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第二十七話

「……なんでそんな危ない女が当主候補に入ってんだよ」


「そんなの普段は隠しているからに決まってるじゃない。そうでなければ、いくら当真家から異能者が年々減ってきても候補に据えないわよ。あの女の本性に気づいてるのは私を含めて数人。その数人であの女が当主候補になれないよう動いてきたけど失敗」


「現在も着々と目的に近づいてきているというわけか」


 内容の深刻さからすれば、陳腐な台詞を瞳子は窘めずにそうね、と一言。口寂しいのか、新たなスナック菓子を開封して摘まんでいく。


「今回の誘拐未遂によるお咎めはないのか? うまく関与を隠したとしても、当真晶子の実の姉には違いないんだ。お前ならいくらでもつつきようがあったんじゃねぇの?」


「別居していて交流がないのよ。おそらく父親が当真晶子の身を案じて、そうさせたのでしょう。血縁や法的には姉妹でも実質ほぼ他人ね、あれは。その上、わざわざ妹の不始末は自分の責任だから何らかの処分を下せ、と自分から言ったそうよ。結果として、一ヶ月の自宅謹慎で手打ちになった。もうその方面では手の打ちようもないわ」


 酔いが回ったのか、手打ちだけにね、などといらん締めをのたまう瞳子に軽くイラッとする。


「……他の候補者はどうなんだ? そっちはまともなら協力できるだろ」


「難しいわね。今の所、候補は私を含めて5人。一人は当然、“あの女”」


 結局、“あの女”で話が進んでしまうな。同じ“とうこ”読みではややこしいので仕方がない。敵対する相手が同名だと録音した自分の声を聞くよりも嫌だろうな、と妙に想像してしまう。


「私と同い年の当真(がい)は序列持ちで“あの女”と同じ月ケ丘出身で比較的近い立ち位置だけど、こちらは一般人とどうこうするような性格ではないわ。……隠れて付き合っている彼女も異能者ではないし。でもそこそこ近くにいるはずなのに“あの女”の本性に気づいてないからあてには出来ない。下手をすれば、敵が増えるだけでしょうね」


 さすがは瞳子。対立候補のゴシップくらい当たり前に掴んでやがる。


「最年少の十五歳で候補になったのが、当真(めい)。……この子も無視でいいわ。両親が捻じ込んできただけだもの。異能はあるけど、それ以上にやる気がない。およそ人の上に立つ器ではないわ。姉を見返したい一心で動いた分だけ、ある意味、当真晶子の方がマシね」


 どこでも迷惑な親っているもんだな。つき合わされた娘からすれば勘弁してほしいだろうに。……いない所でこき下ろされているしな。


「反対に最年長が二十七歳の当真睛明(せいめい)。異能のみで言うなら私や“あの女”よりはるかに格上──当真の歴史上最高の異能者の名を与えられるほどの使い手よ。実務の面でも現当主補佐と時宮の異能者を外部に派遣する取り纏め役を兼任するほどの優秀な人物でもあるわ」


 異能の発現はおおよそ物心がつく前が大半。逆に言えば、生まれてからすぐ判明するとは限らない。他はともかく当真家では異能の発現が確認できた時点で目に関する字が入った名前に改名する事になっている(法的にも改名するという徹底ぶり)。その中でも優秀な先祖の名の襲名を許されるというのは文句なしの評価だという事。わずかな会話の中からでも二つ三つは皮肉か酷評が混じる瞳子の人物評ですら手放しの評価だ。そんな人物なら当主になってもらった方がいいだろうと思うのだが、やはりそう旨い話はないわけで──


「──ただし、能力とは反比例して体が弱く病に伏せる事も多いのが唯一にして最大の難点。せめて人並みに健康だったなら、彼に当主を任せて私が補佐に回ってもよかったんだけどね。人格的にも優れているから現場や当主からの強い推薦で候補には上がったけど、実現は無理でしょう。“あの女”の本性に気づいている一人で一応は協力関係にあるけど実務が忙しくて手が回らないというのが実状よ。おそらく“あの女”がそう仕向けていると考えて間違いないわ」


「結局、瞳子が当主を目指すのが一番という事か。最良なのか、マシなのかはともかくとして」


「そうよ。最低でも私がなるしかないの。異能者を率いる者を選ぶはずなのにこうも選び甲斐がないと異能者達の未来は暗いわね。……そんな人材不足から選ばれた私だからこの先が不安で不安で。とりあえずあなたの給与の振込を忘れそうで気が気じゃないわ」


