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第百三話

 火曜日


「── すまない、優之助。恋ヶ淵奈落の処遇ついてだが、僕からでは辿れなかった」


 そう申し訳なさげに頭を下げるのは元序列十位にして月ヶ丘家の現当主である月ヶ丘帝。瞳子や国彦あたりが見れば嬉々としていたぶりそうな姿だが、あいにく放課後の裏山(正確には飛鳥と戦った公園)には俺と帝以外誰もおらず、遠くから部活動中であろう生徒の声が時折聞こえるだけだ。


「(待ち合わせを溜まり場にしなくてよかったよ。もっとも、指定しようにも帝が瞳子達とかち合う場所は嫌がるだろうけどな)」


 帝の詫びからもわかる通り、俺が帝と差し向かいにいる理由の一つは先日判明した『当真十槍』に関する情報の確認、いわゆる裏取りだ。


 恋ヶ淵奈落が殺人という一等の犯罪を起こしていながら事件後、その身柄は月ヶ丘家で預かることになっていた。理由は単純、異能による犯行の立証ができない、異能者の存在が周知されていない警察(組織)では被疑者を拘束できない、そもそも異能者の存在を秘匿したままでいたいのだから事件を表沙汰にできないからだ。


 そして全体としての仕切りはともかく、月ヶ丘の地における異能者と異能者が引き起こす事件の管理は、もともと時宮近辺の顔役である月ヶ丘家がある程度裁量を握っているため、帝に話を聞こうとしたがどうやら空振りに終わりそうだ。


 まぁ、いくら当主といっても形ばかりで帝と月ヶ丘家の関係が良好でないのは百も承知だし、『導きの瞳(異能)』による情報収集も手の内を知られている上に周到に準備された計画を一端とはいえ昨日今日であばくのは無理だ。そもそも恋ヶ淵と当真瞳呼との関係については本人が聞かれてもいないのに吹聴していたので実のところそちらについてはどうでもいい。あくまで()()()というか方便だ。俺が気にしたのは別のこと。


「帝はその後どうだ?」


 つまり、旧友への心配だ。俺が事情を知ったのは帝が自らの手で腹違いの姉妹(家族)を助け出し、全てが終わった後のこと。こちらはこちらで重大なイベントの真っ只中だったとはいえ水臭いというか、頼りがいのない友人で恐縮するしかないというか、要は後味が悪いのだ。


 それに徹頭徹尾かかわれなかった俺が知ったところでどうしたという話ではあるが、一方で形は違えど兄妹の──そして何よりおこがましくも同類の話でもある。俺が聞くべきことであるかも、と思わないわけではない。……やはり友達がいのないのは俺の方か。


「……あぁ、そうか。君にはそのことで心配をかけていたな」


 俺の心情をどう察したのか、わずかに顎を上げることで彼女らを呼び出す。俺にわかりよいよう、あえて合図したがおそらくはそんなサインも必要ではないのだろう。音もなく、速やかに、そして何より守るように『シャドウエッジ』と呼ばれた帝のもう一組の家族が姿を見せる。


 元々の差別化で黒ずくめということもあるが、曲がりなりにも顔見知りである他の『ロイヤルガード』達とは明らかに別人・別部隊とわかる容姿と装備。だが、完全に他人だと即断するにはそれはそれで難しい。それが腹違いとはいえ血の繋がりからくるのか、少し手を伸ばせば触れられる距離にいながら遠くで聞こえる生徒の声より薄い人間味(人気)のなさからくるのか、何にしろまるで人形のような印象は『ロイヤルガード』達を彷彿とさせる。


「着ている服を見るに『ロイヤルガード』とは別体制なのは変わらずか?」


「あぁ。今の状況は清臣──当真瞳呼の協力者が()()()『シャドウエッジ』を動かした咎による一時的な措置にすぎない。対『ロイヤルガード』の戦力を『ロイヤルガード』に組み込む真似はできないし、いずれ返還を求めにくるはずさ」


