の問題に関わろうとしたのもその事が大きい。俺を学園に引き入れたのは独断としても、言動の根幹にあるものはやはり家の利害だといえる。ハルの発言はそんな瞳子の思惑を前提から崩しにきていると言っていい。


「学園の価値は想像する通りだと思います。想像する通りだからこそ、一当主の裁量で扱うべき事案ではない。当真──いえ、時宮に住む全ての者が携わっていくべき事案でしょう」


 たしかに当主は王様ではない。あくまで時宮という船の船頭──舵取りと表するならこれが合うだろう──だ。相応に権力はあるがついて回る責任の方が大きく、導きはすれど支配はしない、それが当真家当主というものなのだ。


「現に他の当主候補はこの学園に一切手を出していません。この学園は当真の未来を象徴する場所ですから、横たわる問題を解決すれば、当主の器をこれ以上なく示す事は出来るでしょう。逆に失敗すれば器不足の烙印は免れませんし、そもそも仮に成功したとしてもそれだけで当主になれるとは限らない。他に手堅く進める方法はいくらでもある──そういう事でもあります」


「当主になる為の必須条件でないわりにリスクがでかすぎるってことか。まぁたしかに、他の要件で当主の資格を満たせるなら関係ないというのも過言ではないな。なら、どうして当真瞳呼はこの件に首を突っ込んだ? 今まで裏からこそこそとしか手を出さなかった奴だ、失敗イコール当主失格なんてリスクのある手段はまず頭から排除する。だが実際はその反対だ。仮に言う通りだったとしたら、なぜ、その分の労力を他に回さない? 回せたなら、それだけ当主に近くなるだろ」


「──も、目的が瞳子さ──当真瞳子さんの排除にあるとしたら、ど、どうですか?」


 カナが物騒な推論を提示する。たどたどしい割に一音一音ハッキリしているからニュアンスがダイレクトに伝わってくる。


「現状、有力なのは二人のトウコ。お互いをいかに当主レースから押しのけるか──そう考えるのは自然だと思いますが?」


「いや、それ全然自然じゃねぇから、基準にしちゃいけない方面だから」


「ともかく、当真瞳子の身さえ無事で居続けるならレースから脱落する事なく、他の候補者より優位に立てます」


 リスクも他の手堅いアピール手段もあるが、この学園の問題に立ち向かっている瞳子が最も目立っているには違いない。当真瞳呼の妨害──どこまで望んでいるか、単に学園に居られなくするのか、それとも再起不能になるまで痛めつけるのかは不明だが──をかわして、瞳子に何事も起きなければ勝算はある。


「──だから、当真瞳呼に手を貸しても問題ないと? そうまでして、俺達の敵に回る必要があるのか?」


「──そ、それは」


「──言う必要はありません。()()()()()()()


 言葉に詰まるカナを遮り、ハルが言い放つ。その目に宿るのは敵対も辞さないという拒絶。いつかの保健室で見た差し出す事すら躊躇わせる固い決意。今までの俺ならただ立ち尽くすしか出来なかったと思う。だが──


「(──前ほど、ショックでもなければ、絶望もしちゃいないさ)」


 掴んだ気がするのだ。ハルとカナがどうして"そう"なるように事を起こしたのか、ただの反抗期ではない不可解な行動の理由がそこにあるのだと、ハルの態度がそう伝えている──確証はないがそう確信できる。


 ハルの覚悟に触発されたカナも俺を振り切るように目を伏せる。喉元過ぎれば、とばかりに俺達を隠れ見る他の生徒達に対して、今度は取り繕いもしない。少しずつ遠慮がなくなる視線と比例して頻度が多くなる密やかな会話が前よりも規模が大きくなった頃、授業終了を告げる鐘が鳴る──同時に俺達の穏やかでない対峙もひとまず終わる。

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