「回りくどいキレ方すんなよ。……んで、どうするんだ? これから先」


「今まで同じよ。この学園で生徒として過ごす。あなたはとりあえずハルとカナと仲直りする事でも考えていればいいんじゃない? それがあなたの目的でしょ」


 そう言った瞳子の眼差しは餅を頬張っていた時のように柔らかくて、その視線に晒される側の俺はこそばゆく感じる。ついさっきまで異能者の行く末に関わるかなり深刻な話をしていて、今もその先の舵取りを語っているはずだった。……それがいつの間にか家族の仲直りを気遣われている構図へとシフトしているのか首を傾げたくなる。


「それでいいのか?」


「それでいいのよ。当主交代の件は昨日今日始まった話ではないし、あなたに仕事を依頼したのだって家族の仲直り(それ)くらい折り込み済みで決めたもの。もっと言うならあなたにした資金援助だって返さなくていいものを返す為に仕事を受けたから巻き込まれたわけで、巻き込んだ私が言う事でもないでしょうけど本来気に掛けなくていい話なのよ」


「たしかにきっかけはハルとカナが心配だったからだし、援助してもらった分を返したい気持ちはあった。正直、お前に振り回されるのを想像すると義理はあっても二の足は踏みたくなる。けれど、受けないという選択肢などなかったし、これから先、知らん顔して降りる事もない。まぁ、要するに手伝える事があるなら言えって話だ」


 今、俺がハルとカナに向き合おうと踏み出せたのは瞳子のおかげと言っても過言ではない。……いや、その事がなくても助けたいから動く、そう決めたのだから。



      *



「──まぁ、要するに手伝える事があるなら言えって話だ」


「(……半月前とは大違いね)」


 気負いも衒いもなく"全力で関わる"と宣言する優之助。そこには耳障りのいい理由を探して動けなかった姿はなく、ただまっすぐに自分の想いを形にしようという姿勢が見える。


「安請け合いもほどほどにしないと、またいらない苦労を背負って振り回される事になるわよ」


「その苦労させられる元凶の大半を占めていた奴が言うと妙に説得力があるな。……ま、ほどほどに、な」


「馬鹿ね。……本当に」


 今まで散々な目に遭わされた相手にそんな事を躊躇いなく言えるのだから、私もそう言うしかない。伊達や酔狂ではなく、破滅願望のかけらすら見せない、なのに自ら望んで困難な道をわざわざ選んで歩くのだ。これ以上、この男を表現する言葉は思いつきそうにもない。


 それならば、私も手加減はしない。散々迷惑を掛けて困らせてやろうと"改めて"思う。差し当たっては遠慮していた餅の量から始めるとしよう。正直、一袋じゃ足りない。……優之助も食べている事だし。"あの女"についても気にする必要はない。どうせ──


 ──こちらから出向かなくても向こうからちょっかいを掛けてくるだろうから。



      *



 ──同時刻、時宮にある当真家の一室。


「あまり役には立たなかったわね、晶子(あの子)。わかってはいたけど、こうも使えないとあなたに骨を折らせた甲斐がないわね」


「いえ、当初の目的通り当主候補の一人を辞退に追い込めたので結果としては上々でしょう」


「失敗する事が前提の計画なら誰がやっても同じでしょう。異能が使えても結果以上のものが出せないなら宝の持ち腐れでしかないわ」


「手厳しいですね。実の妹に対するものとしては思えないほどに」


「ライオンと豹との合いの子を知ってる? 親と子が必ずしも同じ生物とは限らないと言うこれ以上ない例ね。つまりはそういうことよ。それに言ったでしょう? 役に立たないのはわかっていたと。あの子に感じるものなんてないわ。あなたから見て私が穏やかに見えないとしたら、異能が低く見られる事に対してよ」


「違う生物とまで言い切った上で憎みもせず、忌む事もせず、あくまで無関心ですか。……あなたの差別ぶりは聞きしに勝りますね」


「生物としてそういう事もあり得るのだと知っているだけよ──いつまでこの話は続くのかしら? そろそろ本題に入りなさいな」


「これは失礼。今回の目的は達成しましたが、向こうの令嬢を刺激しすぎたようで天之宮の抗議は今も止まりません。このままでは当主選定に支障をきたす可能性があります。それに予定では──」


「──予定通り進めて問題ないわ。誘拐の首謀者は責任をとって当主候補を辞退。時宮と天乃原の提携も私にとっては関係がない。むしろ成立されては困るもの。天之宮をなだめるのは当真慎吾か──当真睛明(当主補佐)の役割よ」


「そこまで見越していましたか」


「あなたの目的を邪魔する気はないから心配しないで。……あら? 意外そうな顔ね。そういう約束で手を結んだはずでしょう」


「……利害は一致していましたが、私の手段とあなたの目的とは相容れぬと思っていたので後回しかと」


「これでもあなたには感謝しているのよ。それに目的はともかく、あなたのやろうとしている事にはとても興味がある。手続きはすでに済ませた。後は揃うのを待つだけ」


「それでは……」


「ええ、四月から始めてもよろしくてよ──あなたの復讐を」

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