 ──もっとも、当主である僕がそれに従う必要はないけどね。生真面目な帝にしては珍しく茶目っ気を込めながら()()()()。そんな帝らしからぬ言動はどこぞの誰か前にしているようで気のせいか目眩すら覚える。


「……言われてみりゃ、たしかにそうだわな」


「そうさ、当主候補でしかない当真ですら好き勝手やっているんだ。僕ができない道理はない──誰かの思惑だろうと皮肉だろうと僕は当主であり『皇帝』なのだから」


「(あぁ、そうか)」


 腑に落ちたのは今の帝とダブって見えたものの正体。それは瞳子であったり、国彦であったり、帝にとっては水と油だったはずの存在が瀬戸際に追い込まれながらも笑うような、ある意味で最も異能者らしい仕草、()()()()()()だった。それに既視感を覚えたのだから目眩がするのも当然か、と妙に納得する。いや、納得はすれど頭を抱えたくなるのは変わらないわけだが。


 そんな俺の懊悩はさておき、帝自身に目を向けると、その心境の変化とは裏腹にとりまく現状は好転したわけではない。身柄は取り戻せても月ヶ丘(一族)のくびきから解放できたとはいえず、そもそも先輩の研究協力者でもあった月ヶ丘清臣が対『ロイヤルガード』である『シャドウエッジ』をなぜ必要としたのか、現当主である帝をどうするつもりだったのか、外野からそれを窺い知ることはない。いや、前言を翻すがおおよその見当はついていた。おそらくではあるが『ロイヤルガード』や『シャドウエッジ』にしたことと同種の──それ()()のことを帝にやろうとしているのではないか?


 少なくとも俺はそれが飛躍した妄想とは思えない。腹違いの姉妹を大勢産ませ、その上望んでもいない当主(神輿)の手足とするために人としての彼女達の尊厳を奪ってきたのだ。ともすれば、当主選定で揉めている当真家よりもその闇は深い。その闇の真っ只中にいる帝が抱く前当主(父親)と月ヶ丘家への感情も同様に怒りや憎しみなどと安易に表しても足りないだろう。月ヶ丘家がそれに気づかないはずはなく、承知の上で帝を当主に据えたのだから何もたくらんでいないと考える方が無理がある。


 そんな環境と背景を持つ中で帝が誰とも馴染まなかったのは無理からぬことだ。無理解からくる周囲の妬み嫉みもあったが、いずれ破綻する未来しかない自分が他者を望んでも意味がないと結論づけていたからだと思う。むろん、腹違いの姉妹達から人生を奪ったという自責も無関係ではないはずだ。


 俺とは例外的に交流はあったが、それはお互いの背景が似通っていた──帝のそれと比べようなんて、おこがましさの極みではあるが──ゆえの親近感だろう。しかし当然ながら俺では帝の内に宿る衝動を抑えることはできず、いずれ自らの命すら身代にして月ヶ丘家の破滅を望み、向かっていく未来を想像するに難くなかった。


 だが、それらの危惧を一蹴するように帝が笑う。それは、はたからすれば口の端をほんの少し上げて冗談めかしただけの僅かなもの、それでも見る者が見れば別人を疑うほどの変化だ。変えたのはもちろん帝の左右を固める存在、欠けて遠くへ散った破片がようやく埋まったからだろう。ひび割れ散り散りになった過去は消えず、今も隙間から取りこぼしそうではあるが以前のような危うさはない。けして他人事とは思えない帝の行先は結局、帝自身がなんとかしてしまったというわけだ。


 なんというか、一大事に立ち会えなかったのもそうだが、こうも見事に自力で立ち直られると友人ポジションを自負していた自分が恥ずかしくなる。果ては友達は友達でも帝の物語においてせいぜい名前のない友人Aだったに違いない、などと身勝手に卑下してしまう。


「あ、あぁ、それとなんだが……」


 いろいろ頭を抱えたくなる内心を振り払い話題を変えようとする。帝の近況なんて文字通り一目瞭然だ。これ以外の細々とした手続きなどは瞳子や会長の領分、俺が踏ん込んでも世間話にすらならない。


