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第四十四話

 選択授業のある教室に向かう道すがら、目的地へと通じる廊下は同じくそれぞれの教室を目指す人の流れによって、とても忙しなく、窮屈だ──俺の周りを除いて。


 まるで透明な板でもあるかのような空白地帯は前ほど露骨ではないが──少なくとも見ただけで逃げ出す事はなくなった──避けられている事には変わりはなく、若干落ち込む。これ、一種のいじめだよな。


「──偶然だね、優之助」


 そんな状況でこんな風に気安く声を掛けてくる存在は少ない。瞳子達、生徒会の面々──そして、帝と国彦()の誰かくらいなものだ。


「俺に話しかけていいのか?」


 偶然も何も、どう考えても俺の通り道を把握した上で声を掛けてきたのは『皇帝』月ケ丘帝。敵対関係にあるというのにロイヤルガード(護衛)の一人、警戒の欠片すら持たない小柄な男子生徒──の格好をした成人──に向けて俺はそう素っ気なく言い放つ。敵に回ったからといって邪険にするわけではないが、耳目を集めるのは好ましくないのでは、と一応気を遣ったつもりの言動。


 しかし、帝はそんな態度を取る俺に気分を害する事なく、


「僕もこっちなんだ」


 まるでこちらの行き先を知っているかの物言いで一人分は空いた俺と周囲の空白に割り込む。それを見た周囲は帝を同類と認識したようで、不自然な空白が帝の肩幅分だけ、さらにたわむ。併せて、視線がちらほらとこちらへと流し見ながらわざとらしく逸れていく。怖いもの見たさというやつだろうか? 視線の流れ方がそんな特徴を表していた。


「──今も昔も僕の周りはいつも"こう"さ」


 だから、気遣いはいらない──暗にそう匂わせる帝。こうやって隣り合う以上、俺と帝が無関係だと取り繕うのは不可能だろう。諦めて世間話に移る。


「そういえばロイヤルガードを入学させたんだな」


「──あぁ、なるほど、刀山の腰巾着か。生徒に紛れさせた方がなにかと便利だからね。まとめて一年として入学させたのさ」


 刀山の弟子(青山)の報告後、遅まきながら確認すると、新入生の中に見覚えのある十二人の少女が登録されている事が判明した。


 氏名は明らかに偽名──旧暦をもじっただけ──の上、添付された写真には、わざとか、と思うほど雑な改ざんの跡を残しつつ、少女達が無表情で写っていた。言うまでもなく、当真瞳呼が捻じ込んだのだろう。適当な人間を使って替え玉受験をさせ、入学の時点で入れ替わる。資料はその間に改ざんする──手法としてはそんな所か。


 さっそく、青山達がいい仕事をしたわけだが、いくら身内に敵がいるとはいえ、こうもあっさり潜入を許すのはどうかと思う。しかし、ロイヤルガード(彼女)達が入学すること自体はそれほど悪くはない。帝に向けて素直に祝福する。


「良い体験(思い出)になればいいな」


「──別にそんな事を考えたわけじゃない」


 苦笑しながら、俺のおせっかいな妄想を否定する帝。ならどうして、戦闘力のない自分の近くに侍らせず、一年に編入させたというのだ。


「知っているだろう、優之助。僕があいつらの近くに侍らせると碌な目にあわなかったのを」


 生まれ育った場所(月ケ丘)では嘲笑、時宮では妬み嫉み僻み嫉妬で散々嫌な思いをした、そういいたいのだろう。俺の勘違いと念を押す帝の態度は表向き柔和だが、内心は頑なだ。


「そういう事にしておくよ」


 単純に憎しからくるものではなく、好悪を超えた立場で縛られている以上、帝の中に渦巻くものは複雑だ。あまり踏み込み過ぎるのもよくない。そう判断し、軽口を装いながら引き下がる。帝も意図(それ)を察してか、特に拒絶せず受け入れる。代わりに──


「──なら、こちらも少々、おせっかいをさせてもらうよ」


 わずかに悪戯めいた顔で帝がそんな事を切り出す。


「優之助。月ケ丘が異能に関する研究を盛んにおこなっているのは知ってるね?」


 帝の質問に対し、肯定だと頷く。月ケ丘家に異能が発現したのはおよそ百年前。当然ながら、異能に関する知識(ノウハウ)は当真家の足元すら届かず、ただの一分野すら追い抜けず、後塵を拝し続けている。


 実際の所、当真家からすれば恐るべき速さで追いつこうとしているのだが、月ケ丘家としては、ただ後追いしただけではいつまでも後進のままだ、と現状に一切満足していない。


 その為、月ケ丘はかなり危険な方法で異能の研究をしていると聞いた事がある。その内容は単なる陰謀説や都市伝説まがいの風評、ゴシップといった鼻で笑うものが大半だが、その噂の真相をほんの一部ながら俺は知っている。いや、目の前にいると言った方が正しい──『皇帝』とロイヤルガード達。少なくとも、それはたしかに存在していた。