「もしかして、決闘の頭数についてかい?」


 察しよく帝が俺の言わんとしたことを当てる。決闘──当真の次期当主選定にかかわる事実上の決定戦、その残り九回に誰を当てるのか? 勝敗以前にその前提条件を満たしていない俺達がその件についてどこかで切り出すのをわかっていたに違いない。だから()()答えるのも準備済みとばかりに淀みがなかった。


「僕は決闘に参加できないよ。この間もその話をしたが、当真瞳呼側(向こう)がそれを認めないはずさ」


「……だよなぁ」


「どうしても集まらない場合は仕方ないけど、負け数を増やすためだけに出るのはいくら君の頼みでも即答しかねるね」


 帝のもっともな意見にぐうの音も出ない。先日の騎士峰のように負けを折り込み済みにするのとは訳が違う。あれはどんな相手にも万が一を起こす剣太郎を嫌った当真瞳呼側が剣士同士という因縁をこじつけてまで手札の調整を狙っていたからであり、俺が帝に頼んだように負けてもともととは考えていない。


 それに苦肉の策で帝を捨て試合に出したとして、次期当主候補には決闘に適した人材も集められないのか、とケチをつけられる可能性がある。それが当真瞳呼からなら抗弁のしようもあるが、第三者に指摘された場合は何も言えなくなる。やはり帝の参戦は難しいと言わざるを得ない。


「……当面は今いる誰かでやりくりするしかないか」


「優之助、それなんだがね」


「?」


「君や当真は、その代理決闘で次期当主選定の決着をつける気なのかい?」


 まさか、この期に及んでイベントの存在意義を問われるとは思わず、言葉に詰まる。帝の真意ははかりかねるが、それでも記憶を探り探りに根拠を挙げていく。


「えっ、いやだって負けた方が候補を辞退するって話だから勝てば決まりじゃないのか? 他の候補者はすでに辞退しているわけだし。それに当真の本家からも公認されてるんだから冗談だったなんて言い訳も通じないだろ」


 とりあえず頭に浮かんだ三つを指折り数えてみる。他にもあるだろうが、充分だろう。選択肢は二つに絞られ、結果の如何を誤魔化すことができないとなれば決まったようなものだ。だから代理決闘の数が足りないことに頭を抱えているはず。


「──決着する前に当主候補を辞退した場合は?」


「あっ……」


 今度こそ帝の言わんとすることを理解し絶句する。他の候補者──当真睚と瞑はすでに辞退している。()()()()()()


「そう。残り九回の──来年の二月を待たなくても次期当主を決められる。対立候補が全ていなくなれば自動的に」


「たしかに盲点だったな。……違うか、俺が額面通りに受け取っていただけか」


 思えば、代理決闘がはじまってからこのかた瞳子ではなく俺が交渉の矢面に立っている。最初に月ヶ丘朧から話を持ちかけられた時はともかく、それ以外の場面では瞳子がいたにもかかわらずだ。


 それはつまり、瞳子も代理決闘の勝敗で次期当主を決めるつもりがないということ。それでも戦力(頭数)を揃えようとしているのは、“こちらはあくまで向こうの提案に()()()()付き合って()()()()()”立場として精神的優位に立とうとしているから。そして何より──


「──向こうの計画を根こそぎ潰すために必要だから、か」


「そういう意味では不可解な話だね」


「? ……あぁ、『当真十槍』の面子か」


 ()()()()()()──でなければ恋ヶ淵奈落について調査を頼めるわけがない──残りの『当真十槍』のことを指しているのだと気づいて同意する。当真瞳呼が手ずから選んだであろう『当真十槍』はたしかに騎士峰に見劣りしない、控えめに見積って同等以上の面々だった。しかし、帝が言ったように不可解な顔触れでもある。なぜなら──


「──()にとっては当真瞳呼は仇だったはずなのに」


 自分の境遇を重ね合わせたのか、帝の呟きは困惑に満ちていた。

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