「その研究にしても異能の開発や遺伝といった分野がほとんどで、根本的な異能の仕組みにはまったく手を付けられずにいたんだ」


「当真家でも同じようなもんだろ。わかっているのは異能が使用者本人の願いに起因したものだってくらい──それすら、あくまで仮説に一つに過ぎない。たしか、前世説ってのもあったな」


 異能は生まれて間もなくから、遅くとも物心をつく前後といった乳幼児期に発現する。無意識の願望を最も純粋に願う──それこそ本能として──事ができるのはその時期しかないからだ。


 たしかに大人になればなるほど一心に何かを願うというのは難しい。雑念によって異能(奇跡)の発現が遠ざかる、というのは理屈としてわからなくはない。異能が本当に願いの結晶であるなら、だが。


「当真ですら、異能の根幹に関わる事は仮説の域を出ない。けれど、その仮説止まりだったものを証明できる存在がいるとしたら?」


「──それが、月ケ丘が当真瞳呼に協力する理由か」


 帝が首肯する。一歩間違えば与太話にすらならない内容だが、嘘や冗談の類とは思わずに受け入れる。


 ともすれば、異能の常識を覆しかねない重要な情報提供。しかし、怖々と俺達の様子を伺う生徒達には今の会話を理解したものは皆無だろう。一般人には荒唐無稽な話だというのもあるが(むしろ異能者の方が聞き入れにくいかもしれない)、仮に聞かれてたとしても、断片的にしか拾えず、同道しない限り全容を掴むのは難しいからだ。内緒話は人ごみの中を歩きながらした方が向いているとは聞いた事があるが、帝があえてこの手段で伝えた事に、もう一つ別の事実を告げている。つまり、


「──あまり無茶はするなよ」


 ()()()()で向こうについた味方(友人)にただ一言、忠告する。帝はそれに応えず、手前まで近づいた教室の扉を指差す。どうやら、帝の選択した授業はそこで行われるらしい。


「今日はここまで──あとは頑張れ」


 どこまでも意味深な言葉を残し、こちらの反応を待たず、教室へと消える帝。


「((こちら)()()()()ってわけか)」


 瞳子に引き続いての"応援"に自分の考えが筒抜けであるのを痛感する。これでは根に持たれるのを覚悟で会長相手に勿体ぶる必要などなかったのだ。こんな述懐すら無意味、後悔は先に立たないから後悔といえる。


 それでも帝の証言は大いなる収穫だ。当真瞳呼との繋がりについて──ではない。以前瞳子と語った当真晶子に異能が発現した理由、それに関わる厄介な協力者──"異能を生み出し、与える異能者"──の存在がただの仮説から、足元に伸びる影くらいは掴めたのだから。



 天乃原学園におけるクラス分けは、進学や就職、さらにそこから細分化された進路を同じくするメンバーを一つにまとめようとする考えの元、生徒を分配している。漫然と生徒を分けるより、将来において、同僚、同業者──あるいはシンプルに称するなら競争相手(ライバル)──となり得る人物を近くに配置させ、競争という名の刺激を与えた方が生徒達にいい教育になる、そういう狙いらしい。あと比較対象がいる事によって自分の力量を客観視させるという目的があるとも。


 途中で進路変更を希望する生徒や同じ顔合わせによるマンネリを防ぐ為の配慮もあり、全く同じにはならないものの、三年間同じクラスだったというのは珍しくない話だ。


 選択授業も俺が高校にいた(現役)時代や普通の高校にあるものとは違い、進路に必要であろう技能・科目を取り揃え、それらを自ら選び取るシステムで、例えるなら大学の単位履修の色が強い。一人でも取得を望む科目があれば、わざわざ立ち上げる事を考えると、より特化したというのが正しいと言える。


 すでに述べているが、天乃原学園は元々、天之宮グループの人材育成の為に設立された学校法人の総称で幼稚園から大学まで揃っている。特に高等部、大学部は天之宮傘下の企業との繋がりが強く、大学に至っては半分学生、半分社会人という見方が強い。医学部のインターンや研究職のイメージを営業(商学部)や広報(デザイン科)といったさらに広い分野で展開されていると考えていい。


 その進路選択を一番近くで控えるのが高等部三年であり、二年までに選んだ進路を一年かけて自ら、職への適正や現場の空気などを馴染ませる期間なのである。


 という前置きはここまでにしておいて、俺のクラスは現役だった頃と同じ三年C組。天之宮以外への進学希望組だ。一応、この一年が終われば、休学中の大学に戻るつもりなので、設定にそれほど無理のない選択。ちなみに、選択授業は学期ごとに変更可能で(この辺りは普通と変わらない)、進学希望でも就職希望の生徒と同じ授業を選ぶ事も可能だ。何を選ぼうとも自らの責任で選択する以上、学園側は寛容。ただし、どうなっても知らんよ? というスタンス。なので何を目的として、何を選ぶかは自由。つまり──


「──初めまして、選択で同じ科目を習う事になりました御村優之助です」


「海東遥です──名前と噂はかねがね耳にしています」


「──彼方です──ろしく、お願い──す」


 ──それがハルとカナ(妹達)を向き合う為の手段にしても構わないというわけで。

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